悪喰のシキ〜草刈りで生計を立てていた転生少年、相棒の『草刈り鎌』が進化するチート武器だと判明したので無双する〜
──あまりの現実感のなさに、タチの悪い夢だと思った。
けれどローブを撫でる風が、呼吸の度に痛む心臓が、むせ返るような血の臭いが、目の前の光景が現実のものであると教えてくる。
「……う、嘘だ」
しかしどうしても信じられなかった僕は、小さく首を振った後、呆然としながらゆっくりと歩みを進める。
1つ。また1つ。
歩く度に目に入る赤黒く染まった塊。
それが腹を裂かれ、臓物を抉り出された人の死骸であると認識するのに、そう時間はかからなかった。
「……そんな……そんなはず」
──昨日まで笑顔を見せていた人々が、物言わぬ骸と成り果てた。
その事実が信じられなくて、脳が理解を拒む。
──と。
「……あ」
ここで視界の先に、死体の前で膝をつく人影を発見した。
……生き残り!?
僕は幾ばくかの希望を胸に近づき──しかしすぐにその瞳を絶望に染めた。
てっきり死体を前に悲しんでいるのだと思ったが……違った。目の前の人間は、膝をつき、死体の腹を裂き、臓物を引き摺りだしている。
……あぁ。つまりこいつが──
理解した瞬間、はらわたが煮え繰り返る程の怒りが全身を支配し──僕は大鎌の柄を力強く握りしめた後、心に蓋をするように、ローブのフードを深く被った。
◇
鼻をつくすえた臭いに叩き起こされるように、僕は重いまぶたを開いた。
「うっ……こ、ここは」
思うように動かない身体を必死に動かしながら、もがく様に起き上がると、自身が今ゴミ山の上で眠っていたことに気がつく。
「は? なんだここ」
辺りを見渡すも、目に映る景色と記憶が結びつかない。どう考えても見知らぬ場所だ。
「裏路地みたいな場所か? いや、でも……」
単に裏路地にいるだけならばまだ良い。
しかし、レンガのようなものを積み上げてできた家々。地面の質感。そして目の前の大通りを行き交う馬車や、人々の特異な髪色。
その全ての要素が、ここが日本ではない、ましてや地球ではない別のどこかであることを僕に伝えてくる。
「夢、明晰夢か何かか……?」
あまりにも非現実的な光景にふとそう考えた所で、僕は唐突に思い出した。
「違う。そうだ、僕は死んだんだ」
死因は不明。ただ日本で生きていた僕は死に、神様と出会った。そこで神様と会話をし、色々あって剣と魔法のファンタジー世界に転生させてもらったんだ。
「転生先は決められないとは言っていたけど、まさか裏路地スタートとはな」
中々ハードモードだなと思いつつ、僕は未だぼんやりとする頭を働かせて神様との会話を思い出す。
「あ、そうだ。そういやただ転生させるのも気の毒だからとチート武器と防具を授けてくれるって言ってたな」
チート武具。なんと甘美な響きだ。……それで、そのチート武具とやらは?
視線をキョロキョロと動かし、僕は右手の側に漆黒の草刈り鎌が落ちていることに気がつく。オーラが見える訳ではないが、この鎌が明らかに異質なものであることは僕でもわかった。
「えっ……まさかこれ?」
武器といえば、剣や杖のようなものをイメージしていただけに、まさかの鎌……しかも大鎌ではなく小さな草刈り鎌であることに拍子抜けしてしまう。
「いや、草刈り鎌って。えぇ……」
手に取り、様々な角度から目をやる。なるほど確かに存在感はあるし、刃は鋭く何でも切れそうな雰囲気を醸し出している。
しかしどこまでいっても草刈り鎌である。
戦闘で使用するイメージは湧かないし、何よりも戦闘経験のない僕が使用した所で、刃を当てる前に敵の攻撃を受ける未来しか見えない。
「ま、まぁいいや。次に防具だけど……えぇ……」
僕の全身を覆う漆黒のぼろ布。
その作りから、フード付きのローブのようだが、布の質も良いとは言えず、何よりもその薄さから、どう頑張ってもこれが防具には見えなかった。
「いやいやいや神様は何を考えて……ウッ」
ここで僕の鼻が再び悪臭を捉えた。そのあまりの臭さに、僕は吐き気を覚えながらヨロヨロと立ち上がる。
……気持ち悪い。考察よりも、まずはここから離れなきゃ。
僕はフラフラとした足取りで、目の前の大通りを目指して歩く。
……それにしてもやけに目線が低いな。体感だけど、身長130〜140センチといったところだろうか。
「つまり年齢は10代前半ってところか?」
顔は確認する術がないからわからないが、目線を上にやれば白髪であることがわかる。
……アルビノ? いや、ファンタジー世界なんだ。ありふれた髪色なのかもしれない。
そんなことを思いながら、続いて自身の手足へと視線を向ける。
……いや、ガリガリすぎるだろ。あれか? のたれ死んだ少年に転生した感じか?
「うっ……や、やばい」
自身の身体の状態を認識したからか、突然猛烈な空腹と喉の渇きが襲ってきた。
……まずはこれを何とかしないと。
僕は覚束ない足取りのまま、一歩一歩と歩みを進め、ついに暗い裏路地から、日光に照らされた大通りへと辿り着いた。
「すげぇ……」
目の前に広がる、いわゆる異世界ファンタジー世界を思わせる建物の数々。僕の前を横切る様に歩く、様々な髪色を有する老若男女。そして何よりも冒険者というやつか、全身を武具で覆った人々の姿。
前世では無類の異世界転生物語好きだったのだ。この景色を前にして、心が躍らない訳がなかった。
「……っ」
とは言え、その感動も長くは続かなかった。何故ならば、再び痛みを覚える程の空腹が僕を襲ったからだ。
「はやく……何か食べ物を……」
僕は救いを求めるようにキョロキョロと人々へと視線をやる。
しかし悲しいかな、誰一人として僕の方に目を向ける存在はいない。
冷たい……とも思うが、仕方がないか。
側から見たら僕は死にかけたスラムの少年か何か。態々手を差し伸べる価値のある存在ではないのだ。
「待つだけじゃダメだ。自分でどうにかしなきゃ」
でなければ、せっかく転生したのにまた死んでしまう。
「どうしよう」
僕は再び頭を悩ませる。
神様は言っていた。この世界はいわゆる剣と魔法のファンタジー世界であり、魔物が当たり前のように跋扈する危険な世界であると。
つまり今の僕が町の外に出るのは危険だ。自殺行為とも言える。つまりこの町の中でどうにかしなければならない。
何かないか。町中で安全に食事を手に入れる術は……。
考え、僕はふと1つの考えに至った。
鎌……そ、そうだ。これで草刈りをすれば、代わりに食事を恵んでもらえるんじゃないか。
あまりにも短絡的な考えかもしれない。しかし、栄養不足でまともに働かない今の頭では、それしか浮かばなかった。
「よし……そうと決まれば」
僕は1人頷くと、相変わらずフラフラとした足取りでその場を離れた。
◇
「ダメか」
あの後僕はいくつか飲食店を回ってみた。しかし一つとして上手くいかず、皆僕が訪問すると、怪訝な表情を浮かべた後、何も言わずに扉を閉めてしまった。
「まぁ仕方ないか」
こんなぼろ布を纏った不気味で、かつ不潔な見た目では門前払いされて当然であろう。
とはいえ、今の僕の知識では身なりを整える術は思いつかない。
「うーん、どうしようか」
ほんの少しでも良い。何か印象が良くなる方法はないだろうか。
……あ、そうだ。鎌を仕舞おう。
全く何でこんな簡単なことに気がつかなかったのか。こんなものを持っていては警戒されて当然だろうに。
にしても、どこに仕舞おうか。……チート武器と言うくらいだし、念じただけで、消えてくれればいいんだけど。
そう思い、僕は何となしに「消えろ〜」と念じてみる。その瞬間、僕の手がふと軽くなった。
……ほんとに消えた!? なら!
