表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/38

一刀対鞍馬

松本は、一刀の問いに対し、ニヤリと笑い、再び懐から紙を取り出した。


「わりいことしたんだろう? 無垢な人たち皆殺しにしてよお」


松本巡査が突きつけた人相書きは、静と一刀を、逃亡した源兵衛一味の凶悪犯として断定していた。


「イヤイヤちょっとまて。俺たちはそいつに嵌められてる! そいつを探してんだ! 仲間じゃねえ!」


一刀は刀を受け止めながら、焦りの色を隠せず叫んだ。


静も、安堵から一転して突きつけられた理不尽な事実に、声を震わせた。


「そうよ! 友達も殺されてるのよ! 私たちが悪党なわけがないでしょう!」


松本は、二人の必死の抗弁に対し、鼻で笑うと、さらに刀に力を込めた。


「往生際が悪いぜ、お前ら」


彼の目は、もはや二人が何を言おうと聞く耳を持たなかった。出世という欲望に目が眩んでいるのだ。


「悪党ってのはみんな、あいてがわりい、自分は正しいってのたまう生きもんなんだぜ」


松本は下卑た笑みを浮かべ、さらに言った。


「とくに、お前みたいな汚ねぇ恰好の女と、片腕が金属のいかれた男が言っても、誰も信じやしねぇ。源兵衛って野郎が悪魔だか何だか知らねえが、人相書きのほうがよっぽど真実に見えるんだよ!」


松本は、一刀の刀を弾き飛ばすと、再び静に向かって切りかかろうとした。一刀はすぐさま光の義手を盾にして静を庇い、必死に体勢を立て直そうとする。彼らは、目の前の公的な暴力と、その背後にいる小松少警部の巧妙な罠に、完全に追い詰められていた。


松本の刀と、一刀の光の義手(短刀)が激しくぶつかり合う。巡査とはいえ、松本の剣筋は荒々しくも鋭い。


「くそっ、お前…俺の流派についてこれるとは、中々やるじゃねえか!」


松本は唸った。彼の刀術は、警察の訓練とは違う、どこか古流の剣の重さを感じさせるものだった。


「妙なからだしやがって! そんな光る得物で、よくぞこの神道無念流しんとうむねんりゅうの斬撃を受け止められるもんだ!」


一刀は、松本の流派の名前を聞くや、わずかに表情を引き締めたが、反論する暇はない。光の義手は強烈な斬撃を受け止めるたびに火花を散らし、松本の刀もまた、神具の力に触れて鈍い音を立てていた。


一刀は歯を食いしばる。


「関係ない! 俺たちはお前たちの探している人殺しじゃねえ! すぐに上官に連絡しろ!」


「うるせぇ! 俺の出世に水を差すんじゃねえ!」


松本は、一刀が自分と同等に渡り合えることに焦りを感じ始めた。このままでは、時間がかかり、せっかくの手柄を逃してしまう。


「チッ……らちがあかねえなら――」


松本は、一瞬刀を引くと、標的を一刀から、背後にいる静へと変えた。


「お前を先に始末してやるよ!」


松本の刀が、防御を解いた静の非武装の身体めがけて、容赦なく閃いた。


松本が、一刀の防御をかいくぐり、非武装の静へと刀の切っ先を向けた、その瞬間。


「キャアアアア!」


茶屋の軒先から、甲高い悲鳴が上がった。


三人の激しい戦いのすぐそばにある茶店には、街道を行き交う旅人や町民が休んでいたが、そのうちの一組、親子連れに異変が起こったのだ。


母親らしき女性が顔を真っ青にして、座敷から道路へ転がり出てくる。彼女が抱きかかえていたはずの幼い子供が、痙攣けいれんを起こしながら、全身が異様な色に変色していた。


「だ、誰か! この子を! この子がおかしい!」


子供の肌は、通常の病気ではありえない、青と黒の斑点がまだらに浮かび上がり、口からは泡を吹いている。見るからに命に関わる、尋常ではない症状だった。


この光景を目撃した松本は、静に振り下ろそうとしていた刀の動きをピタリと止めた。


「な……なんだ、こりゃ……」


松本は出世への執着に燃えていたが、目の前で繰り広げられたのは、彼がこれまで追いかけてきた裏社会の仲間割れなどではない。それは、理不尽で、悪意に満ちた難儀そのものだった。


