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偽らざる心

魔物たちの激しい咆哮と、刀司の放つ霊力の光を目の当たりにした兵藤時雨は、抱えていた幼子を解放し、その場に腰を抜かしてしまった。

「ひぃ、ひぃ……」

彼は、全身を震わせ、もはや逃げる力すら残っていなかった。

静は、松本を安全な場所に引きずり終えると、すぐに時雨のもとへと駆け寄った。

「時雨くん、大丈夫よ!」

静は、時雨が抱えていた幼子を、優しく、しかし確かな力で引き取った。

「さあ、私のそばへ。あなたは見てはいけない」

静は、恐怖で目を丸くしている幼子をしっかりと胸に抱き寄せ、その顔が一刀たちの戦闘光景を見ないように、自らの背中側へと隠した。

一刀と睡蓮は、最後の魔物を完全に消滅させ、荒れた河原に立ち尽くした。時雨は腰を抜かしたまま、松本と静に抱きかかえられた幼子だけが泣き止んでいた。

睡蓮は、鎌の痕跡を撫でながら、妙な違和感を覚えていた。

「妙だな、時雨という男。少し聞きたいことがある」

一刀も、同じ結論に至っていた。


「ああ、俺も同じ意見だ。悪魔の財宝についてだ」


一刀が疑問に感じていたのは、悪魔の残骸、すなわち財宝の性質についてだった。

「悪魔の財宝は、刀司が自らの欲望のために使ってはならない、贖罪の財貨であると認識していた。


しかし、渡した側の人間がどう使おうと構わないはずではなかったのか? 今回、あれが魔物化の原因となったのなら、我々が贖罪の財貨だと認識していたそれが間違いなのか?」

睡蓮の心配は最もであろう。彼女は故郷の村に財宝を置いてきたからだ。もし、その財宝を村人が使うことで魔物化してしまうのであれば一大事である。


一刀の言葉を聞き、震えが止まった時雨は、そこで初めて事態の全容に気づいた。

「……赤目様?まさか赤目様がこの町に……」

そして、一刀たちの戦闘を見て、魔物化したのが雪舟の用心棒だったことを悟った時雨は、全ての点と点が線で繋がった。

「そうだ、赤目は君を探している。言伝も頼まれたんだ」

「そうか!それで合点がいった 」

時雨は、自らの不運と、自分が持つ知識が、この悲劇を防ぐ唯一の方法だったことを悟り、地面を強く叩いた。

――悪魔の財貨の「からくり」

時雨は、恐怖に耐えながら、静たちに悪魔の財貨の真実を語り始めた。

「僕の村には、古い言い伝えがある。悪魔の財貨は、刀司が私欲に使えば、財貨そのものに呪いが宿ると言われている。それは、刀司が贖罪の道から外れないようにするための戒めだ」

時雨は、息を吸い込んだ。


「でも、本当の恐ろしさはそこじゃないんです。財貨そのものは、人間の欲望と結びついたとき、その穢れが増幅される。渡した人間が『悪意』を持って、財貨を欲望の強い人間に渡すと……」

時雨は、魔物の残骸となった用心棒たちを指差した。

「その財貨は、難儀を再び呼び起こす『種』になるんだ。財貨を受け取った者の『強欲』を起動の引き金として、肉体を魔物に変えてしまう! 赤目様は、故意に雪舟に財宝を渡したんだ!」

時雨の言葉には、赤目の冷酷な一面と、悪魔の財貨に隠された恐ろしいからくりの一端が滲み出ていた。

一刀は、赤目の残虐な策略の裏にある、真の目的を時雨に問い詰めた。

「君たちの忍びの里の刀司の狙いは何だ? 難儀の蓋を閉じることではないのか? それとも、逆なのか?」

時雨が悪魔の側につく者であれば、情け容赦なく斬る。睡蓮の瞳には、既にその冷たい殺意が宿っていた。彼女は、時雨の答えによっては、幼子がいるこの場であっても、彼を斬り殺す腹づもりでいた。

時雨は、その命をかけたプレッシャーに怯えながらも、必死に否定した。

「とんでもない! 赤目の頭は、難儀を開くことなんて微塵も考えていない!」

時雨は、村の刀司たちの極端な理念を代弁した。


「彼が嫌いなのは、悪魔そのものはもちろん、悪魔の力に頼ってこの日の本を穢す奴らなんです。豪商や組の長、私腹を肥やす為政者……。穢れた人間までもが、彼にとっての敵、悪魔なんです」

時雨は、恐怖に駆られながらも、最後に核心を付け加えた。

「ただし、極端すぎるんだ潔癖なまでに」

その極端な純粋さと、過剰な断罪の精神に、一刀はある危険な既視感を覚えた。

「ある意味、危険だな」

一刀は、かつて己の師が抱いていた理想と、それに伴う厳しさを思い出した。

「うちの師匠のようになり得るから」

正義が極端に振れたとき、それは容易に暴走し、新たな対立軸として存在することになる。一刀は、赤目八目党の過激な思想が、悪魔の脅威と同じくらい、この国の均衡を脅かす存在になり得ることを危惧した。




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