私が親だと信じていた人たちは、私の恋人を殺した。
【とある新聞記事】
「翌朝、貴族令嬢が遺体で発見された。死因は凍死と見られる。
なぜか、死体は片方の手が握られていた状態だったらしい。」
ヒールを捨てて走る。小石が足裏に刺さってじくじくと痛む。
「っはあ、」
心臓がうるさい。肺が痛い。身体が千切れそうだ。
それでも、足は止まれなかった。
貴族街を抜け、石畳から平坦な土になる。雨の気配に地面が湿っている。
息を切らしながらも、平民街に入った。いつもは馬車で通過するだけの道を走る。貴族がいることに周囲から奇異の目を向けられるが、気にしている余裕はなかった。
(っ、息が苦しい。)
大通りを抜け、裏路地に入る。
普段なら貴族が通ることのない道を足取り確かに進む。
(確か、ここを右に曲がって、ずっとまっすぐ…)
彼と通った記憶が道を示した。
─────
裏路地を大きな背中についていく。
狭く複雑なため、案内がないと迷いそうだ。
「この道、入り組んでて迷いそうね…」
「ああ、治安も悪いし、1人で通ったりするなよ?」
ふと、いたずら心が働いた。
「…じゃあ、この道を通る時は君が、私のことをエスコートしてくれるの?」
「ああ。」
「え?」
想像していた反応と違う。
思わず彼を見ると、少し頬が赤くなっていた。
「そっか、そっか。それなら安全だね。」
「ったく」
自分の顔が緩んでいく。
言葉にはしてくれない想いがくすぐったい。
(…これで好きだとか言ってくれたらなぁ。)
だが、私と彼は平民と貴族だ。決して結ばれることがない。
それを理解しているから、彼も想いを伝えることはしないのだろう。
その気遣いが有り難くも、悲しくもあった。
(まあ、人のこと言えないか。)
(「今の生活を捨てて、逃亡生活をしてくれ」なんて言えないもんなぁ。)
「っと、」
足場が悪いせいか、段差に躓いた。
「おい、あぶねえだろ」
「ごめんごめん」
「ほら、いくぞ。」
なぜか私の手を掴んだ。
彼は何も言わず、手を繋いだまま先に進んでしまう。
「えっ、ちょ」
繋いだ手から伝わる体温は火傷しそうなほど熱かった。
─────
ぜえぜえ、と息を荒げ、肩から力が抜ける。もう身体が動かない。
「っ…着いた。」
そこには無機質な石があるだけだった。
刻まれている名を、そっと指で撫でる。
(ここに、彼が眠っている。)
1ヶ月前、彼は亡くなった。
道に飛び出した子供を庇って、馬車に轢かれて死んでしまったらしい。
──そう思っていた。
(でも、違った。あれは事故死なんかじゃなかった。彼はあの人たちに殺されていた。)
ぽつ、と頬が濡れる。雨が降り始めた。
触れたとこからじんわりと熱を奪われ、すごく冷たかった。
─────
まだ、彼が死んだことを受け入れることができなかった。
それでも時は無常に進んでいった。
「お母様、来月のお茶会は若草の馬車で向かう予定です。執事は手配をお願い。」
本当は、馬車なんて乗りたくもない。しかし、このお茶会は強制参加だった。
「最近塞ぎ込んでいるようだし、きっといい気晴らしになるわ。」
「ええ、ありがとう。お母様」
「お嬢様、申し訳ございません。そちらの馬車は事故に遭ってしまい、ご使用が難しいかと。」
ふと、違和感を感じた。
事故、馬車。嫌な想像がちらつく。
(違う、きっと偶然だ。)
声が震え、全身から冷や汗が出る。
「事故って、何かにぶつかったんですか?」
「はい。1ヶ月ほど前に、子供が飛び出して、それを庇った平民がぶつかりました。ご乗車されていた旦那様と奥様にお怪我はございませんでした。」
母が困ったようにため息をつく。
「ほんと良い迷惑だわ。お気に入りの馬車だったのに、壊されてしまったのよ?」
1ヶ月ほど前、お父様とお母様が
帰りに面倒な事があった、と言っていた日がある。
彼が死んだ日は、その日だった。
そうか。
テーブルの下で手がギリギリと握りしめる。出血しているのか、生暖かい液体が手から滑り落ちるのを感じる。
“子供を庇った平民がぶつかった”
ぐるぐると感情が渦巻く。身体が熱い。まるで血が逆流しているようだ。
”ほんと良い迷惑だわ。お気に入りの馬車だったのに、“
自分の家族が同じ人間に見えなかった。人の輪郭が揺らいで、人の皮を被った何かに見えた。
思わず、笑いが溢れた。
ああ、彼はこの人たちに殺されたんだ。
その後のことは、よく覚えていない。
─────
無機質な石をただ、見ていた。
雨に濡れ、身体がしとしとと冷えていく。
(きっと、私は地獄に行くだろうな。そして君にはもう会えない。)
それでもいい。あんな人たちの血が通った自分は彼に相応しくない。
何度も思った。
あの日私も馬車に乗っていれば、
ずっと考えていた。
もっと早く両親の本性に気がついていれば、
もしも、
私が彼と出会わなければ、
それでも、無力だった。
いくら考えたところで、いくら願ったところで、彼は生き返らなかった。
──どれだけ、その場にいただろう。
ゆっくりと熱が消え、手足が石のよう感じる。
周囲の音がなくなり、雨音だけ耳に届く。
まるで世界から切り離されて、雨と私だけになったみたいだ。
空を見上げると、雨粒が光って星のように見えた。
なんだか、おかしくて笑ってしまう。
(このまま無数の水に溶けてしまうんだろうか。)
それもいいと思った。そうしたら、楽になれるかもしれない。
「─、──」
ふと、音が聞こえた気がした。
「──っおい!」
聞こえるはずのない声だった。
息が震える。心臓が音を立てる。
違う、嘘だ。
幻聴だってわかっている。雨の音を勘違いしただけだ。
彼はもういない。死んだんだ。
それなのに、私はあの声に手を伸ばしていた。
────
記憶の彼と同じだった。
「何してんだ。いくぞ。」
無口でぶっきらぼうなところもそのままだった。
彼は、当たり前のように手を伸ばす。
私は、それを拒んだ。
「…ごめん、私は1人でいくよ。」
自分に隣にいる資格はない。それに地獄に落ちる私といると、彼も道連れになってしまう。
それなのに、彼は強引に私の手を取った。
「そうか。」
「じゃあ勝手に連れていくぞ。」
「ちょっと…!」
何を言っても手を離してはくれなかった。
(…いっそのこと、恨み言でも吐けばいいのに。)
結局、私はその手を振り解けなかった。
昔のように、彼が私の手を引いていく。
こちらを見ず、先に行ってしまうところもそのままだ。
ただ、繋いだ手に前のような熱は感じられなかった。
空を見上げると、雨はまだ降り続けていた。
彼が死んでしまった。
道に飛び出した子供を庇って、馬車に轢かれたらしい。
でも、本当は私の両親に殺されていた。
貴族のお嬢様が平民の青年と恋をした。そして2人とも死んでしまった話。
──お読みいただき、ありがとうございました。
彼と彼女が一緒になる世界線(彼視点)も連載中です。
また違った雰囲気となるので、ぜひ。




