赤目
優雅な旅人の背中が見えなくなった瞬間、静が震える声で口を開いた。
「一刀、今のって……」
「ああ。あれは、悪魔の『業』の残骸だ。神具の力で悪魔を討ち果たした時に残る、難儀の欠片と酷似している」
一刀の言葉に、松本は顔を険しくした。
「アイツも刀司ってことか? でなきゃ、難儀の蓋と同じように、どこぞで拾ったんだとしたら大変なことになるぞ。そんなモン持ち歩いてりゃ、また悪魔を呼び込む」
一刀は、短刀の柄に手をかけた。
「話してみるか。もし、同じ刀司なら話が早い。違うなら――正体を問いただす」
一刀たちは、宿探しを中断し、急いでその男性が歩き去った方向へと追いかけた。
数分後、曲がり角を曲がったところで、彼らはその背の高い男性に追いついた。
一刀が「待ってくれ!」と声をかけ、男性が振り返ろうとした、その時だった。
横合いの路地から、凄まじい殺気を放つ複数の人影が飛び出してきた。三浦雪舟が放った用心棒たちだった。彼らは、雪舟の宝を狙う無法者たちを始末するべく、一刀たちに襲いかかった。
用心棒の一人が、一刀めがけて鋭い刃物を振りかざし、襲いかかる。
「盗人め! ここで終いだ!」
一刀は、光の短刀を抜こうとしたが、その用心棒の動きよりも、さらに素早く動いた者がいた。
それは、彼らが素性を知ろうと追いかけてきた、背の高い旅人の男性だった。
男性は、優雅な動作を崩さぬまま、その長い袖から銀色の針のようなものを一閃させた。その動きは、視覚で捉えるのが困難なほどの速さだった。
一瞬の間に、用心棒たちは呻き声一つ上げることなく、全身の力が抜けたように崩れ落ちた。全員が、致命傷ではないが、戦闘不能の状態に陥った。
男性は、まるでそこに存在しない埃を払うように、袖を軽くはたいた。
一刀たちを襲った用心棒たちが、一瞬の間に戦闘不能に陥るのを確認すると、背の高い男性は、優雅に一歩前に出た。
「いけませんよ。こんな町中で。他の人に迷惑だ」
その声は、相変わらず穏やかだが、有無を言わせぬ絶対的な力を含んでいた。男性は、その鋭い銀色の針のようなもので、用心棒たちの急所を正確に突いたのだろう。
男性は、まるで躾の悪い子供を叱るかのように、地に伏した用心棒たちを見下ろした。
「でも、御事情がおありなら、この方たち(一刀)に私からあなた方に近寄らぬようきつく言いつけておくので、ここは一つこれで穏便に」
男性は、そこで優しく微笑むと、再び袂に手をやった。今度は、先ほど一刀に見せた宝石よりも、はるかに多くの、そして大きな塊を取り出した。それらは、朱色の禍々しい輝きを放ち、悪魔の残骸であることを知る者にとっては、戦慄すべき財宝だった。
「これを受け取って、今すぐこの場を離れなさい。彼らのことは忘れなさい。これだけあれば、あなた方の主人も満足するでしょう」
彼は、大量の宝石を、用心棒たち全員の手が届くように、床に放った。
用心棒たちは、その光り輝く財宝の価値に、一瞬で目を奪われた。彼らは、三浦雪舟に雇われた者たちであり、主人の命令は絶対であろう。命を賭けてまで、守らねばならぬものでもない。富も労せず手に入るのならそれに越したことはない。富は眼前にある。彼らは、痛みも忘れて宝石の山に這い寄り、それをかき集め始めた。
一刀たちは、その光景と、赤目と名乗る男性の圧倒的な力に、言葉を失った。この男は、悪魔の存在を知るだけでなく、その残骸を容易く手に入れられる立場にいる。
一刀は、用心棒たちが悪魔の財宝に気を取られている間に、旅人の男性へと向き直った。
「助けて頂いてかたじけない。俺の名前は一刀。ここにいるのが仲間の静、松本、睡蓮だ。単刀直入に尋ねたい。俺たちは守り人と刀司と呼ばれるもの。聞き覚えはないか?」
一刀は、真っ直ぐな目で男に尋ねた。この男の正体を探る、唯一の方法だと確信しているからだ。
赤目は、その美しい顔にわずかな驚きを浮かべたが、すぐにその表情を消し、穏やかに答えた。
「守り人と……」
彼は、周囲をゆっくりと見渡した。用心棒たちは宝石に夢中で、一刀たちに注意を払っていないが、ここは公の道であることに変わりはない。
「場所を変えないか? 私の名前は赤目。ここでは人目につく」
赤目の言葉は、彼が何か隠していることを示していた。しかし、彼が刀司と守り人という言葉を知っていることは、彼もまた『難儀』に関わる者であることを示していた。
一刀は、松本たちと目配せを交わし、新たな脅威となり得る赤目との危険な対話に応じることを決めた。




