表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第1話

産声は、静かだった


赤子は、泣かなかった。


助産師が一瞬、息を止めるほどに。

だが次の瞬間、小さく、弱々しく息を吐いた。


「……生きてる」


その言葉に、父は深く息を吐いた。


それだけで十分だった。

この世界では、生きていること自体が奇跡だ。



子供は、レイン・グレイブと名付けられた。


立派な家名でも、由緒ある血筋でもない。

この村で生きるには、重すぎる名前だと誰かが言った。


だが、父は気にしなかった。


「名前に、負けなきゃいい」


それだけだった。



レインが初めて剣に触れたのは、三歳のときだった。


父が使っていた、刃こぼれだらけの短剣。

当然、重くて持ち上げることもできない。


それでもレインは、

何度も、何度も、握ろうとした。


「やめとけ。指を落とすぞ」


そう言われても、手を離さなかった。


理由は単純だった。

父が毎日、それを持って家を出ていくから。



同じ頃、レインは奇妙なことに気づいていた。


夜、眠る前。

頭の奥が、静かに冴える時間がある。


何かを考えているわけでもない。

ただ、世界が――

少しだけ、はっきり見える。


母に話すと、首を傾げられた。


「疲れてるんじゃない?」


それで終わりだった。



五歳のとき、村に一人の魔法使いが立ち寄った。


南方大陸では珍しい存在だ。

人々は距離を取りながらも、その手元を盗み見ていた。


レインは、目を離せなかった。


火が生まれる瞬間。

指先の動き。

空気の流れ。


――理解できる、気がした。



その夜、レインは眠れなかった。


剣を握るときに感じる、体の奥の熱。

今、感じている、頭の奥の静けさ。


これは、別の力だ。


まだ言葉を知らなくても、

確信だけはあった。



六歳の春。


父は、魔族討伐のため村を出たまま、戻らなかった。


遺体も、剣も、戻らない。


母は泣かなかった。

ただ、働き続けた。


レインも泣かなかった。


その代わり、

毎日、剣を振った。


夜には、本を読んだ。


体を削り、

頭を削る。


誰に言われたわけでもない。

それが、自分の生き方だと思っただけだ。



ある日、母が言った。


「……どっちかにしなさい」


剣か。

魔法か。


レインは、少しだけ考えて、首を横に振った。


「……まだ、決めない」



剣を振ると、体が熱くなる。

本を読むと、頭が冴える。


どちらも、レインにとっては自分だった。


捨てる理由は、どこにもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