今度は「出てこい〜」と念じてみる。すると僕の右手に草刈り鎌が現れた。
「これは便利だ」
さすがチート武器だと都合良く鎌を褒め称えた後、僕は再び念じて鎌を消した。
……よし、これでいこう。
僕は1人頷くとそのまま歩きだし、ここでもう1つ思い立つ。
「フードもとった方がいいか」
一応薄汚れた全身を隠そうとこれまでフードを被っていたのだが、いくら身なりが汚くとも、表情が窺える方が多少は印象が良いような気もする。
……うん。取ろう。どうせこれまで断られ続けたんだ。何もフードにこだわる事はないだろう。
僕はそう結論付けると、フードを外し、燻んだ白髪を晒した。
「これでよしと。……さぁ、頑張るか」
言葉の後、僕は重い身体を引き摺りながら、何店舗か回った。
しかしやはりその見た目からか、どの店でも、こちらに目をやった瞬間に、あっちに行けと追い払うような仕草を向けられてしまう。
「………うぅ」
誰1人として話すら聞いてくれない。その事実に、思わず涙が滲む。
……クソ。泣くな。わかっていたことじゃないか。そう簡単なことではないって。
しかし元の身体の幼さに引き摺られてか、上手く感情が制御できず涙が溢れてしまう。
一体どのくらい泣いていたのか。
ようやく涙が収まってきた所で、ふと僕の目にある文字が映る。
「……宿屋『モックル』。宿屋か」
この世界ではどうかわからないが、異世界ファンタジー物の宿屋といえば、宿泊と共に食事を提供しているイメージがある。
もしこの宿屋がそうであれば、上手くいけば食事を恵んでもらえるかもしれない。
「……大丈夫。絶対手を差し伸べてくれる人はいる」
僕は自分に言い聞かせるようにそう呟いた後、目の前のこじんまりとした宿屋の扉を叩いた。
「はいよ〜」
奥から力強い女声が聞こえてくる。それから少しして、足音と共にガチャリと扉が開き、恰幅の良い女性が姿を現した。
彼女は僕へと視線を向けた後、怪訝な表情を浮かべる。
「なんだい、物乞いかい? あいにくこのボロ宿に与えられるものはないよ」
……っ! 声を掛けてくれた!
内容はどうでも良い。ただ門前払いではなかったことが嬉しく、僕は表情を少しだけ明るくしながら「突然の訪問申し訳ございません。実は──」とこれまでの事情、そして草刈りの提案をした。
一通り伝えた所で、女性は頷く。
「なるほど、働く対価として食事を求めるってわけね」
「はい。急なお願いでご迷惑をおかけしてしまっていることは理解しています。ただ、今の僕にはこれしか思いつかなくて。……っ! どうかお願いします!」
女性は腕を組み、こちらをジッと見つめる。それから少ししてフーッと息を吐いた。
「……いいよ、等価交換といこうか」
「っ! ありがとうございます!」
思わず瞳に涙が滲む。しかしこれから仕事をするのに、泣いてはいられないと、ゴシゴシと目元を拭う。
「では、早速草刈りを……」
「待ちな」
「……?」
首を傾げる僕を他所に、女性は宿屋の中へと入っていく。言葉に従いそのまま少し待っていると、彼女は再び扉を開いた。
「入りな」
「えっ……あの、お邪魔します」
一体どういうことか。困惑しながらも彼女についていく。
宿屋に入ると、目の前にいくつかのテーブルが並んでいた。そしてその内の1箇所に、スープのようなものが置かれている。
女性に視線を向ける。すると彼女は癖なのか、腕を組んだまま、クイッと顎をしゃくった。
「食べな」
「……で、でもまだ仕事は」
「そんなフラフラな状態じゃまともに働けないだろう? だから先に食べるといいさ」
「で、でも──」
「子供が遠慮するんじゃないよ。ほら!」
女性が僕の背中を押す。僕は導かれるようにスープの置かれた席につく。
「……いい匂い」
僕はもう一度女性を見上げると、彼女はうんと頷いた。
視線をスープへと戻し、木製のスプーンを手に取る。スープを掬う。
なんてことないスープだ。いや、むしろ具材は刻まれたクズ野菜だけであり、日本で出されたら思わず眉根を寄せる様な代物だ。しかしそんなスープも、今の僕には何よりも光り輝くご馳走に見えた。
「いただきます」
僕は呟くようにそう言うと、湯気の立ち昇るそれをゆっくりと口に運んだ。
「…………うぅっ」
瞬間、僕の瞳から何度目か涙が溢れた。
「大丈夫かい?」
突然の涙に女性は案じる様に声を上げる。僕は涙を流しながら、絞り出す様に言った。
「凄く……凄く美味しくて」
「ふふっ、そうかい。おかわりもあるから、たんとお食べ」
優しげな女声。その声に僕は頷くと、丁寧に、しかし勢い良くスープを口に運んでいった。
◇
あれから彼女に勧められるがまま、追加で2杯いただいた。おかげであれだけ僕を苦しめていた空腹も、喉の渇きも無くなった。
僕は満腹の幸せを噛み締めつつ「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
「あいよ。満足したかい?」
「はい!」
「そりゃよかった。さて、それじゃ対価を払ってもらうとするかね」
「はい! お任せください!」
「おいで」
女性は奥へと向かうと、裏手に続く扉を開ける。僕は立ち上がると、彼女に続いて裏手へと出た。
「ここだよ」
女性が指差す先、そこにはおよそ8畳ほどの空間がある。左手側には井戸らしきものがあり整えられているのだが、右手側には青々と草が生い茂っていた。
「井戸周辺は綺麗にしているんだけどね。それ以外は放っておいたら、いつの間にかこんなになっちまったのさ」
「ここ全体の草刈りをすればよろしいですか?」
「そうしてもらえると助かるけど、大丈夫かい?」
「はい。食事をいただいたおかげで力がみなぎっているので。お任せください!」
そんなすぐ栄養が行き渡る訳がないのだが、力がみなぎっているのは確かであった。
「なら、任せるとしようかね。それじゃ、あたしは室内にいるから、終わったら声をかけてもらえるかい?」
「わかりました!」
「それじゃ頼んだよ」
言葉の後、女性は室内へと入っていった。
「よし、やるか」
つい先程までの僕の状況を考えれば、温かい食事をたらふく食べさせてくれた女性はいわば命の恩人だ。
その対価として、草刈りが等価とは思えないけれど、僕の持てる力をもって精一杯取り組もうと思う。
「おいで」