一刀は即座にそれが何を意味するかを理解した。源兵衛が解放した難儀の力、すなわち悪魔と契約した妖の毒が、近くの町民にまで影響を及ぼし始めているのだ。


「松本! 見ろ! これが源兵衛が引き起こした災いだ! これは、お前が追っている殺人などではない! この世の理が壊されているんだ!」


一刀の言葉は、松本の心に初めて響いた。松本は、出世という小さな欲望と、目の前で死に瀕している無垢な命を前に、刀を構えたまま立ち尽くす。彼の心は、明確な義務と功名心の板挟みになっていた。


松本は、目の前で痙攣する子供と、その傍で泣き叫ぶ母親の姿に、功名心だけでは動かせない倫理的な揺らぎを感じていた。彼は刀を下げたものの、一刀と静を信用したわけではない。


「……くそっ。チッ」


松本は舌打ちし、刀を鞘に収めた。その動作は、あくまで休戦を意味していた。


「いいか、悪党ども。お前らの言い分など、出世がかかった俺の耳には届かねぇが、目の前のガキが死ぬのは寝覚めが悪い」


松本は荒々しく言い放った。


「そいつが、お前らの言う源兵衛の災いってやつなら、まずは止めろ。俺はお前らを信用しねぇが、巡査の仕事は、目の前の命を放っておくことじゃねえ。どうする。どうすれば、このガキが助かる」


彼は、一刀と静に、命を救うための具体的な算段を要求した。


一刀は、松本の顔から欲望のギラつきが消え、人間的な義務感がわずかに覗いたことを察した。これは好機だ。


「松本巡査。感謝する」

一刀は冷静に言った。

「我々の主張は後で聞いてもらう。だが、この毒は、昨日綾が浴びたものとほぼ同じだ。ガマの妖の毒だ。通常の薬では効かない」


「では、どうする!」


「解毒には、神具の力が必要だ」

一刀は光の義手を子供に向かって差し出した。「この光の短刀は、難儀の源を断つ力を持つ。毒の元である妖の力を、神具で中和させる」


しかし、一刀はすぐに顔を曇らせた。


「だが、俺がまともに動けば、巡査殿は我々を攻撃してくるだろう。巡査殿が、この毒の中和に必要な、神具の光を子供の体に当てるまでの間、我々の身を守ってくれないか?」


松本は、一刀の提案と、自分の矛盾した立場に葛藤した。目の前の命を救うため、指名手配犯を守るという屈辱。しかし、彼は歯を食いしばって決断した。


「分かった。ただし、変な真似をしてみろ。その光る腕ごと叩き斬る」


松本は、周囲の茶屋の客や野次馬たちを威嚇するように睨みつけ、子供の周りに誰も近づかないように、周囲の警戒を開始した。


静もまた、自分の制服の袖をちぎり、母親に子供の口元を拭くように指示を出すなど、できることを手伝い始めた。


一刀は、松本の警戒の中、光の義手を子供の斑点に覆われた皮膚のわずか上にかざした。光の義手から、澄んだ虹色の光が放たれ、子供の体へと吸い込まれていく。


一刀の光の義手から放たれた虹色の光は、痙攣する子供の体に吸い込まれていった。子供の肌に浮かび上がっていた青黒い斑点は、光が吸収されるにつれて、まるで霜が溶けるかのように消え失せていく。


数秒後、子供の呼吸は安定し、ぴくりと指が動いた。


「ああ、この子……!」


母親は安堵の叫び声を上げ、子供を抱きしめた。子供はまだ意識は混濁していたが、命の危機は去ったことは明らかだった。


「神様……ありがとうございます! ありがとう……!」


母親は涙を流しながら、一刀の光の義手と、それを守るように立っていた松本巡査に深々と頭を下げた。周囲に集まっていた茶屋の人々も、奇跡的な回復に息を飲んでいる。


松本は、その感謝の言葉を浴びながら、複雑な表情で刀を握りしめていた。彼は、一刀たちへの疑念を一切払拭していない。


「ちっ……運のいいガキだ」

松本は静かに舌打ちした。


彼は、一刀と静に向き直った。その目は、再び冷たい巡査の目に戻っていた。


「今回だけは恩赦だ」

松本はそう言い放った。

「お前らがこのガキを助けた手前てまえがある。俺の目の前で人を救った以上、その場で斬るわけにはいかねえ。今回だけは見逃してやる。さっさと消えろ。次に会った時は、お前らの命と俺の出世、両方いただかせてもらう」


松本にとって、これは公務の放棄ではなく、あくまで出世を確実にするための最善策だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