今、この手の中に『答え』がある
部活が終わる午後6時、秋から冬へと移り変わるこの季節、裏門はすっかり夜の色に染まっていた。
僕が道場の掃除を終え、裏門に着いた時には既にK君が到着していた。腕を組んでぼんやりと街灯を見つめている。
「お待たせ、K君。キャプテンは?」
「もうすぐ来るはず。『羽化』読んだ顔、覚えてるだろ? あれで来ないわけないって」
遠くから、ガタイのいい人影がこちらへ向かってきた。手にはエナメルバッグ。間違いない、キャプテンだ。
「おつかれさん、キャプテン。こっちだよ」
K君はすっと立ち上がり表情を引き締める。
「ああ、待たせたな」
キャプテンは僕らの目の前に立つと辺りをうかがう。周辺には誰もいないことを確認すると、彼は話を切り出した。
「それで、話ってのは?秘密結社が何とか言ってたが」
「そう、俺達の秘密結社はあるものを書いてる。俺達って言うよりは、このお方が書いてるんだけどな」
K君はまるで従者のように、おどけて僕を紹介する。
「あー、うん。さっき読んでもらった小説、僕が書いたんだ」
おずおずと、小さく手をあげながら僕が前に出る。
「そうか。」
ぶっきらぼうに、まるで興味が無いような返事。キャプテンは腕を組んで俯いている。そうか、その一言。
「…それだけ?」
僕の口から出たのはそんな言葉だった。
「ああ、そうか。凄いな」
キャプテンはそんな反応。それだけ。
「あ、うん。そう……」
あいまいな返事しか出来なかった。しかし、僕はそれが許せなかった。あれだけ期待させるような表情をしておいて、あれだけ夢中に読んでおいて?それを書いた僕を目の前にして?たった一言それだけ……?
「あー、ニッカ君……?」
不自然な沈黙から、僕の内心を察したのだろうか。K君が僕の様子を伺うように声をかけてくる。
自分でも良くわからなかった。ふつふつと僕の中で沸き上がる。
そうだ、重要なことが聞けていない。コイツは僕に、一番重要なことを言っていない。もう一歩、僕は前に出る。
「それってさ……その、感じた?いや、変な意味じゃなくて……」
言いかけて、僕は止めた。違う、ちゃんと言わなきゃ。
「それで、エロかったか!?勃ったのか!!?」
「おい声がデカいぞニッカ君!?」
カッコつけやがって。硬派振りやがって。お前中学生だろ。掴みかかる勢いで問い詰める。流石は野球部のエース、身動ぎもしない。彼は僕の目をじっと見据え、息を大きく吸った。
「エロかったッ!!!!!」
僕を正面から吹き飛ばすように、キャプテンは力強く答える。運動部らしい、腹の底から絞り出したような声。ようやく聞けた、心の底からの本音の声。
「だから声デカいってキャプテン!!」
「ならよかったぁ!!!」
僕も腕を組んで大声で答える。
「うるさいってお前ら!!」
K君は周囲を心配そうに見回している。
そうだ。もし僕の小説がつまらないと言われても、それは仕方がない。エロくなかったと言われても、それも仕方がない。だが、僕の小説を読んで、カッコつけてなんてこと無いようなフリをすること。それが、この時の僕にとっては腹が立った。
「だが、趣味には合わない」
キャプテンは続けて、今度は静かにそう言う。
「趣味…?」
そしてキャプテンは自分のエナメルバッグから一冊の文庫本を取り出す。
「これがお前らの望みのものだ。今週の土日、野球部の大会の間なら、貸してやる」
薄暗くて良く見えないが、かなり読み込まれたように感じる一冊の本。
「2日間、いやそれでも十分だぜ!」
K君は先ほどの心配をよそに大興奮のようだ。僕も息を呑んでその本を受け取ろうとする。
「だが、条件がある」
その本をキャプテンが上に取り上げる。上手く躱される形となった僕。
「その条件は?」
「お姉ちゃん系で、1本書いてほしい」
「おねえちゃん……?」
硬派が服を着たような男から放たれた5文字、おねえちゃん。
「ああ、優しい、でもエッチなお姉ちゃんに甘やかされるような。そういうの書いてくれるなら、それ貸してやる。」
K君が困ったように頭に手を当てて、キャプテンに確認をする。
「えーと、つまるところ?お姉ちゃん的な包容力のある感じの女の子が出る、エロ小説を書いてほしい、ということ?」
「だからそう言ってるだろ。」
お前が?という言葉をK君は必死に飲み込んでいる。それもそうだろう。キャプテンといえば硬派なリーダー。誰よりもストイックに野球に打ち込む男。そんな男が求めるものが、お姉ちゃんに甘えるやつ。
「おっぱいの大きいお姉ちゃんに甘えながら、優しくされながらセックスをしたいと、そういうわけだね」
「だからそういうわけだって言ってるだろ!」
確かに似合わない。だが、そのシチュエーションは、エロい。
「やるよ。絶対書く。」
拳を握り、キャプテンの目を見て、僕は答える。その姿を見て安心したように、彼は僕に本を手渡した。
「楽しみにしてる。必ず返せよ」
「うん。任せて」
そうして僕は、一冊の野球部の伝統を受け取った。
僕が受け取ることで、ようやく電灯の明かりにそれは照らされ全貌があらわになった。
「ニッカ君、これって……」
「どうしたのK君?」
K君の声が震えている。僕の手元から全く目を離さず、こういった。
「これ、本物だよ。本物の、官能小説だ……」
「これが……本物?」
僕は確信してしまった。今、この手の中に『答え』がある。




