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文字だ、活字だ。なのに、女体だ

 人生で初めて手にした成人向けコンテンツは何だっただろうか。僕にとっては間違いなくこの一冊だった。エロ小説なんて俗な呼び方を出来るようなものでは無い。本物の、官能小説。

 僕は足早に帰宅し、その一冊を丁寧にブックカバーに包んだ。一見して何を読んでいるのか分からないように丁寧にカモフラージュをした。

 気がつけば、夕飯も風呂も無意識のうちに終えていた。他の情報は何一つ頭に入れたくないとでも言うように、僕はその本以外全ての興味を無くしていたのだ。

 自分のベットに潜り込んだ僕は再び対面する。一度丁寧にブックカバーを外し、表紙を眺める。黒い背景に艶めかしい表情をした女性のイラスト。その装丁だけでも、この本が普通でないことが強く伝わってくる。


 あの時、K君は暗がりで、一目表紙を見ただけでこれが官能小説であることに気づいた。きっとそれほどまでに憧れたものだったのだろう。しかしそれは今、K君ではなく僕の元にある。


「未来のために。」


 彼は大真面目に、そう言って僕にこの一冊を託した。本当は彼も読みたかっただろうに。だが小説を2人で同時に読むのは至難の業だ。なにより僕たちには時間がない。この本は週明けには返さなければいけないのだ。

 だから彼は自分の気持ちに蓋をして、僕の将来に期待をして。彼のエロは僕に託されたのだ。


 野球部の伝統と、僕たちの未来を背負い、僕は今ページを

開く。

開く。

開く。

 止まらなかった。


 文字だ、活字だ。なのに、女体だ。


 文字があまりにもエロすぎる。表紙以外に絵や写真なんてない。それでも何かが匂い立つような、そんなページをめくっていく。


 描写の密度が違う。肉体の接触、粘液の交わり、息づかい、指先の緊張。どれを取っても濃厚。これはもう、執念だ。胸ぐらを掴まれて、お前を勃たせると言われているような。これがプロか。


 読み進めると知らない単語が多く出てくる。だがこの言葉はきっと辞書で引いても出てこない。快楽を表現するためだけに生み出された言葉。存在しない言葉を生み出してまで表現された行為。


 そして、終わらない。濃厚な時間が全く終わらない。僕が今まで読んできた小説でも、そういうシーンはあった。だがそれはあくまで物語の添え物や通過点に過ぎない。だが、この官能小説は違う。交わりこそがメイン、その中で物語が紡がれていく。いいのか?こんなにセックスを描いても本当にいいのか?


 これはもはや狂気だ。原稿用紙に何百枚と自分の妄想を書き綴る。その一文一文に熱量と密度を込めて、自分の妄想を曝け出して。じゃあ僕の書いたものはなんだ。

 マジックテープでくっついた野菜をプラスチックの包丁で切るような、瑞々しさの欠片もない女児のおままごとのような。


 余りにも、本物と違いすぎる。




 だが、それでも。


 一瞬を無限のように引き伸ばすような、ねっとりとした描き方。完成度は違うけれど、僕が掴んだエロの書き方と似ているのではないか?


 足りない手札の中で、別の場所から必死に引っ張り出してきたカード。的外れかも知れないけど、それでも信じた描き方。レベルは違う。当然違う。それでも僕はこのとき、認められた気がした。僕が見つけたものは間違っていなかったと言われた気がした。


 そうしてページを半分ほど読み進めたとき、僕は泣いていた。


 悔しさと感動がごちゃ混ぜになった涙だ。流した涙が本に落ちないように、僕は一度本を遠ざけ、手元のティッシュで涙を拭く。そして、気づいた。




おかしい。いつもより明らかに、おちんちんが硬い。




 いや、何もおかしくはない。今僕はエロいものを読んでいる。しかも極上のものをだ。痛くなるほどに股間が腫れ上がる。僕は鼻水をかんで、一度深呼吸をした。


 一旦難しいことを考えるのはやめよう。冷静になって考えれば官能小説を読んで敗北感と感動に包まれるのは何かおかしい。今僕はこの小説のことを師匠か何かと思っていた。カンフーが何かの師匠だ。師匠の実力を目の当たりにし、自分の無力さを知りながらも、優しく自分の努力を認められ、頭を撫でられたかのような感覚。


 感動してる場合ではない。僕は思い出した。これは官能小説だ。撫でられるべきはおちんちんだし、師匠ではなくエッチなお姉さんであるべきだろう。


 K君、キャプテン、ごめん。一旦、エロいことに集中させてください。


 そう思うと僕はティッシュを数枚抜き取り、泣き腫らした顔で再びページに目を落とした。

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