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僕は、面白いほうが勝つと、そう信じたかったのだ

『源氏物語作戦』。平安時代、まだ印刷技術が確立されていなかった頃、人々は直接本を書き写していた。それを現代に復活させようというのがこの作戦だ。

 写本という作業は面倒くさいものだ。だからこそ大量には流通しない。原本を持ち歩くことで全てが発覚するリスクを抑えながらも、本当に読みたい読者の中だけに流通する。そして筆跡を複数にバラけさせることによって匿名性を増す。それらを狙ってのことだ。


 原本は今までと変わらずケッシャの中枢メンバー、つまり僕達が持つ。

 そして写本を作る係は博士自身と、博士が選んだ数人が担当した。迫害を恐れながらも欲望に忠実な生徒を選ぶのは博士の得意分野だ。何より博士本人は字が綺麗で読みやすい。これ以上の適任はいない。


 もはやエロ本の回し読みをするための集まりではない。

 つまりこの日からケッシャの、僕の小説は『出版』されたのだ。僕の知らない筆跡で、僕の文章が増えていく。





 廊下を歩けば噂が聞こえてくる。ケッシャの新作が出回り始めた、その出来栄えはどうだ、だとか。僕が書いた、竿役の歯が浮くような台詞をふざけて言ってみる生徒もいた。内容を知らない女子が、ケッシャの名前を噂している。


 抑圧された思春期の中学生が手に入れられる官能。それに『秘密』というスパイスが加わればこれほど簡単に広まるものなのだろう。


 僕の作品が、僕ではない僕が今、この学校を支配していた。


「よ、おはよ。ニッカ君」

「おはよう、K君」

 一時期はとても忙しそうにしていたK君も、この方式を取り始めてからは余裕がありそうだ。ケッシャという組織がすこし自分たちの手から離れてしまったのは寂しさもあるがこれで良いのだと思う。

「新作の進捗はどう?」

「まあボチボチってところかな」

 一言二言交わし、K君と分かれる。僕たちは人が多いホームルーム前などは必要以上に会話しない。ケッシャ中枢を悟らせない、というゲームはまだ継続していた。


「よぅニッカ!おはよおはよ!」

「お、青田、おっはよ」

 ホームルーム前、僕は後ろの席に座る友人と話していた。ケッシャとは関係のない、気の合う友人。それが青田だ。

「そういやニッカ、これ知ってるか?」

 青田がヒソヒソと僕に耳打ちをして紙を手渡してきた。1枚のルーズリーフだ。これは……。

「なんだこれ」

「知らないのかよ、今流行ってるヤバイやつだよ!」

 ヒソヒソと、だが楽しそうに青田はこれが何かを説明してくれる。描かれているのは卑猥な文章、つまり官能小説だ。ケッシャが流通させた官能小説、『停電行為』の写本。

 僕は驚きのあまり必死に内容に目を通す。青田は僕が初めてこれを目にしたと思っているのだろう、それで驚いていると。

 違う。そうじゃない。


 僕はこの内容を知らない。この『停電行為』は僕が書いたものじゃない。





 僕の書いた小説は、確かに変質しつつあった。






 ケッシャの作品に、中枢メンバーの知らないものが紛れ込んでいる。そのことにいち早く気づいたのは僕とK君だった。

 授業の間の短い休み時間、僕とK君は階段の踊り場で腕を組む。しばらく黙った後にK君は話しだした。

「元の文章と違うものが出てくるのは想像してたけどな」

 K君が持っているのは僕が青田から渡されたものとは別の紙。良く言えばわかりやすく、悪く言えば稚拙に書き直された3作目『深夜学園』だ。

「少なくともこの写本は博士が関わってるものじゃない。誰かが勝手に書いたものだ。でもよ、俺達はそれを咎めることは出来ないぜ」

 元々こういうリスクは承知の上だった。

「わかってるよ。ただちょっと、これが僕の書いたものだと思われるのは嫌だなって」

「誰も思わないよ、だって正体明かしてないんだから」

「そりゃそうなんだけどさ」

 もっと上手く書けるのに、書いてるのに。僕にはいっちょ前に書き手としてのプライドが芽生えていた。

「ま、でも良いんじゃないか?こうして男子たちがエロ小説にありつけるのは良いことだし書くのがブームになればきっとレベルも上がってくる」

 K君は少し雑に紙をポケットに突っ込む。

「それに、きっと読者は荒い作りの紙切れより、面白いものを選ぶはずだぜ。それで一番上手く書けるのは結局ニッカ君なんだからさ」

「……そう言われると、恥ずかしいけど嬉しい」

「俺はニッカ君の一番のファンなんだぜ?当然!」


 K君の励ましは僕の心を少し軽くした。そうだ、もっとクオリティの高いものを自身を持って書けばいいだけだ。僕はクラスの、自分の席に戻りながら、新作の構想を練る。



 僕は、面白いほうが勝つと、そう信じたかったのだ。

 事態は悪い方向に転がっているというのに。

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