声と共に、右手に草刈り鎌を召喚する。相変わらず禍々しさすら感じるほどに黒々としているそれをぐっと握ると、僕は目の前の草を掴み、鎌の刃を通した。
「…………っ!?」
結構な量の草を掴んでいたはずである。にもかかわらず、鎌の刃はまるで豆腐を切るかのようにスッと通ってしまった。
……す、凄まじい切れ味だ。神様がチート武器と呼称するだけのことはあるな。
「これなら、すぐ終わるかもしれない」
僕は頑張るぞと頷くと、同じ要領でどんどんと草を刈っていった。
◇
およそ1時間ほどで満足のいく状態までもっていくことができたので、僕は裏手の扉を開き「終わりました!」と声を掛ける。
すると「もう終わったのかい?」と目を見開いた後、女性がこちらへとやってくる。
「いかがでしょうか」
「ほーぅ。こりゃ、見事なもんだねぇ」
彼女は感心したように辺りを見渡す。
「その小さな鎌でやったのかい?」
「はい!」
「それでこの規模を……しかもこんな短時間で綺麗に……」
「あの……対価としてどうでしょうか?」
「もちろん、合格だよ。よくやったね!」
「ありがとうございます!」
僕は深い達成感と共に勢いよく頭を下げる。
「いやぁ、ほんとよくできてるねぇ。これなら知り合いに紹介してもいいかもしれないね」
「紹介……ですか?」
「そうさ。一応こういった掃除系の依頼は冒険者ギルドにお願いすることが多いんだけどね、面倒だからと誰もやりたがらないのさ。だからきっと重宝されるよ」
「あの、実は今日の食事すら精一杯の生活をしていて……なので、紹介いただけると凄く助かります」
「さっきまでの坊主をみてたら想像つくさ。……そうだね、そういうことなら紹介するとしようかね」
「ありがとうございます!」
「それで……この後はどうするんだい?」
「この後ですか? えっと……」
「行く当てもないんだろう?」
「その……はい」
「なら、泊まっていくかい?」
「えっ!? よ、よろしいんですか」
「想像以上の働きぶりだったからね、その対価さ」
「ほ、ほんとですか?」
女性はうんと頷いた後、ビシッとこちらを指差す。
「ただしタダで泊まれるのは1泊だけだよ。明日以降どうするかはその内に考えるようにね」
「はい!」
こうして僕は女性のご厚意により、宿泊場所を手に入れることができた。
◇
「メリッサさん行ってきます!」
「あいよ! 今日も精一杯働くんだよ」
「はい! 頑張ります!」
恰幅の良い女性──メリッサさんに元気良く挨拶を返した後、僕は宿屋『モックル』を勢いよく飛び出す。
──僕がこの世界に転生してから、およそ2ヶ月が経った。
転生初日、メリッサさんの優しさで宿に泊まらせてもらった後、彼女の言葉通り翌日すぐに知り合いを紹介してもらえた。
そこでも丁寧に草刈りを行い、対価として宿泊費数日分に当たるお金をいただき、結果として『モックル』という安住の地を手に入れることができた。
その後、メリッサさんのアドバイスにより冒険者ギルドに登録。そこに依頼されている数々の雑用──主に草刈りだが──を受けることで、こうして今日まで元気に生きながらえることができている。
それもこれも、あの日満身創痍であった僕を門前払いせず、話を聞いてくれたメリッサさんのおかげだ。
「本当、感謝してもしきれないな」
僕はそう呟きながら大通りを走り、目的地を目指す。
「お、シキじゃねぇか! 今日も草刈りか?」
道中顔馴染みのおじちゃんが気さくに声を掛けてくれる。僕は笑顔で「はい!」と返す。
「そうか。頑張れよ」
「ありがとうございます。頑張ります!」
普段町の草刈りばかりをこなしているため、気がつけばかなり知り合いが増えた。
おかげで町を移動するだけでこうして優しく声を掛けてもらえる。本当、ありがたいかぎりだ。
と、そんなこんなで町の人々に挨拶をしながらしばらく走ると、目的地である冒険者ギルドへと到着した。
「よし。今日も頑張るぞ」
ふんすと気合いを入れて扉を開け、ギルドへと入る。すると室内にいた複数の冒険者の視線がこちらへと向き──
「おうおう! 『草刈りのシキ』のお出ましだぜ!」
「ようシキ!」
「今日も草刈り頑張れよ!」
荒くれ者のおっちゃん達が、気さくに声を掛けてくれる。それはとても嬉しいのだが……。
『草刈りのシキ』って……うぅ、まぁ事実なんだけどちょっとカッコ悪いんだよな。
そう。いつからか、皆が僕のことを『草刈りのシキ』という二つ名で呼ぶようになった。
基本的に二つ名がついている冒険者はそう多くはない。だからこそ、どんな名前であれ二つ名があるというのはたいへん名誉なことではあるのだが……いかんせんカッコよくないのだ。ほんと、もうちょっと良い名前は無かったのだろうか。
まぁ何にせよ、僕はあの日から様々な人に可愛がってもらいながら、慎ましくも幸せに暮らすことができている。
『草刈りのシキ』という二つ名に多少の不満はあるが、草刈り自体は楽しいし、依頼主の喜ぶ顔が見られるのでやりがいもある。
だからこそ総じて充実した異世界生活を送れていると言える。
あ、ちなみにシキというのはこの世界での僕の名前だ。倉敷幽兎という前世の名前の一部を取り、シキを名乗っている。
自分で決めておいてなんだが、最初はシキと呼ばれてもしっくりとこなかった。ただ2ヶ月も経てばすっかりとこの名が身体に馴染んでいた。
さて、そんな僕──シキが冒険者ギルドに来た理由は、当然今日の依頼をこなすためである。ただ、この日に限っては実は普通の依頼ではない。
「シキく〜ん」
ここで1人の受付嬢さんが僕の名前を呼びながら、こっちこっちと手招きをしてくる。僕はそれに従う様に彼女の元へと向かう。
「ルナさんおはようございます!」
「おはよう、シキくん。ふふっ、今日も元気いっぱいね」
そう言って柔らかく微笑む彼女は受付嬢のルナさん。桃色のミディアムヘアとほんわかとした雰囲気を有する16歳の優しいお姉さんだ。そして実は僕がこの冒険者ギルドに初めて来た時に対応してくれた女性でもある。
「元気だけが取り柄ですから!」
「そんなことないわよ。シキくんにはいい所たくさんあるわよ?」
「たくさんですか?」
首を傾げながら考えるも、自分では何も思い浮かばない。そんな僕に優しくもどこか艶やかな笑顔を向けながら、ルナさんは言葉を続ける。
「そうよ。まず何よりもビジュがいい!」
「初手顔ですか!?」
