光
「一刀、任せたわよ。鞍馬! 一刀が行くわよ!」
静は、その言葉に、一刀の命運とこの場の決着を託した。彼女の霊力は、短刀を通じて一刀の魂と完全に同調し、神具の真の力を極限まで引き出していた。
松本は、四本の腕を振り回し、黒い粘液を吐き出す合体魔物の猛攻を、悪魔の義手で受け流しながら、静の声を捉えた。
「承知つかまつったぜ!お嬢さんよ!」
松本は、憎悪の念を込めて漆黒の義手を構え、自らの命を囮にする覚悟を決めた。
「まずは、てめえの気を引かせてもらうぜ、醜い化け物め!」
松本は、怪物の中心、最も憎悪が渦巻くであろう胸部めがけて、刀を捨てた義手そのものを、全てを破壊する渾身の一撃として叩き込んだ。
合体魔物は、松本の予想外の自爆的な突撃によって、その醜悪な巨体を大きく傾かせ、強張らせた。
「今だ、一刀!」松本は、怪物の粘液にまみれながらも、叫んだ。
一刀は、その一瞬の機会を逃さなかった。
光の短刀は、静の霊力によって純粋な白銀の光を放ち、朱と青の炎が、刃そのものを螺旋状に覆っていた。
「この一刀で、貴様らを断つ!」
一刀は、松本が作り出した開口部から、村長の身体の奥深くへと、光の短刀を突き刺した。
短刀が、複数の魂と悪魔の力が凝縮された核を貫いた瞬間、強烈な光の爆発が広場を襲った。その光は、難儀の源から放たれる禍々しい気を一時的に打ち消し、周囲の闇を全て焼き払った。
合体魔物の巨体は、内側から光に灼かれて、凄まじい音と共に崩壊した。組の長たちの怨念も、悪魔の力も、全てが清められた光によって消滅し、残ったのは、ただの黒い煤だけだった。
松本は、粘液と煤にまみれながらも、立ち尽くした。静は、霊力の消耗でその場に座り込んだ。
そして、光の短刀を握りしめた一刀は、深呼吸を一つしたのち、満身創痍の身体を支えながら、静のほうへと振り返った。彼の顔には、疲労と勝利の確信が浮かんでいた。
「空が――」
静が見上げる空は青空の中に邪気が吸い込まれていく様子がハッキリと映し出されていた。その後、雷のようにひび割れた難儀の蓋に集約していく。
「勝ったのか?」
松本の目にもその様子はハッキリと映った。難儀の蓋のひび割れが修復していく。
合体魔物を打ち破った後、蔵の広場には、鎮まった難儀の源から再び大量の金銀財宝が、雨あられのように降り注いでいた。それは、樹との戦いの後に残ったものと合わさり、人の『業』の残骸としてはあまりにも巨大な富だった。
静は、霊力の消耗で座り込んだまま、きらめく財宝の雨を見上げ、ため息をついた。
「なんだか、虚しいわね……」
この富は、優蛇の家を救うどころか、三人の悪魔の契約者を呼び寄せ、恐ろしい怪物を生み出し、そして優蛇と睡蓮を危険に晒した。
松本は、その言葉に頷きながらも、すぐに顔を引き締めた。
「余韻に浸ってる暇はねえぜ。睡蓮と捕まった弟が心配だ。あの悪魔の言い方を考えれば、碌なことになってねえだろう」
静は、松本の言葉に立ち上がろうとしたが、全身の疲労でよろめいた。
「そうね……一刀、動ける?」
一刀は、光の短刀を杖のように地面に突き立て、全身の傷と消耗に耐えていたが、静の問いに静かに首を横に振った。
「すまない、これ以上は……」
静は、自分の疲労を自嘲気味に笑った。
「私には無理よ、虚弱だもの」
松本は、ため息をつき、一刀の前へと進み出た。
「ったく、だらしねえな。お前らは光だ正義だとかグダグダ言うわりには、体力がねえんだ」
松本は、漆黒の義手で一刀の身体を掴むと、満身創痍の刀司を荒々しくも丁寧に背負い上げた。
「行くぞ、お嬢さん。仲間を助けに行かねえと」
松本は、背中に一刀を背負い、静と共に、睡蓮と優蛇が消えた山奥へと駆け出した。
静は、霊力の回復に努めながら、松本の頼もしい背中と、一刀の重すぎる責任を静かに見つめていた。
山道をしばらく進んだ彼らは、やがて獣鳥の悪魔が消滅した岩場へと辿り着く。
そして、その広場の中央で、力尽きて倒れ込んでいる睡蓮と、無残な姿で処刑台に吊るされた優蛇の死体を目の当たりにするのだった。
「睡蓮さん!」
静は、優蛇の亡骸からなるべく目を背け、そのあまりに無残な光景を見ないようにしながら、倒れ伏している睡蓮のもとへ駆け寄った。松本は一刀を背負ったまま、動けずにいる。
静は、恐る恐る睡蓮を抱き寄せ、冷たくなりかけた彼女の首筋に指を当てた。
「まだ息があるわ!」
安堵と絶望が入り混じった声で、静は叫んだ。
睡蓮は、静に抱き寄せられていることにも気づかず、僅かに目を開き、虚ろな視線を優蛇の亡骸に向けていた。口元は血の泡で汚れ、熱に魘されながら、途切れ途切れのうわごとを呟いた。
「優蛇……優蛇……。可哀想に……つなぎ合わせてやらないと……生き返らせてやらないと……あぁ、足りない足りない肉片が」
その言葉は、極度の精神的負荷と絶望的な愛によって、正気を失っていることを物語っていた。
静は、弟を失い、心を壊した睡蓮を抱きしめながら、彼女のあまりに重い業に耐えきれず、睡蓮の名を呼びながら慟哭した。
「睡蓮さん! ああ……優蛇君!」
松本は、その地獄のような悲嘆を前に、どうすることもできず、ただ刀の柄を強く握りしめた。
その時、松本の背中で全てを見ていた一刀が、静かに、しかし強い意志を込めた声を発した。
「俺はもう平気だよ、ありがとう鞍馬」
一刀は、松本の肩からそっと降り立った。満身創痍の体は大きくよろめいたが、光の短刀を杖にして、かろうじて立ち上がる。彼の瞳には、哀しみと、この悲劇を乗り越えるという決意が宿っていた。




