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睡蓮

岩場の広場の中央には、粗末ながらも禍々しい木材で組まれた処刑台のようなものが立っていた。

その処刑台に、深手を負った優蛇が、逆さ吊りのような形で、鎖に拘束されていた。彼の背中からは血が流れ、意識は朦朧としている。

そして、処刑台の周囲には、獣鳥の悪魔が、ゆっくりと旋回しながら降り立っていた。

「来たか、愚かなる裏切り者、睡蓮よ」

悪魔は、優雅に翼を折りたたみ、睡蓮を見下ろした。

「お前は美しい、憎しみと悲しみで歪んだその顔は尚更だ。それが絶望に変われば実に美味そうだ。だが、そのままではあまりに芸がなさすぎる」

悪魔は、処刑台の鎖に連なる歯車と刃物の仕掛けを指差した。

「そいつは、お前の怒りと美しさが混ざり合い、ゆっくりと、しかも確実に絶望へ熟成してもらうための仕組みだ」

獣鳥の悪魔が爪を鳴らすと、処刑台の歯車がギィィィと音を立てて回り始めた。

優蛇の拘束具から、細く鋭い刃物が、数分の時間経過と共に、彼の身体の皮膚を徐々に刻んでいくように設定されていた。それは、一瞬で命を奪うのではなく、激痛と出血を伴いながら、無残で緩慢な死へと向かうように仕組まれていた。

「止めろ! 今すぐ弟から離れろ!」

睡蓮は、激しい憎悪を込めて叫び、鎌の神具を悪魔めがけて突き出した。

「くっ……貴様のような外道!」

悪魔は、嘲笑した。

「お前が私を倒すか、お前の弟がバラバラになるか……時間が経てば経つほど、お前の無力感と怒りは増す。さあ、絶望を見せてくれ、睡蓮よ!」

弟の無残な死が刻一刻と迫る中、睡蓮の心に宿っていた虚ろでどこか冷めた性格は、完全に消え失せた。彼女の瞳は、弟への愛情と悪魔への復讐心によって、血のような朱色に燃え上がり、鎌の神具の輝きも、その怒りの業を糧として、さらに鋭利になっていった。

怒りが極限まで高まった睡蓮は、もはや己の命など顧みず、獣鳥の悪魔へと斬りかかった。彼女の心を支配しているのは、ただ一つ――優蛇を救うという、純粋で強大な願いだった。

「死ねえええええ!」

睡蓮の雄叫びは、弟を取りかえさんと自らを鼓舞する鬼の叫びだった。

彼女の左手の鎌の神具は、朱色の炎を激しく噴き出し、その鋭利な刃先は、優蛇の苦痛に呼応するように、凄まじい速度で獣鳥の悪魔の喉元を狙った。

一刀の短刀が光の衝撃波で敵を打ち砕くのに対し、睡蓮の鎌は、怒りを具現化する斬撃だった。

鎌は、悪魔の硬質な毛皮を切り裂き、鋭い爪を弾き飛ばした。睡蓮は、処刑台の仕掛けがギィギィと優蛇の肌を刻む音を聞くたびに、鎌の力を増幅させた。

獣鳥の悪魔は、睡蓮のあまりの怒りの爆発に、一瞬たじろいだ。

「馬鹿な……お前のどこにそんな力が……!」

悪魔がそう叫んだ時、睡蓮は、鎌を悪魔の翼めがけて水平に回転させた。

高速回転する鎌からは、黒い炎を帯びた朱色の光の波が放たれ、獣鳥の悪魔の巨大な翼の根元を深々と切り裂いた。

「ぐああああああッ!」

悪魔は、翼を斬られた激痛に悲鳴を上げ、その巨体を岩場に叩きつけた。

睡蓮は、悪魔を倒すことよりも、優蛇を救うことを優先した。彼女は、血を流して倒れる悪魔を無視し、鎌を使って処刑台の鎖を切り裂くため、優蛇のもとへと一直線に走った。

「優蛇!今、助ける!」

しかし、処刑台の仕掛けは、既に優蛇の身体を深く刻み始めていた。鎖は複雑に絡み合い、獣鳥の悪魔の最後の足掻きのように、睡蓮の行く手を阻む。

睡蓮は、鎌の神具を鎖に叩きつけ、優蛇を拘束から解き放とうと試みる。鎖が切れる前に、優蛇の身体は既に深く傷つけられていた。

「もう少しだ、優蛇!」

その時、背後から獣鳥の悪魔の冷たい声が響いた。

「無駄だ、睡蓮」

睡蓮は、悪魔が倒れたままではないことに気付き、身構える。悪魔は、斬られた翼の傷口から黒い血を流しながらも、既に立ち上がっていた。

「私の翼は、お前たち人間の『絶望』によって再生する」

悪魔はニヤリと笑った。

「そして、お前の焦燥と怒りは、まさに上質な餌だ!」

獣鳥の悪魔は、傷ついた翼から、羽根を雨のように放った。しかし、それはただの羽根ではなかった。

断絶の羽撃はばたき

悪魔が両翼を大きく広げ、鋭く羽撃いた瞬間、無数の羽根が睡蓮めがけて飛来した。

闇の投擲とうてき: 羽根は、まるで黒曜石のナイフのように硬質で、睡蓮の動きを封じるため、鎌の神具を持たない右腕や、足の関節を狙って、凄まじい精度で突き刺さる。

音の結界けっかい: 羽撃きと共に、凄まじい高周波の音の波が放たれた。それは、人間の平衡感覚を麻痺させ、集中力を奪い取る、獣の領域でしか存在し得ない断絶の音波だった。

業の吸着きゅうちゃく: 飛散した羽根は、睡蓮の心臓から発せられる*怒りの業に引き寄せられるように、彼女の周囲の空間に張り付き、睡蓮を絶望の領域に封じ込めようと、鎌の力を抑制しようとした。

「その神具も、この断絶の羽撃の中では、空を切るだけだ!」

獣鳥の悪魔が放った断絶の羽撃は、猛烈な高周波の音波と、黒曜石のように硬い羽根の雨となって睡蓮を襲った。

睡蓮は、鎌の神具で幾つかの羽根を叩き落としたが、音波によって平衡感覚を奪われ、その動きは大きく乱れた。

「くっ……!」

数本の鋭利な羽根が、睡蓮の右の脇腹と左肩に突き刺さった。睡蓮の白い書生服はたちまち血に染まり、彼女は激痛に顔を歪ませた。

「無力な怒りなど、この程度のものだ!」

獣鳥の悪魔は、再び勝利を確信した。

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