「大事なことよ? あとはね、ちっちゃいのに一生懸命なところと、ちっちゃくて優しいところと、ちっちゃくてかわいいところかな?」
「…………」
僕はジトッとした目を向ける。
「……お、怒らせちゃったかな?」
「いえ。怒ってませんよ。ただ早く大きくなりたいなとそう思いました」
「えっ……!?」
「えっ……?」
「シ、シキくんって大きくなるの?」
「そ、それはもちろん。まだ10歳ですし、成長期もまだですから。きっとこれからすくすく成長しますよ」
「そんなぁ……」
ルナさんが絶望した表情を浮かべる。
──そう。最近冒険者のおっちゃんから聞いて知ったことなのだが、どうやらルナさんは小さな男の子が好きらしい。前世の知識で言うのであれば、いわゆるショタコンというやつである。
……黙っていれば美人なのに。これが残念美人ってやつなのかな。
なんて少し失礼なことを考えながらフーッと小さく息を吐くと、僕は一歩近づきルナさんの滑らかな白魚のように真白い手を取る。
「シキくん?」
「一般的な成長期を考えれば、そんなすぐには大きくなりませんよ。だから元気出してください」
そう言って僕はルナさんに微笑みかける。
……自分でも何を言っているのかさっぱりだが、果たして効果のほどはいかに。
僕の言葉を受け、ルナさんはゆっくりとその表情に光を取り戻す。
そして呟くように「そうだよね。まだ時間はあるよね」と言うと、彼女は僕の手をギュッと握り返してくれた。
その瞬間、周囲から「おいおい、シキのやろうも隅におけねぇな!」「ヒューヒュー!」とこちらを揶揄うような声が聞こえてくる。
そんなおっちゃんたちの反応を受け、ルナさんは照れた様に微笑み、僕は内心苦笑を浮かべるのであった。
◇
「まったくなんだったんだ今の時間」
あの後見るからにご機嫌なルナさんから依頼書を受け取り、僕は冒険者ギルドを出たのだが、その際もおっちゃん達から揶揄いの言葉をかけられた。
別に悪い気はしない。みんな良い人だし、何よりルナさんは優しくて美人だし。
ただ僕は10歳なのだ。揶揄いの言葉をかけるにしては、いささか若すぎるのではないだろうか。
「まぁ拒絶されるよりは何倍もマシか」
どんな言葉であれ、皆の反応はこんな僕を受け入れ、可愛がってくれている証拠である。
皆が優しいというのもあるが、きっとそれだけではなく、僕がこれまで草刈りの仕事を愚直にこなしてきたことで認められたというのもあるのだろう。
「だからこそ、日々の依頼に感謝しながらきちんとこなすんだ」
そんな決意と共に、僕はローブを風に靡かせながら依頼主の家に向かって走る。
あ、そう。ローブであるが、極力身に纏うようにしている。チート防具というくらいだし、防御力はあるはずというのと、なによりも特殊な力により汚れないため、草刈り等雑用をこなす際に服を汚さずに済むという考えからだ。
「まさか神様もローブや鎌をこんな風に使うとは思ってなかっただろうな」
神様はローブと鎌とチート武具と言っていた。つまり戦闘で使用するのを想定していたはずである。
それが実際はどうか。ローブは土汚れや埃汚れを防ぐため、鎌は草を刈るために使用している。きっと今頃、僕の姿を見てさぞ驚いていることであろう。
神様と会話した記憶はあれど、その姿を覚えてはいない。だから想像上の姿にはなるが、神様が驚いた表情になっている様を思い浮かべ、僕はフフッと小さく笑った。
と、そんなこんなで色々と思考しながら走ること数分。僕は今回の依頼主が住む、屋敷の前へと到着した。
「うーん、相変わらず凄い家だ」
僕は感心するようにその大きな屋敷を目に収めた後、敷地を囲う鉄柵へと近づく。
そしてそこに付いているドアへと近づくと、魔道具であるチャイムを鳴らした。
すると少ししてその魔道具から「ん」という女声が聞こえてくる。
「こんにちはプラネさん。シキです」
「おお、シキだ。待ってて」
言葉の後、ガチャリという音と共に、目の前の扉が開く。
──中世の世界観なのに、この辺りの技術はまるで前世の日本のよう。これが魔道具……ひいては魔法の力なのかな。
僕はそう感心しながら扉を開け、敷地内に足を踏み入れる。それから大きな庭に伸びる石道を通り、屋敷の前へと到着する。
その瞬間、ガチャリと目の前の扉が開く。
そしてその奥から身長140cmほどか、僕より少しだけ背の高い少女がヒョコリと顔を覗かせた。
「おはよ」
そう気さくに声を掛けながらも、しかし表情の一切変わらない彼女はプラネさん。
13歳という幼さでありながら、史上最速で冒険者ランクAまで登り詰めた天才魔法使いである。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「ん、よろしく。それじゃ入って」
「はい、失礼します」
言葉の後、床にまで届きそうな程長く伸びた水色の髪を目に収めながら、彼女に続いて歩く。
これまでのやり取りでわかるように、実はこの屋敷には何度も足を運んでいる。
というのも、何ともありがたいことに彼女は週に2回のペースで僕に指名依頼をしてくれているのだ。いわば僕の一番のお得意さんという訳である。
果たして僕の仕事ぶりを気に入ってくれたのか、それとも冒険者の中では珍しく彼女よりも年下のため興味を抱かれたのか、その表情からも言動からも真意は読めないが、何はともあれ彼女のおかげで僕が安定した生活を送れているのは間違いない。
……ありがたいな。
僕は心の中で感謝を述べながらプラネさんに続いて歩くと、少ししてリビングに到着する。
「ん、座って」
「はい。失礼します」
言葉の後、テーブルを挟んで向かい合う様に椅子に腰掛ける。
「…………」
その後彼女が言葉を発するのを待つが、どういう訳かプラネさんは眠そうな瞳でこちらをジーッと見つめたまま動かない。
彼女はこの世界でも珍しいオッドアイであり、右眼が金色、左眼が碧色に染まっている。その瞳は大層美しく、こうしてジッと見つめられると思わず吸い込まれそうになるが、僕はグッと堪えて言葉を発した。
「あ、あのプラネさん?」
「ん?」
「その、今はなんの時間でしょうか」
「休憩」
「きゅ、休憩?」
「そう。シキはうちまで走ってやってきた。きっと疲れている。だから休憩」
「な、なるほど。ありがとうございます」
「ん」
……いや、過保護過ぎない?
