第1話
産声は、静かだった
赤子は、泣かなかった。
助産師が一瞬、息を止めるほどに。
だが次の瞬間、小さく、弱々しく息を吐いた。
「……生きてる」
その言葉に、父は深く息を吐いた。
それだけで十分だった。
この世界では、生きていること自体が奇跡だ。
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子供は、レイン・グレイブと名付けられた。
立派な家名でも、由緒ある血筋でもない。
この村で生きるには、重すぎる名前だと誰かが言った。
だが、父は気にしなかった。
「名前に、負けなきゃいい」
それだけだった。
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レインが初めて剣に触れたのは、三歳のときだった。
父が使っていた、刃こぼれだらけの短剣。
当然、重くて持ち上げることもできない。
それでもレインは、
何度も、何度も、握ろうとした。
「やめとけ。指を落とすぞ」
そう言われても、手を離さなかった。
理由は単純だった。
父が毎日、それを持って家を出ていくから。
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同じ頃、レインは奇妙なことに気づいていた。
夜、眠る前。
頭の奥が、静かに冴える時間がある。
何かを考えているわけでもない。
ただ、世界が――
少しだけ、はっきり見える。
母に話すと、首を傾げられた。
「疲れてるんじゃない?」
それで終わりだった。
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五歳のとき、村に一人の魔法使いが立ち寄った。
南方大陸では珍しい存在だ。
人々は距離を取りながらも、その手元を盗み見ていた。
レインは、目を離せなかった。
火が生まれる瞬間。
指先の動き。
空気の流れ。
――理解できる、気がした。
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その夜、レインは眠れなかった。
剣を握るときに感じる、体の奥の熱。
今、感じている、頭の奥の静けさ。
これは、別の力だ。
まだ言葉を知らなくても、
確信だけはあった。
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六歳の春。
父は、魔族討伐のため村を出たまま、戻らなかった。
遺体も、剣も、戻らない。
母は泣かなかった。
ただ、働き続けた。
レインも泣かなかった。
その代わり、
毎日、剣を振った。
夜には、本を読んだ。
体を削り、
頭を削る。
誰に言われたわけでもない。
それが、自分の生き方だと思っただけだ。
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ある日、母が言った。
「……どっちかにしなさい」
剣か。
魔法か。
レインは、少しだけ考えて、首を横に振った。
「……まだ、決めない」
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剣を振ると、体が熱くなる。
本を読むと、頭が冴える。
どちらも、レインにとっては自分だった。
捨てる理由は、どこにもなかった。




