第4話
積み重ねるしかない
レイン・グレイブたちが暮らす村は、
東方大陸の端にあった。
大陸の中央では、人と魔族の戦いが続いていると聞く。
抗戦都市の名も、噂としては届いていた。
だが、この村まで届くのは――
いつも、遅れた情報と、減っていく人の数だけだった。
⸻
レインの日常は、変わらない。
朝、剣を振る。
昼、体を動かす。
夜、本を読む。
それを、毎日。
誰に褒められるでもなく、
誰に期待されるでもなく。
⸻
剣の練習は、ガルド・ヴァルムが見るようになった。
「……型は、まだいらん」
「……じゃあ、何を」
「立ち方だ」
ガルドは、大盾を地面に置き、
その後ろに立った。
「ここに立て」
言われた通り、レインが立つ。
「……動くな」
ガルドが、盾を軽く叩く。
「これが、お前の世界だ」
レインは、黙って頷いた。
⸻
殴られることはない。
怒鳴られることもない。
ただ、
逃げ場のない位置に立たされる。
足が痛くなっても。
腕が震えても。
「……下がるな」
それだけだった。
⸻
フィア・ルミナは、少し離れた場所で魔法を練習していた。
派手な魔法は使わない。
使えない。
彼女が繰り返していたのは、
火を「出さない」練習だった。
「……どうして?」
レインが聞くと、
フィアは困ったように笑った。
「暴れたら、呼んじゃうでしょ」
魔族は、魔力の乱れに敏感だ。
強い魔法より、
静かな制御が必要だった。
⸻
夜。
レインは、古い魔法書を開く。
魔力循環の図。
術式の分解。
詠唱の意味。
理解できない部分も多い。
それでも、
ページを飛ばさない。
「……いつか、分かる」
そう信じて、読み続けた。
⸻
ある日、ガルドが言った。
「……魔法は、怖くないか」
「……怖い」
即答だった。
「でも……剣も、同じ」
「……ほう」
「使い方、間違えたら……死ぬ」
ガルドは、少しだけ笑った。
「なら、向いてる」
⸻
季節が変わる。
レインの体は、少しずつ変わっていった。
剣を振る回数が増え、
重さが、前ほど辛くなくなる。
魔法書を読む時間が長くなり、
文字を追う速度が上がる。
だが、
強くなった実感は、ない。
⸻
それでも。
魔族の気配に、
前より早く気づけるようになった。
フィアの魔法が、
安定してきた。
ガルドの盾の後ろで、
一瞬だけ、落ち着けるようになった。
ほんの少し。
本当に、ほんの少し。
⸻
ある夜、三人で火を囲んでいた。
「……レイン」
フィアが、ぽつりと言った。
「ずっと、この村にいるの?」
レインは、少し考えた。
「……出る」
「いつ?」
「……まだ」
ガルドが、静かに言う。
「……だが、近いな」
「……分かるの?」
「分かる」
ガルドは、盾に手を置いた。
「積み重ねるしかないやつは、
ある日、急に動き出す」
⸻
レインは、空を見上げた。
東の方角。
この大陸の、さらに奥。
抗戦都市。
魔王。
魔族の軍。
今は、遠い。
でも。
(……行けるかどうかじゃない)
(……行くしかない)
そう思った。
⸻
この村でできることは、
もう、少ない。
剣を振る。
魔法を学ぶ。
盾の後ろに立つ。
それは、
旅に出る前の準備だった。
⸻
まだ、幼い。
まだ、弱い。
それでも、
積み重ねたものだけは、
確かに――ここにある。