僕は内心苦笑を浮かべる。どういう訳か彼女は僕を甘やかす節がある。
その方法は毎回違うのだが、いやはやまさか到着早々休憩とは思いもしなかった。
……とはいえ、依頼主が休憩と言ったのだ。ここは彼女に従おう。
基本的に依頼時は依頼主の指示に従うようにしている僕はそう考えると、時折プラネさんとやり取りをしながらのんびりとした時間を過ごした。
◇
あれから30分ほど経過した所で、プラネさんがチラと時計に目をやった。
「ん、休憩終わり。早速依頼の説明をする」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「とは言ってもいつも通り。シキには寝室の掃除をお願いしたい」
彼女からの依頼は主に2通り。1つは庭の手入れ──つまり草刈り。そしてもう1つが今回の依頼内容である寝室の掃除である。
それぞれ週に1回依頼がある。つまり曜日によりやることは大体決まっているため、僕は特に疑問も持たずに返事をする。
「了解です。早速取り掛かりますね」
「ん。よろしく」
言葉の後、プラネさんは立ち上がると「ん」と言いながら僕に手を差し出す。
いつものことであるため、僕は当たり前の様にその手を取った。
こうして手を繋ぎながら、僕たちはプラネさんの寝室を目指す。
ちなみに何故手を繋ぐのかはわかっていない。ただ彼女が僕と共に寝室に向かう理由は、僕が掃除する様を見学するためである。
……まったく、天才の考えることはよくわからないな。
内心そんなことを思いながら、小さくも柔らかい彼女の手に引かれ歩くと、少しして寝室の前に到着する。
「では開けますね」
「ん」
言葉の後、寝室の扉を開く。すると僕の目に、服やら本やらが散乱したいわゆる汚部屋が飛び込んでくる。
「プラネさん」
「ん」
「1週間ですよ」
「……?」
プラネさんは首を傾げる。
「いや、なんでもないです」
毎度依頼を受けていることからわかるように、僕は毎週この部屋を掃除している。
つまり彼女は1週間でこの汚部屋を完成させている訳である。
……これもある意味才能だなぁ。
なんてことを思いながら、頑張ろうと気合いを入れる。
ちなみに寝室以外は比較的綺麗に整えられいる。というのも、彼女はこれだけ大きな屋敷を持っていながら、その時間の大半をこの寝室で過ごしているのである。
それならこんな大きな屋敷必要ないのではとも思うが……全く、やはり天才の考えはよくわからない。
「さて、それじゃ掃除を始めますので、プラネさんはいつも通りベッドの上に座っていてください。僕が物を手に、必要か否か確認するので、その回答もお願いしますね」
「任せて」
プラネさんは頷くと、僕の手を離し、ふわりと浮かび上がる。そしてそのままフワフワと漂うとちょこんとベッドの上に着地した。
その姿を見届けた後、僕は掃除を開始する。
先ほど汚部屋と呼称したが、幸いにも生ゴミのようなものは散乱していない。床を埋め尽くすのは、そのほとんどが服や本である。
故に慣れてしまえば、もっと言えば本や服の仕舞う場所さえ覚えてしまえば、比較的短時間で綺麗にすることができる……はずなのだが、実際にはそこまでスムーズには進まない。
何故ならば──
僕は散乱する服や本の中に手を突っ込み、何らかの布を引っ張り出す。
それをジッと見つめ、その正体が何なのか理解した瞬間思わず目を背けた。
「プラネさん! これ!」
「ん。パンツ」
「ん。パンツ。じゃないですよ! 前回言ったじゃないですか。下着類は流石に恥ずかしいから普段から仕舞うようにしてくださいって!」
「言ってた」
「じゃあこれは何ですか!」
「パンツ」
「……そうだけど! そうじゃない!」
「……?」
「はぁ……わかりましたよ。今回は僕が片付けます。でも次回からは下着類が散乱することはないようにしてくださいね」
「ん。わかった」
「ほんと、頼みますよ!」
言葉の後、僕は顔を真っ赤にしながら手に持った下着を畳み、所定の場所へとしまった。
◇
そんなハプニングを重ねながら掃除をすることおよそ1時間。僕の目の前には綺麗に整頓された寝室が広がっていた。
「さすがシキ」
そう言ってプラネさんはパチパチと拍手をする。僕は掃除疲れなのか気疲れなのかわからない謎の疲れに苛まれながら、懐から依頼書を取り出すと彼女に手渡す。
「依頼書です。サインお願いします」
プラネさんはうんと頷くと、どこからともなくペンを取り出し、スラスラとサインを書いた。
「いつもありがとう」
「いえ。こちらこそいつも依頼ありがとうございます。おかげで安定した生活を送ることができてます」
「うぃんうぃん?」
「まぁ、そうですね。ウィンウィンです」
「ん。ならこれからもよろしく」
「はい。よろしくお願いします。……さて、それじゃそろそろ──」
「待って」
「……?」
「お腹すいた」
「は、はぁ……」
そう返すと、プラネさんはジーッとこちらを見つめてくる。
「ま、まさか僕に作れと……?」
「できる?」
「まぁ、ある程度はできますけど」
「追加でお金は払う。だからお願い」
「大した物は作れませんが、それでもよければ」
「ん。楽しみ」
こうしてどういう訳かプラネさんのために料理を作ることになった。
◇
彼女の家にある物で簡単な料理を作り、テーブルへと並べていく。
僕と一緒に食べたいとのことだったので、彼女と向かい合うようにいつもの席に腰掛けた後、食事を開始した。
……思いの外美味しくできたな。
そう自画自賛した後、チラと目の前のプラネさんへと視線をやる。
彼女は相変わらず無表情のまま、その小さな口で黙々と食べている。
「プラネさん」
「……?」
「いかがですか」
「天才」
「あはは。ありがとうございます」
どうやら口に合ったようだ。
僕はホッとすると、食事を再開した。
こうして特に会話もなく食事を続けていると、ここで突然プラネさんが口を開いた。
「シキは今後もずっと草刈りをする?」
「そう……ですね。需要がある限りは続けようと思っていますよ」
「……魔物討伐は?」
「それは……多分やらないと思います」
「どうして?」
「色々理由はありますが、一番は怖いからですね」
この世界で生きていく術を探す際、当然魔物討伐も選択肢として挙がっていた。
しかし元々日本という安全な世界で生きていた僕には、どうしても魔物と対峙する勇気は湧かなかった。
だからこそ町の中で完結する草刈りや雑用を行うことでこれまで生活費を稼いでいた。……もちろん、みんなが喜ぶ姿にやりがいを感じていたというのもあるけれどね。
「……そう」
プラネさんはそう言うと下を向く。それからすぐに顔を上げると、再び口を開いた。
「シキは以前記憶がないと言っていた」
彼女と何度か顔を合わせる中で、たくさんのことを話した。話題の一つとして、僕の身の上話もしている。
もちろん転生したことは伝えられないため、彼女に話したのはあくまでも路地裏で目を覚まし、それ以前の記憶がないということだけだが。
とは言え元々この身体の所有者であろう少年の記憶はないため、嘘は言っていない。
だから僕は「はい」と言って頷く。
そんな僕の姿をジッと見つめながら、プラネさんは言葉を続ける。
「だからきっと知らないと思うけど──シキのローブと鎌は魔装の類い」
「魔装……ですか?」
「ん。魔力を持った武具のこと。その性能はまちまちだけど、大抵が凄まじい力を有している」
「凄まじい力……」
「シキのものがどんな力を持っているのか、詳しいことはわからない。けれど魔装である以上、何らかの力を持っているのは間違いない」
「…………」
「これを活かさない手はない」
「……だから魔物討伐をした方がいいと?」
「ん」
プラネさんは力強く頷く。その珍しく力の籠った瞳を目に収めた後、僕は思わず視線を逸らす。
「……怖い?」
「それは……はい」
「そう」
プラネさんは呟くようにそう声を漏らした後、少し悩むような素振りを見せる。
一瞬の静寂。それを破るように、意を結した様子で彼女は再び口を開いた。
「シキは魔物と対峙したことある?」
「いえ、ありません」
「ん。なら、一度挑戦する?」
「えっ」
「シキは気にならない? ローブと鎌がどんな力を秘めているのか」
「……気にならないといえば嘘になります。ただやっぱり──」
「私が一緒に行く」
「プラネさんが?」
「そう。だからシキに危険はない。どう?」
そう言ってプラネさんは首を傾げる。
……あのプラネさんが、冒険者ランクAの強者であるプラネさんが一緒に行動してくれる?
