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身分差の恋

私が親だと信じていた人たちは、私の恋人を殺した。

掲載日:2026/01/30

【とある新聞記事】

「翌朝、貴族令嬢が遺体で発見された。死因は凍死と見られる。

なぜか、死体は片方の手が握られていた状態だったらしい。」



ヒールを捨てて走る。小石が足裏に刺さってじくじくと痛む。

「っはあ、」

心臓がうるさい。肺が痛い。身体が千切れそうだ。

それでも、足は止まれなかった。


貴族街を抜け、石畳から平坦な土になる。雨の気配に地面が湿っている。


息を切らしながらも、平民街に入った。いつもは馬車で通過するだけの道を走る。貴族がいることに周囲から奇異の目を向けられるが、気にしている余裕はなかった。


(っ、息が苦しい。)

大通りを抜け、裏路地に入る。

普段なら貴族が通ることのない道を足取り確かに進む。


(確か、ここを右に曲がって、ずっとまっすぐ…)

彼と通った記憶が道を示した。


─────




裏路地を大きな背中についていく。

狭く複雑なため、案内がないと迷いそうだ。


「この道、入り組んでて迷いそうね…」

「ああ、治安も悪いし、1人で通ったりするなよ?」


ふと、いたずら心が働いた。


「…じゃあ、この道を通る時は君が、私のことをエスコートしてくれるの?」

「ああ。」


「え?」

想像していた反応と違う。

思わず彼を見ると、少し頬が赤くなっていた。


「そっか、そっか。それなら安全だね。」

「ったく」

自分の顔が緩んでいく。

言葉にはしてくれない想いがくすぐったい。


(…これで好きだとか言ってくれたらなぁ。)

だが、私と彼は平民と貴族だ。決して結ばれることがない。

それを理解しているから、彼も想いを伝えることはしないのだろう。

その気遣いが有り難くも、悲しくもあった。


(まあ、人のこと言えないか。)

(「今の生活を捨てて、逃亡生活をしてくれ」なんて言えないもんなぁ。)



「っと、」

足場が悪いせいか、段差に躓いた。

「おい、あぶねえだろ」

「ごめんごめん」


「ほら、いくぞ。」

なぜか私の手を掴んだ。


彼は何も言わず、手を繋いだまま先に進んでしまう。


「えっ、ちょ」


繋いだ手から伝わる体温は火傷しそうなほど熱かった。


─────



ぜえぜえ、と息を荒げ、肩から力が抜ける。もう身体が動かない。


「っ…着いた。」

そこには無機質な石があるだけだった。

刻まれている名を、そっと指で撫でる。


(ここに、彼が眠っている。)



1ヶ月前、彼は亡くなった。

道に飛び出した子供を庇って、馬車に轢かれて死んでしまったらしい。

──そう思っていた。

(でも、違った。あれは事故死なんかじゃなかった。彼はあの人たちに殺されていた。)





ぽつ、と頬が濡れる。雨が降り始めた。


触れたとこからじんわりと熱を奪われ、すごく冷たかった。


─────



まだ、彼が死んだことを受け入れることができなかった。

それでも時は無常に進んでいった。



「お母様、来月のお茶会は若草の馬車で向かう予定です。執事は手配をお願い。」

本当は、馬車なんて乗りたくもない。しかし、このお茶会は強制参加だった。


「最近塞ぎ込んでいるようだし、きっといい気晴らしになるわ。」

「ええ、ありがとう。お母様」


「お嬢様、申し訳ございません。そちらの馬車は事故に遭ってしまい、ご使用が難しいかと。」


ふと、違和感を感じた。


事故、馬車。嫌な想像がちらつく。

(違う、きっと偶然だ。)

声が震え、全身から冷や汗が出る。

「事故って、何かにぶつかったんですか?」



「はい。1ヶ月ほど前に、子供が飛び出して、それを庇った平民がぶつかりました。ご乗車されていた旦那様と奥様にお怪我はございませんでした。」


母が困ったようにため息をつく。

「ほんと良い迷惑だわ。お気に入りの馬車だったのに、壊されてしまったのよ?」





1ヶ月ほど前、お父様とお母様が

帰りに面倒な事があった、と言っていた日がある。


彼が死んだ日は、その日だった。






そうか。


テーブルの下で手がギリギリと握りしめる。出血しているのか、生暖かい液体が手から滑り落ちるのを感じる。


“子供を庇った平民がぶつかった”

ぐるぐると感情が渦巻く。身体が熱い。まるで血が逆流しているようだ。


”ほんと良い迷惑だわ。お気に入りの馬車だったのに、“


自分の家族が同じ人間に見えなかった。人の輪郭が揺らいで、人の皮を被った何かに見えた。




思わず、笑いが溢れた。


ああ、彼はこの人たちに殺されたんだ。




その後のことは、よく覚えていない。


─────




無機質な石をただ、見ていた。


雨に濡れ、身体がしとしとと冷えていく。


(きっと、私は地獄に行くだろうな。そして君にはもう会えない。)

それでもいい。あんな人たちの血が通った自分は彼に相応しくない。


何度も思った。

あの日私も馬車に乗っていれば、


ずっと考えていた。

もっと早く両親の本性に気がついていれば、


もしも、

私が彼と出会わなければ、




それでも、無力だった。

いくら考えたところで、いくら願ったところで、彼は生き返らなかった。



──どれだけ、その場にいただろう。

ゆっくりと熱が消え、手足が石のよう感じる。



周囲の音がなくなり、雨音だけ耳に届く。

まるで世界から切り離されて、雨と私だけになったみたいだ。


空を見上げると、雨粒が光って星のように見えた。

なんだか、おかしくて笑ってしまう。



(このまま無数の水に溶けてしまうんだろうか。)

それもいいと思った。そうしたら、楽になれるかもしれない。



「─、──」


ふと、音が聞こえた気がした。

「──っおい!」


聞こえるはずのない声だった。



息が震える。心臓が音を立てる。


違う、嘘だ。

幻聴だってわかっている。雨の音を勘違いしただけだ。

彼はもういない。死んだんだ。




それなのに、私はあの声に手を伸ばしていた。


────



記憶の彼と同じだった。

「何してんだ。いくぞ。」

無口でぶっきらぼうなところもそのままだった。


彼は、当たり前のように手を伸ばす。

私は、それを拒んだ。


「…ごめん、私は1人でいくよ。」

自分に隣にいる資格はない。それに地獄に落ちる私といると、彼も道連れになってしまう。



それなのに、彼は強引に私の手を取った。

「そうか。」

「じゃあ勝手に連れていくぞ。」


「ちょっと…!」

何を言っても手を離してはくれなかった。


(…いっそのこと、恨み言でも吐けばいいのに。)

結局、私はその手を振り解けなかった。










昔のように、彼が私の手を引いていく。

こちらを見ず、先に行ってしまうところもそのままだ。


ただ、繋いだ手に前のような熱は感じられなかった。




空を見上げると、雨はまだ降り続けていた。

彼が死んでしまった。

道に飛び出した子供を庇って、馬車に轢かれたらしい。

でも、本当は私の両親に殺されていた。



貴族のお嬢様が平民の青年と恋をした。そして2人とも死んでしまった話。

──お読みいただき、ありがとうございました。


彼と彼女が一緒になる世界線(彼視点)も連載中です。

また違った雰囲気となるので、ぜひ。

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