第3話
盾になるということ
村の外れに、使われなくなった小屋があった。
かつては倉庫として使われていたらしいが、
屋根は崩れ、扉も歪んでいる。
それでも、雨風をしのぐには十分だった。
レイン・グレイブがそこへ通うようになったのは、
鐘の夜から三日後のことだ。
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小屋の中には、男が一人いた。
大柄な体。
分厚い肩。
そして、壁に立てかけられた大盾。
何度も修理された痕跡があり、
縁は歪み、金属には無数の傷が走っている。
男自身も、同じだった。
体中に巻かれた包帯。
動くたびに、鈍い痛みを堪える気配。
「……来るなって言っただろ」
低く、掠れた声。
「……見張りの人に、ここだって聞いた」
レインは、そう答えた。
男は舌打ちをしたが、
追い返す力は残っていないらしい。
「……何の用だ」
「……生きてるか、確認」
一瞬、沈黙。
それから男は、短く笑った。
「変なガキだな」
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男の名は、ガルド・ヴァルム。
元は、南方を巡回していた護衛兵。
魔族との戦いで部隊を失い、
半死半生でこの村に辿り着いた。
「……剣、使うのか」
レインの腰の短剣を見て、ガルドが言った。
「……少し」
「少しで、持つな」
ぶっきらぼうだが、
視線は鋭く、よく見ていた。
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次の日から、レインは小屋に通った。
剣を振る。
ガルドが見る。
それだけだった。
教えは、ほとんどない。
「……力、入れすぎだ」
「……踏み込みが浅い」
「……それじゃ、斬る前に死ぬ」
そして、必ず最後に、こう言った。
「……それじゃ、守れない」
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「守る……?」
レインが聞くと、
ガルドは少しだけ黙った。
「前に出るやつは、死にやすい」
「でもな……」
ガルドは、大盾に手を置いた。
「誰かが前に立たなきゃ、後ろは全員死ぬ」
それは、剣の話じゃなかった。
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ある日、フィア・ルミナが小屋を見つけた。
「……レイン?」
警戒した目が、ガルドに向く。
「誰、この人」
「通りすがりの、役立たずだ」
ガルドが先に言った。
フィアは即座に返す。
「役立たずにしては、大盾が立派」
「……口の減らない魔法使いだな」
少しだけ、空気が緩んだ。
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その日の夕方。
森の方から、かすかな気配がした。
鐘は鳴らない。
見張りも気づいていない。
「……来たな」
ガルドが、低く言った。
「魔族……?」
「斥候だ。小さいが、厄介だ」
一体。
だが、子供二人にとっては十分すぎる脅威。
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フィアの指先が、震えた。
「……私、使える」
「……まだだ」
レインは、無意識に前へ出ていた。
剣を抜く。
足が、震える。
「レイン、下がれ」
ガルドの声は、低く、重かった。
「……俺が前だ」
「……動けないだろ」
「……それでもだ」
ガルドは、自分の体を引きずるように前に出た。
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茂みが揺れ、
魔族の影が現れる。
その瞬間、
ガルドは大盾を構えた。
――衝撃。
鈍い音。
盾が、揺れる。
それでも、
ガルドは一歩も退かなかった。
「……今だ」
レインは、動いた。
剣を振る。
当たらない。
二度、三度。
魔族が苛立ち、
ガルドに意識を集中させる。
その隙に――
フィアの魔法が、地面を焼いた。
完全な命中ではない。
それでも、十分だった。
魔族は舌打ちのような声を残し、
森の奥へ退いた。
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静寂。
ガルドは、その場に膝をついた。
「……ほらな」
苦笑しながら。
「盾ってのは、こうやって使う」
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その夜、ガルドは高熱を出した。
治せる魔法はない。
教会は遠い。
レインは、剣を握ったまま、そばに座っていた。
「……俺は、弱い」
小さく、言った。
ガルドは、目を閉じたまま答えた。
「弱くていい」
「前に立つ覚悟があるなら、それでいい」
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レインは、その言葉を、胸に刻んだ。
剣の形よりも。
魔法の理屈よりも。
盾になるという意味を。
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まだ、戦えない。
まだ、守れない。
それでも、
前に立つことだけは、できる。
今は、それでいい。