確かにずっと気になってはいた。神様がチート武具だと呼称した鎌とローブが、果たしてどのような力を持っているのか。
しかし魔物に対する恐怖心がその興味を上回り、ついぞ町から出られずにいた。
でももしもこの町最強格のプラネさん付き添いの元、鎌とローブの能力検証を行えるのだとしたら──
「プラネさん」
「ん」
「僕、知りたいです。このローブと鎌にどんな秘められた力があるのか。……だから、お願いします。僕を魔物の元へ連れていってください」
言葉と共に、僕は頭を下げる。その姿を目にし、プラネさんはどんな時も変わらないその表情にほんのりと笑みを浮かべると「ん。任せて」と言った。
──この世界に転生しておよそ2ヶ月。こうして僕は初めて魔物と対峙することになった。
◇
翌日。僕は元気よく宿を出ると、冒険者ギルドへと向かう。
今日の目的はいつもの雑用依頼ではない。なんとこの世界に転生して初めてとなる、魔物討伐の依頼である。
……きっと僕1人ではずっとこの町から出られずにただ雑用をこなす毎日だった。僕に鎌とローブの能力検証の機会を、町の外に出る機会をくれたプラネさんには感謝しなきゃだな。
そう心の中で思いながら走ること数分。
僕は冒険者ギルドへと到着した。
今日プラネさんとはギルド内で待ち合わせをすることになっている。
……約束の時間より少し早く着いちゃったな。プラネさん、もう来ているかな?
思いながら、僕はギルドの扉を開く。するといつものように強面のおっちゃん達の視線がギロリとこちらへ向き──すぐさま破顔する。
「皆さんおはようございます!」
「おうおう、シキじゃねぇか!」
「おはようさん!」
「わけぇのに毎日ご苦労なこった」
「なんだ? 今日も草刈りか?」
「いえ……その、今日は魔物討伐をしようと考えてます」
瞬間、ギルドにいた全員が硬直する。
「ハァ!?」
「シキが魔物討伐を!?」
「おいおい、大丈夫なのか!?」
「──問題ない。私が一緒だから」
言葉と共に、ギルドの扉が開き、相変わらず眠たげな目をしたプラネさんが姿を現した。
ただしいつもと違う点として、彼女は頭に大きなとんがり帽子を、身体を覆うようにブカブカのローブを、そしてその手にはこれまた大きな杖を手にしている。
そんな彼女の登場に、ギルド内が騒然とする。
「おいおい『静寂』じゃねぇか」
「久々に顔見たぜ」
「『静寂』……?」
聞き慣れない単語に思わず首を傾げると、僕の隣にやってきたプラネさんが、こちらに視線をやりながら口を開く。
「私の二つ名。世間では『静寂のプラネ』と呼ばれている」
「なるほど」
「……にしてもどういう風の吹き回しだ? 滅多に家から出ねぇあんたが、シキのお守りなんてよ」
「大した理由ではない。いつも家の掃除をしてくれるシキへのお礼。それだけ」
「そうか。……ま、何にせよあの『静寂』が付き添ってくれるってんなら安心だな!」
「おうおう、安心だぜ!」
「シキ! 頑張ってこいよ!」
「皆さんご心配いただきありがとうございます! 初めての魔物討伐頑張ってきますね!」
僕の言葉に方々から激励の言葉が飛んでくる。……ほんと、いい人ばかりだ。
内心嬉しく思っていると、プラネさんが一点を指差した。
「シキ。どうせなら依頼受けよう」
「あ、わかりました」
言葉の後、僕たちは依頼書が貼られたボードへと近づく。
「どれにしましょうか」
「シキ、ランクは?」
「Fです」
冒険者にはその能力や貢献度に応じてランクが定められている。特例はあるが、基本はGからはじまり、F、E、D、C、B、A、Sと上がっていく。
同様のランクが魔物にも定められており、基本的に冒険者は自身と同ランクかそれ以下のランクの依頼しか受けられない決まりとなっている。
僕のランクは現在F。つまりGランクかFランクの討伐依頼しか受けられない。
ただし僕が魔物と対峙するのは今回が初めて。ならばGランクの討伐依頼を受けるのが最善だと思うが。
そんな考えを抱く僕の前で、プラネさんはキョロキョロとボードを端から端まで見つめ、1つの依頼書を手に取った。
「ん。なら、これ」
僕はプラネさんに近づくと、彼女が手にした依頼書を覗き込む。
そして上から順に読んでいき、僕は目を見開いた。
「ゴブリン10体の討伐……って、これFランクの依頼じゃないですか! それも比較的難しい方の!」
「そう」
「て、てっきり最初はGランクの討伐依頼だとばかり」
「大丈夫、私がいる。それに……」
「それに?」
「……続きは後で話す。とにかくシキならこのレベルでも問題ない」
プラネさんがジッとこちらを見つめながらそう言う。その美しい瞳には、僕に対する揺るぎない信頼が窺えた。
「わかりました。プラネさんがそう言うのなら、この依頼を受けてみようと思います」
言葉の後、僕は彼女から依頼書を受け取ると、それを受付へと持っていく。そこで受付嬢さんが内容を確認し、特に問題ないということで依頼が受理された。
「ん。じゃ、行こうか」
「はい。プラネさん、本日はよろしくお願いします!」
「よろしく」
そう言ってプラネさんが頷き、こうして僕は彼女と共に町の外へと歩みを進めた。
◇
僕が暮らしている町は、名をリヴィメサと言う。ここレグルス王国において、王都に次いで2番目に大きな都市だ。
特徴は様々だが、やはり大都市だけあり、町は魔法処理が施された防壁に囲われている。
そんな町には東西南北に4ヶ所門があり、
今回僕たちが向かうのは、この内の北門である。
「それでプラネさん」
「ん、なに」
「僕が今回の依頼でも問題ない理由ってなんですか」
「ん。それはシキのローブにある」
「ローブ……確か魔装ってことでしたよね」
魔装……魔力を持った武具で、何らかの能力を有しているんだっけ。
「そう。だからそのローブにも特殊な力がある。そしてその内の1つを私は知っている」
「えっ!?」
な、なぜプラネさんが僕のローブの能力を!?
