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一刀

「睡蓮たちを連れて帰ろう」


一刀は、短刀を杖にしながら、かろうじて立ち上がり声を振り絞った。


松本は、優蛇の亡骸に深く頭を下げ、その後、気を失った睡蓮を抱き上げて背負った。静は、悲しみをぐっと堪えて、優蛇の体を覆い、一刀のそばに寄り添った。


満身創痍の三人は、崩壊した蔵の広場と、優蛇の無残な処刑台を後にし、破壊された睡蓮の住んでいた母屋へと重い足取りで戻った。


母屋は、村長たちとの戦闘で激しく損傷していたが、かろうじて屋根が残り、風雨をしのげる安全な場所が一部残っていた。


松本は、血と泥にまみれた睡蓮を、最も乾いた床の上にそっと寝かせた。静は、彼女の傷の手当てと、うわ言を繰り返す睡蓮の額を冷やした。


一刀もまた、樹、村長(合体魔物)との激闘、そして神具の力の酷使による反動で、その場に倒れ込んだ。彼の体は、瞬く間に高熱を発し始めた。


「くそっ、お前まで熱を出しやがって……」

松本は、一刀の荒い息遣いを見て、悪態をついた。自分も疲労困憊ではあったが、二人の刀司が同時に倒れてしまったことで、看病は静一人に託されることになった。


静は、優蛇の悲劇を思い出しながらも、今は目の前の二人の命を繋ぎ止めることに全力を注ぐしかなかった。


「鞍馬も少し休んで。この辺りなら、もう悪魔は来ないはず……」


静は、母屋の残骸からきれいな布と水を探し出した。そして、刀司と守り人という二つの重すぎる責務を背負い、満身創痍の睡蓮と、己の命を顧みずに戦った一刀の、二人の熱い体を交互に看病した。


外界の戦いは一時的に終わり、一行は、悲劇の余韻と、傷ついた二人の看病のために、しばらくこの破壊された母屋に寝泊まりすることを余儀なくされたのだった。


一刀が激しい高熱にうなされ、数日が経過した。


静の献身的な看病の結果、一刀はかろうじて意識を取り戻した。全身の痛みはまだ残るものの、熱は引き、覚醒した彼の瞳には、優蛇の死と睡蓮の絶望という、拭い去ることのできない悲劇の影が宿っていた。


静は、疲れた顔で、一刀の様子を伺った。


「一刀、大丈夫? 熱は下がったわ」


松本は、崩れた壁にもたれかかり、優蛇の死と睡蓮の正気を失った状態から、一刻も早く次の行動に移りたいという焦燥感に駆られていた。


「おい、一刀。目を覚ましたなら話を聞かせてもらおうか」


松本は、単刀直入に切り出した。


「バフォメットのことだ。なぜお前は、あの山羊の悪魔の名前を知っていた?」


静も、真剣な眼差しで一刀を見つめた。あの悪魔は、村長や組の長たちが契約した悪魔とは、次元が違う存在に見えたからだ。


一刀は、重い口を開いた。彼の言葉は、彼自身の過去と、この国を襲う難儀の真の根源を明かすことになった。


「バフォメットは……」

一刀は、光の短刀の柄を握りしめた。

「あれは、俺の師匠だ。そして、悪魔となった」


松本も静も、その衝撃的な事実に息を呑んだ。


「俺の師匠は、先代の刀司だった。俺と同じように、世界を救うという、純粋で強い使命感を持っていた……最初はな」


一刀は、苦しそうに続けた。


「師匠は、長年、悪魔と難儀を討ち続けてきた。だが、ある時、一つの事件に遭遇した。それは、師匠が救おうとした人々が、己の欲望のために悪魔と手を結び、自ら難儀の源を作り出したという、救いようのない絶望的な事件だった。師匠は、人間を信じ、世界を救うという自身の宿命が、全て偽善であったかのように感じ、深い絶望に陥った。師匠は、人間を憎むようになった……人間は救う価値がない愚かな存在だと。全てを破壊し、地獄の底へ帰すべきだと、考えるようになった。

その絶望と憎悪こそが、悪魔の付け入る隙となり、悪魔となるように唆した。悪魔たちは師匠の持つ強力な力と、刀司としての力を利用し、新たな難儀の神となることを画策しているという。かくして、師匠はバフォメットとなった」


バフォメットとなった師匠の目的は、もはや難儀を討つことではない。


「バフォメットは、刀司の家系、守り人の家系、そしてかつての弟子である俺たちを、己の目的の最大の障害として認識している。だからこそ、奴は、守り人の家系や刀司を徹底的に襲い、難儀の源を解き放ち、世界を破壊しようとしているのだ」


一刀の告白は、彼らが戦ってきた難儀が、単なる悪魔の仕業ではなく、かつて世界を救おうとした一人の刀司の、壮絶な絶望から生まれたものであることを突きつけた。


松本は、その恐るべき告白に、顔色を変えた。


「まさか……。では、なぜあの場で俺たち全員を始末しなかった? あの悪魔の強さなら、造作もない事だろう?蔵の前で一刀が樹に追い詰められていた時、簡単に息の根を止められたはずだ」


静も、眠る睡蓮と一刀を交互に見ながら、疑問を呈した。


一刀は、重く息を吐き出した。その表情には、師への尊敬と自分への屈辱が混ざり合っていた。


「それは……俺たちが取るに足らないからだ」


「……何?」

松本は聞き返した。


「バフォメット……師匠にとって、俺は弟子の中でみそっかす。一番出来損ないだった」

一刀は、自身の右腕に宿る光の神具を静かに見つめた。


「俺は、刀司の血を引いていたが、才能がなく、力がなかった。師匠が絶望したあの事件の後も、俺は神具を完全に覚醒させることができなかった。俺が刀司として覚醒し、まともに戦えるようになったのは、静と出会って、守り人としての務めを知ってからだ」


師匠にとって、未熟だった弟子など、『難儀』を解き放つ巨大な計画において、取るに足らない雑魚でしかなかったのだ。


「大きな穴開けるには目の前の蟻なんてどうでもいいって事か……。軽く見積もられたもんだな」

松本が呆れたように呟いた。


一刀は、その屈辱的な言葉を聞き、思わず厳しい表情になった。


「思った通り弱かったのね、あんた」


静の言葉に、松本は「おい!」と咎めようとしたが、一刀は静に向かって、かすかに引きつった笑みを浮かべた。


「弱いって言うな。俺たちは確実に難儀をうち払いこうして生きている。それに――」


一刀は、松本の顔を見やった。


「お前も、あの合体魔物にやられそうになっていたんだぞ。弱いって言うな、助けてやったんだから。お互い様だ」


松本は、一瞬ムッとしたが、直後に「チッ」と舌を打ち、諦めたように目を閉じた。


「……まあ、そうだな。あのまま放っておいたら、俺は醜い肉塊になっていたかもしれねえ。借りがあるのは認めよう」



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