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でもケッシャなら、支配出来る

 寝不足のまま迎えた朝の教室。ホームルーム前、部活終わりの生徒達が続々と教室に集まる。眠気が目蓋に重くのしかかっているが、それに対して僕の心は軽やかだった。


 深夜までの模写と再現プレイ。結局、大暴れの末に書き上げた作品は読めたものではなかった。深夜の妙なテンションに身を任せて書いた文章は気持ちだけが先走り描写は稚拙、その上、字がとんでもなく汚かったのだ。


 それでも、そこから言葉を引き出し、丁寧に言葉を選び、そうしてようやく形になった。

「K君、出来たよ」

「ああ、待ってた」

 ざわつく教室。談笑する女子達の隙間を縫って、僕はひっそりと彼にノートを渡す。K君は受け取った瞬間にページを開き目を通し始める。もはや1秒を無駄にしたいと言わんばかりに。

「添削、頼んだよ」

 K君は僕に目も合わせず、ただ親指を力強く上げた。彼は僕の方なんて見ちゃいないが、それでも僕も親指を上げる。大丈夫、気に入るはずだ。




 放課後、K君は僕にノートを手渡した。大量の付箋。マメな男だ、添削のためにわざわざ用意してきたらしい。


 出来上がった作品、タイトルは『停電行為』。季節は冬、停電してしまったアパートで繰り広げられる行為を描いた作品。凍えた2人は身を寄せ合う、その中で触れ合う肌、男を快楽へと導く女性優位な展開はきっとキャプテンも満足のいく『お姉ちゃん』を描けただろう。

 暗闇の中で互いが互いを求め合うことで2人はお互いに『完成』していく。こうして気がつけば日が昇り、浴びた朝日を余韻としてこの話は幕を閉じる。

 僕自身の『あの行為』の達成感と、その後に拝んだ朝日が作品を完成させたのだ。



 うつらうつらと授業をやり過ごし、背中を叩かれれば既に休み時間。背後にいるのはK君だ。

「ニッカ君、相当、上手くなったね……」

 ぷるぷると震えながらノートを返してくれるK君、張られた付箋の紙面はほんの少しだけ湿っている。きっとK君の手汗だ。

「流石本物の官能小説を読んだだけあるよ。出てくる単語も、プレイも、ずっとレベルが上ってる……。本当に凄いよ」

 手に持っているのはスケベな妄想の産物なのに、まるでタイタニックでも見たあとのような感動のしようだ。だが、どんなものでも真剣に取り組んだものは人を感動させられる。

「これが、今僕にできる最大限だよ」

「ああ、受け取った。字の修正は少ししたけど、内容に関して俺から言えることはない。ほとんど完成だよ」

「……K君、正直に答えてくれ」

「どうした?」

 もちろん『停電行為』は自信作だ。模倣の産物とはいえ、この学校の中に存在するありとあらゆるものの中で1番卑猥なものだと自負している。

 ノートの端を指でなぞる。指についた鉛筆の黒いカスを見つめながら、K君に問いかける。

「この小説は、このクラスを支配出来ると思う?」

 支配。初めてK君のこの悪巧みを始めたとき、この前キャプテンに『羽化』を見せたとき。僕の脳裏に浮かんだのはこの言葉だった。

 誰にも見向きもされない僕が、誰もが欲しがる『エロ』を握っている。誰もが欲しがるカリスマへの一歩がこの手の中にある。

 僕を執筆に駆り立てたのは創作への情熱があったから、そこに嘘はない。だが野望が無いといえば、それも嘘になる。

 僕はモブでなく、支配者になりたい。

「……難しい、と思う」

 返ってきたのはそんな答え。

「このクラスでちゃんと小説を読む層はそれほど多くない。精々単語を抜き出して、玩具にされるのがオチだ。理解されないと思う」

「……そっか」

 K君は僕を励ますことはあるが、間違ったことは言わない。それもまた編集者の資質なのだと思う。

「でもそれはニッカ君が1人で小説を広めようとした場合」

「……と言うと?」

「支配って言い方、楽しそうじゃん。このクラスのエロ、全部俺達が支配しようぜ」

 K君は机に手を乗せ、僕と目線を合わせる。その目にはマイナスの感情は一切乗っていない。期待、希望、興奮。

「俺だけでも出来ない、ニッカ君だけでも出来ない。でもケッシャなら、支配出来る」

 予鈴が鳴る、時間だ。

「まずはキャプテンを完全に落とす。」




 まだ1歩目も歩めていない。だが、僕はこの男となら上手くやれる、そんな気がした。






 部活終わりの午後6時頃、辺りが夜の色に染まる中、教室に4人の生徒が集まっている。僕、K君、博士、そしてキャプテンだ。

 数十分もすれば先生が巡回に来て僕らは追い出させるだろう。だが、巡回のスケジュール的にその数十分だけ、この教室は安全なはずだった。

 口を最初に開くのはK君だ。

「まずはキャプテン、これが例のものだ」

 僕はキャプテンに借りていた小説と、そして黄色いノートを手渡す。キャプテンはそれを丁寧に受け取ると早速ノートを広げ目を通し始めた。僕もK君も何も言わない。博士だけは少し落ち着かないように、目線でキャプテンを急かしていた。

 たった数分、だが何時間にも思える沈黙が続いている。巡回の先生の足音が気になる。まだ何も聞こえないが、すぐに誰かが歩いてきそうな気がしてしまう。

「……読み終わった」

 静かに、キャプテンがノートを閉じた。あの真剣で、それでいて笑みがこぼれる表情。感想を聞くまでもない。


 博士が教室の灯りを消した。教室は闇に包まれる。人影を捉えることは出来るが、顔までは区別がつかない。暗闇の中で誰かが息を吐いた。


「エロかった」


 腹から出した声で僕に感想を伝える人影。その一言でわかる、彼は既に我々の仲間だ。


「まだ、こんなものじゃないよキャプテン。これは2作目、これからもっと上手くやれる」

 キャプテンから返されたノートを、僕は机の真ん中に置く。4つの影はノートを囲み、ただ佇む。


「ここからだ。たった今から、正式にケッシャを発足する」

 K君は静かに、厳かに、そう告げた。


「我々の目的は三つだ。

 欲望を理解し、理解したからこそ満たされない男子たちを救うこと。

 理解のない者たちから欲望を守ること。

 そして、新たな、俺達の俺達による、俺達のための欲望を作り出すこと」

 演説のようにそう宣言するK君。ケッシャの理念、それは僕が目指す道と、きっと一致している。

 僕が小説を書き、K君が形を整える。博士はその知識で作品を確かなものにし、キャプテンが拡散する。

「書いて、磨いて、裏付け、広める。これで四人だ」


 僕ら四人は普段から仲の良い友達グループではない。それゆえ、誰にもこの関係性は捉えられない。顔の見えない4つの影、その姿はまさに僕らそのものであった。


 カツカツと、遠くから足音が聞こえる。巡回だ。僕らは一言も発さない。言葉も合図もない。ただ静かに、バラバラにその場を立ち去る。


 無言の退散、こうしてケッシャは夕闇の中で産声を上げる。

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