驚愕する僕を他所に、彼女は言葉を続ける。
「シキは今まで誰にも認識されなかった経験はない?」
「認識……ですか?」
「そう。特にフードを被った時に」
「フードを……あっ」
そういえば今思い返せば、この世界で初めて大通りに出た際、誰も僕の方に目を向けなかった気がする。
あの時は僕のような明らかに問題を抱えている子どもには関わらないようにと周囲が避けているものだと考えていたが、改めて考えると、誰一人としてこちらに視線をやらないのはいささか不自然である。
それだけじゃない。草刈りの依頼をこなす中で、依頼主から「気がついたら終わっていて驚いた」と伝えられたことが何度かあった。てっきり僕の手際の良さを褒める言葉だと思っていたのだが、もしもこれが違う意味なのだとしたら──
「認識阻害……?」
「正解。シキのローブには認識阻害の力が宿っている」
「発動条件はフードを被る事でしょうか?」
「ん、多分そう」
「知りませんでした……」
これまで汚れないという理由だけでローブを身に纏っていたが、まさかそんな力があったなんて。
いや、神様がチート武具だと言ったんだ。だから何かしら能力はあるのだろうと思ってはいたが、まさかそれが認識阻害だったとは。
「草刈りをするシキをずっと見守っていた私だから気づけたこと。シキが気がつかなくとも何ら不思議ではない」
「プラネさんのおかげですね」
「……そうでもない。きっと遠くない内にシキもその可能性に辿り着いていた」
「でもこれだけ早くわかったのはプラネさんがいつも見守ってくれたからですよ。だから、ありがとうございます」
そう言って笑顔を浮かべると、プラネさんは眠たげな瞳でこちらをジッと見つめた後、「ん」と言いプイッと視線を逸らした。
◇
それから少しして僕たちは北門へと到着した。そこで門番さんに冒険者証──冒険者である証明かつ身分証となるカードであり、登録の際にもらえる──を見せた後、門を潜り町の外へと出た。
目の前に広がる青々とした草原。その一面を覆い尽くす緑に、僕はキラキラと目を輝かせる。
……これといって何かある訳でもないただの草原だけど、この世界に来て初めての町の外だと考えるとなんだか特別なモノに思えるな。
「シキ、ワクワクしてる」
「わかりますか?」
「ん、瞳がキラキラしてる。かわいい」
言葉の後、プラネさんは僕の頭を撫でる。
その柔らかい手つきがとても心地良いが、同時に少し気恥ずかしかった。
「そ、そろそろ行きましょうか」
「ん、行こう」
プラネさんは僕の頭からゆっくりと手を離すと、今度はその手を差し出してくる。
……つ、繋げってこと?
「はぐれると危ない」
「こんな視界良好な草原で逸れるなんて──」
「危ない」
「……わかりました」
町の外ではプラネさんの言う事を聞いた方が良いだろう。そんな考えもあり、僕は差し出された彼女の手を取った。
……まるでピクニックに行く子どもみたいだ。
内心そんなことを思いながら、僕は彼女に手を引かれて草原から真っ直ぐに伸びる道を歩く。
そんな中、僕は辺りを見回しながらプラネさんへと声を掛けた。
「魔物……いませんね」
「ん。この辺りは空気中の魔素量が少ない。だから魔物はほとんどいない」
……知らない単語が出てきたぞ。
「魔素量ですか」
「シキは魔物がどのようにして生まれるか知っている?」
「いえ……」
「なら、教える」
言葉の後、彼女は順を追って説明してくれた。
どうやら魔素というのは魔法やスキルを使用する際に必要となるものらしい。
この魔素は僕たちの体内にも存在しており、それを無意識の内に魔力に変化することで、魔法やスキルを発動しているようだ。
そんな魔素は空気中にも存在しており、魔物はその魔素が溜まった場所──通称魔素溜まりから生まれる。そしてその魔素溜まりの魔素量が多い程、強力な魔物が誕生するらしい。
この一帯は昔から空気中の魔素量が少ない。故に魔素溜まりがほとんど発生せず、発生してもその濃度は低い。つまり基本的に弱い魔物しか存在しないようだ。
「だから大昔の人はここに町を作ったんですかね」
「きっとそう」
「なるほど。勉強になりました」
「ん。目的地まではまだ距離がある。気になることがあれば何でも聞いて」
「あ、では──」
こうして僕はこれまで気になっていたことを色々と質問しながら、今回の目的地へと向かった。
◇
「……シキ、あそこ」
あれから30分程歩き、僕たちは森へと到着。その中を慎重に進んでいると、少ししてプラネさんが一点を指差した。
そちらに視線を向ける。するとおよそ50m程先に醜悪な容貌を持つ二足歩行の生物の姿があった。
全身緑色の筋肉質な身体に、鋭く伸びた牙に爪。身長100cm程度の低身長。その全ての特徴から、目の前の生物がランクFの魔物ゴブリンであることがわかった。
「あれがゴブリン……」
「ついでだからゴブリンについて説明する」
言葉の後、プラネさんはその知識を披露してくれる。
まずゴブリンは進化の幅が広く、分類の多い種族として知られているようだ。
一回り身体が大きければランクDのホブゴブリン、魔法を使ってくればランクEのゴブリンウィザード、ウルフ等を使役し、彼らに乗っていれば同じくランクEのゴブリンライダーとなる。
またそれとは別にただのゴブリンの中にも個体差が存在していおり、それを見分けるポイントが武器とのこと。
たとえば剣を持っている個体もいれば、棍棒を持っている個体もいる。弓を持っている個体もいれば、中にはボロボロの盾だけを持っている個体もおり、とにかく様々のよう。
それらを総称してゴブリンと呼ぶのだが、そんなゴブリンの中で最弱なのがなんの装備もしていない素手のゴブリンとのこと。
ちなみに視線の先にいるゴブリンの手には武器のようなものは見当たらない。つまりゴブリンの中では最弱の存在という訳だ。
とはいえ、その醜悪な容貌が、鋭い爪と牙が、理性の感じさせない濁った瞳が、僕に少なくない恐怖を植え付けてくる。
バクバクと心臓が早鐘を打つ。思わず胸に手を当てる僕を目にして、プラネさんは口を開く。
「怖い?」
「はい。とても怖いです。でも──」
ゴブリンへと向けていた視線を、プラネさんへと移す。相変わらずの感情の読めない瞳。ただその一切の緊張を感じさせない姿が、じわじわと僕の恐怖を和らげていく。
「──プラネさんが側にいる。それだけで何でもできそうな気がします」
「ん、危険だと判断したらすぐに助ける。シキが怪我を負うことは万に一つもありえない。だから安心して挑んでおいで」
「はい。……いってきますッ!」
言葉の後、僕はフードを被る。そして右手に鎌を召喚すると、ゴブリンに気づかれなように背後をとりながらゆっくりと近づいていく。
40m、30m、20mとその距離が徐々に縮まる。しかし未だこちらの存在には気がついていないようだ。
……よし。このまま行くぞ。
心の中で頷いた後、じわじわと歩みを進める。そしてついにその距離が1mになった。
この木の向こうに……いた。
ゴブリンは辺りをキョロキョロと見回しているが、僕の存在を感知している様子はない。
ローブの認識阻害が働いている? なんにせよ、これなら背後から一気に──
考えながらジッと目の前のゴブリンを見つめる。そしてついにゴブリンが背を向けた所で──僕は勢いよく飛び出した。
「……ッ!」
鎌をギュッと握る。次いで大きく振りかぶると、ゴブリンの首を刎ねるべく勢いのまま振り抜いた。
瞬間──刃がゴブリンの首に接触し……結果ゴブリンがこちらに気がつくこともなく、その命を散らした。
「……や、やった?」
ゴブリンの亡き骸を前に、僕は荒い息を吐く。しかし緊張からか心臓は早鐘を打てど、身体的な疲れはほとんどない。
……勢いよく飛び出したのに、まるでこちらに気がついた素振りを見せなかった。これが認識阻害の力?
