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悪魔の巣窟

その頃、バフォメットは、山奥深くの鬱蒼とした森の中にある、隠された洞窟のような場所へと辿り着いていた。


外観とは裏腹に、洞窟の内部は洗練された洋館のような内装に設えられていた。石壁には豪華なタペストリーが飾られ、磨かれた木製の床にはペルシャ絨毯が敷き詰められている。部屋の中央には、暖炉があり、いくつもの油ランプの灯りが、室内をオレンジ色に照らしていた。


その部屋の、重厚な肘掛け椅子に座っていたのは、小学生くらいの少女だった。


彼女は、ツインテールの金髪に、フリル付きの可愛らしい洋服を纏い、人形のように整った青い瞳をしていた。


彼女の名前は、童流ドール。その可愛らしい容姿とは裏腹に、底知れない冷たさを纏っていた。


童流は、部屋に入ってきたバフォメットを見上げ、明らかな苛立ちを声に乗せた。


「なんで、始末してこないの? あの刀司とうしたち。特に、あの光の義手の男」


童流は、椅子の上で足を組み替え、バフォメットをゴミでも見るかのように蔑んだ。


「あんた、ホント、バカなの?」


バフォメットは、山羊の頭をわずかに傾けるだけで、沈黙を守った。一刀たちを始末しなかった理由を、童流に説明する気はないようだった。


「無視? あり得ないんだけど、ホントあんたって何考えてるかわからないヤツよね、笑っちゃうぐらい……」


童流は、口元を歪んだ笑みで覆った。


「……笑えないけど」


童流は、バフォメットが沈黙を貫くことにいよいよ我慢ができなくなり、青い瞳をさらに細めた。


「それと、趣味悪いあんた。その気持ち悪いゲコゲコちゃん、外に出しといてよ。吐き気催すわ、吐かないけど」


童流の言葉に、バフォメットの背後の影から、別の男の声が響いた。


「かわいいだろ? ガマは」


現れたのは、痩身で、どこか陰湿な雰囲気を纏った男だった。この男こそ、童流が「ゲコゲコちゃん」と呼んだカエル型悪魔の契約者、我邪丸がじゃまるだった。


我邪丸は、童流の神経を逆撫でするように、カエルが悪魔の器として優れている点を熱弁した。


「殺意も表さず無表情。そんなヤツが人を追い詰めていくんだぜ……最高だろ? それを、せっかく手塩にかけて育てたのに、斬り殺すとか、あり得ないよな、本当に」


我邪丸は、一刀に討たれた自分の悪魔への執着と、一刀への明確な憎悪を滲ませた。


「醜いものは嫌いなの! ねぇ業霊武ゴレムたち?」


童流は、我邪丸の言葉に耳を貸さず、退屈そうに足元の床を指差した。


その部屋の隅には、鎖で繋がれた、正気を失った複数の男たちが、生きたまま放置されていた。彼らは、この悪魔たちが次の難儀の源を生み出すための贄なのだろう。


男たちの中でも、一人だけ傷だらけで顔が腫れている者がいた。


童流は、自分の美意識にそぐわない醜い存在を一掃したいという支配欲を露わにしていた。


童流と我邪丸が互いの趣味について言い争い、バフォメットが沈黙を保つ、その張り詰めた空気の中へ、第三の人物が姿を現した。


洞窟の奥から、杖をついた小柄で年老いた男が、ゆっくりと歩いてくる。彼は、上質な和服を纏い、その顔には人の好さそうな笑みが浮かんでいるが、その瞳の奥には計り知れない深さがあった。


「ほほほ、賑やかそうで何より」


彼の放つ穏やかながらも重厚な気配に、部屋の空気が一瞬でピリッと張り詰めた。


源兵衛げんべえ。彼の存在は、バフォメットのような悪魔でさえ凌駕しているかのようであった。一連の事件の核心的な役割を担っていることが一目で理解できた。


傲慢な童流でさえ、源兵衛に対しては敬意を払うしかなかった。童流は、椅子から立ち上がると、少女らしからぬ、完璧な礼儀をもって深くお辞儀をした。


「ご機嫌麗しゅう、源兵衛様」


源兵衛は、童流の冷たい敬意と、鎖に繋がれた男たち、そして沈黙するバフォメットを、全てを掌握したような笑みで見渡した。


源兵衛は、その好々爺然とした笑みを崩さぬまま、部屋に集まったバフォメット、童流、我邪丸を見渡した。彼の言葉には、全てを手のひらの上で転がすような余裕が感じられた。


「何人も欠けることなきようで何より」


源兵衛は、そう言うと目を細めた。


「童流よ、小さき川の流れなど、よきよき。我らは常に大河を俯瞰するが如しじゃ。奴らのくだらない正義とやらを、ちと揶揄からかってやろうと思うてな」


源兵衛の言う小さき川の流れとは、一刀たち刀司の抵抗や、睡蓮の犠牲を指しているのだろう。彼らは、難儀の源を解き放つという大河の流れを止めることはできない、と源兵衛は確信していた。


源兵衛は、難儀の核心に触れる計画を、楽しげに語り始めた。


「難儀の蓋なぞ、いつでも開けられるということを、あの刀司たちに知らしめてやろうぞ」


源兵衛は、杖を床に打ち鳴らした。


「一つ、忍びの里にあるこの蓋を――」


彼は、日本の歴史の裏に潜む、古き難儀の源の存在を示唆した。


「そして奴らにその事を告げ、絶望のどん底へ貶め、その面前でもう一つ、この神戸こうべの蓋を開けてやるのだ」


源兵衛の計画は、二つの大都市を襲う同時多発的な難儀の解放だった。刀司たちを片方の難儀に引きつけ、もう一方を絶望と共に解放するという、悪魔的な戦略だった。


「奴ら、どんな顔をしよるかの、ほほほ」


源兵衛は、人間の絶望を楽しむように、低い笑い声を上げた。


「そのために、二手に分かれる」


源兵衛は、決定的な役割分担を告げた。


「儂とバフォメットは、忍びの里へ。残りの童流と我邪丸は、神戸へいざ」


「源兵衛様あの……我邪丸と二人は嫌なんですけど」


童流が手を上げる。明らかに不満げな表情である。


「童流や。言いたい事はわかるが我慢をし。それに二人きりでは――」


「あぁ、源兵衛様は話しが早い。ならばいざ」


「えぇえぇ。楽しんでおいで、童流さんや」

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