いや、それだけじゃない。首を落とす際、僕の手には一切の抵抗が無かった。まるで豆腐を切るかのようにスムーズで……切れ味が良いのはわかっていたけど、まさかこれほどとは。
一人思考する僕の元へ、プラネさんが近づいてくる。
「ん、お疲れ様」
「ありがとうございます。その……なんというかあまりにもあっさりで、ゴブリンを倒した実感が──」
「それも仕方がない。そのローブの認識阻害はかなり強力。多分目の前から堂々と近づいても、ゴブリン程度の魔物ではシキの姿を捉えることは不可能」
「そんなに……」
「それとその鎌の切れ味も凄まじい。普通素人がこんな簡単に首を落とせない。……おそらく切れ味だけならCランク冒険者の武器と同等かそれ以上」
プラネさんはさらに言葉を続ける。
「ただそれ以外に能力があるかはわからなかった。何度か戦闘を繰り返し、検証する必要がある」
「わかりました」
「とりあえずゴブリンの魔石を取り出そう」
「はい!」
僕は頷くと、膝をつき目の前のゴブリンの体内にある魔石を取り出そうとし──瞬間、僕の草刈り鎌から黒いモヤが飛び出した。
「……ッ!?」
プラネさんは瞬時に僕の手から鎌を落とすと、僕の身を守るようにギュッと抱きしめる。そして防御系の魔法だろうか、何らかの魔法を発動したまま、目の前の鎌を注視する。
突然抱きしめられたことに驚きつつも、同じく鎌の様子を眺める。
そんな僕たちの目の前で、鎌から飛び出した黒いモヤはまるで大口を開けて飲み込むかのようにゴブリンを覆い隠す。
それからすぐにモヤは霧散すると──ゴブリンは姿を消し、魔石だけが転がっていた。
「今のは何……?」
「わかりま──ッ!?」
プラネさんの言葉に返答しようとしたその瞬間、僕の身体を熱い何かが流れる感覚が襲う。
「シキ!?」
珍しく動揺した声を上げるプラネさんの腕の中で、僕は荒い息を吐きながら口を開く。
「すみません、もう大丈夫です。その、なんだか一瞬身体が熱くなって──」
「身体が? っ……シキの魔素量が大幅に増加している?」
「プラネさん……?」
困惑する僕の側で、プラネさんは呟くように声を漏らす。
「まさかゴブリンを吸収して、自らの糧とした?」
「えっと、吸収……ですか?」
「……わからない。ただもしこれが本当なら凄まじい力。シキ、まだ戦える?」
こちらを気遣いながらも、プラネさんは僕に問う。
僕は彼女の腕の中からゆっくりと抜け出すと、身体を動かしてみる。
……うん。特に違和感はないな。いや、むしろなんだが力がみなぎってくるような感じだ。
自身の体調を確認した後、僕は草刈り鎌へと近づき再び手に取る。
……鎌も……うん。謎のモヤは消えたし、いつも通りだ。……これなら戦える。
僕はそう判断すると、こちらを見つめるプラネさんに向けうんと頷いてみせた。
◇
その後、僕は何匹ものゴブリンを討伐しながら、能力の検証を行った。
結果、ローブと鎌の能力を幾つか知ることができた。
まずローブには認識阻害の他にダメージ軽減の能力があることがわかった。
プラネさんいわく、物理耐性と魔法耐性どちらもかなり高いレベルらしい。結果今回はその底を知ることはできなかったが、少なくともゴブリン程度の攻撃では僕の身体に傷一つつかなかった。
次に草刈り鎌には、討伐した魔物を吸収し、自身の糧とする能力があることが判明した。
こちらも程度はわからないが、ゴブリンを討伐する度にあの黒いモヤが現れ、ゴブリンを飲み込んだこと、その度に僕の全身に力が漲る感覚があったことからまず間違いないだろう。
ちなみに草刈り鎌の他の能力は今回判明しなかった。もしかしたらこれ以外にない可能性もあるが……その辺りは今後も検証を続けることで徐々にわかっていくことであろう。
何はともあれ、能力の検証とゴブリン10匹の討伐を終えた僕は、プラネさんと共に町へ向かって歩いていた。
その中で、これまで何かを考える様子を見せていたプラネさんが口を開く。
「シキ……鎌の能力は絶対に秘匿すべき」
「……はい」
何となく予想がついていた僕は間髪入れずにうんと頷く。
「ただ冒険者として力を求めるならこれ以上ない規格外の力。シキは……どうしたい?」
「僕は──」
彼女の問いに、僕は俯き思考する。
思い返せば、前世の社畜だった僕の唯一の楽しみは、たまの休みに読む異世界ファンタジー小説であった。
これといった特技もなく、ただ社会の歯車として働くだけの毎日を送るだけの僕にとって、異世界モノに登場する主人公たちはキラキラした存在として映っていた。
──自分も彼らのように輝きたい。
いつしかそんな思いを抱きながら、しかし現実で努力をする訳でもなく、ただ異世界で無双する彼らに自己投影しながら物語を楽しんでいたことを覚えている。
……もしそんな彼らのような存在になれるのならば。そうなれるだけの力が、僕の側にあるというのならば──
「──強くなりたい。みんなに光を与えるようなそんな存在になりたい」
「ん」
「だから……今までの繋がりも大切にしつつ、これからは魔物討伐にも力を入れようと思います」
「私も手伝う」
「プラネさんが?」
「ん。もちろんずっと一緒にはいられない。でも可能な限り力を貸す。私も……シキの行く末を見届けたいとそう思ったから」
「プラネさん……ありがとうございます」
「ん。頑張ろうね」
「はい!」
プラネさんの言葉に僕は力強く頷き、こうして僕は今後の生き方を決定した。
短編ですが、長編化可能な作りになっているので、反応がよければ続きを書こうと思います。
少しでも気に入っていただけたのであれば、ブクマや評価等で応援いただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




