第4話 白銀と鉄、そして光
決勝前夜。
ネイムレスの控室には、酒と機械油の匂いが漂っていた。
スーツ姿のネイムレスは、年代物のワインをあけると、グラスになみなみとついでいく。ひとしきり香りを楽しんだ後、口をつける。
「そんなもの、本当に美味しいの?」
「毬藻、貴女にはまだこの味を理解することは出来ませんかね?」
「そんなものより、オレンジジュースの方がよっぽど美味しいよ」
トレーニング用具の上で上腕筋を鍛えていた毬藻は、桃色の髪をなびかせながら汗をかいている。その瞳は吸い込まれるような青色で、幼さは残っている者の、見ている者に十分な「美」を感じさせることのできる躍動感を持っていた。
「それに、オレンジジュースの方が体にいいしね」
「身体にいいものばかり接種していても、それは健全ではありませんよ、毬藻」
そう言いながら、ネイムレスはもう一口、ワインを飲む。年の頃は、40代半ばといったところ。丹精な顔立ち…ではないが、その目つきの鋭さからは有能さと狡猾さが同居しているのが分かる。
「いいものも、悪いものも、清濁併せて飲み込むことこそが、本当の意味の健全なのです」
「へー。そういうものなの」
「若いあなたにはまだ分からないかもしれませんが」
そう言うと、ネイムレスは手にしていたグラスに注がれていたワインを一気に飲み干した。
グラスをテーブルの上に置き、少しとろんとした瞳で語り掛けてくる。
「戦いは、人を飢えさせるんです」
静かな口調だったが、その声には不思議な熱がこもっている。
「でもね、毬藻。戦いがなくなったとしても、結局、人は飢える。4年前に戦争は終わりました。終わった結果、どうなりました?平和になりましたか?」
「さぁ。少なくとも、金持ちと貧乏人との差は激しくなったね」
「そうでしょう」
ネイムレスは嬉しそうに笑う。
「戦争が終わって平和になれば、戦争で儲けていたものや戦場でしか生きれないような者たちは、目的を見失って腐っていくんですよ。だから私は、この街にコロッセオを作ったんです」
「見世物のための闘いってやつ?」
「見世物でいいじゃないですか」
ネイムレスの笑いは、皮肉と慈悲が入り混じったものだった。
「見世物の中でなら、誰も本当に死ぬことはない。戦争の亡霊たちに、せめてもの生きている価値というものを与えてあげてるんですよ」
「じゃぁ、あんたはいい人なんだ」
「私がいい人?冗談でしょう?」
そう言うと、ネイムレスは両手をあげて、指を開く。その指にはすべて豪華な指輪がはめられていた。一言で言えば、悪趣味である。そしてこの男は、あえてわざとその悪趣味を楽しんでいた。
「私の目的は、あくまでお金ですよ。お金。お金。お金さえあれば、世の中でできないことなんて何もないんです」
「へー、そうなんだ」
「そうなんですよ」
「じゃぁ、お金さえあれば、あんたがいつも後生大事に持っているその胸のロケットの中の男の子、死ななくてすんだんだね」
「…みたのですか?」
「この目でしっかりと」
毬藻がその青い目を大きく見開いてにやりと笑う。ネイムレスはやれやれとため息を吐くと、口を開いた。
「戦争は、二度と起こしてはいけないのですよ…でも、人は戦いをやめることは出来ない。ならば少しずつガス抜きをしていってあげるしかないんです」
毬藻は何も答えず、黙ってその言葉を聞いていた。ネイムレスの視線は、まるで未来のない国を眺める政治家のように遠かった。
「まぁ、そのついでに私が儲けたとして、それは役得というものですよ」
「…あんた、悪人になり切れていないよ?」
毬藻は肩をすくめると、トレーニング用具から手を離す。
「あんたが何を考えていようが、何を企んでいようが、そんなの僕には関係ないからね。あんたは僕に戦いの場を準備してくれれば、それだけでいい。それだけしてくれたなら、僕は勝って、勝って、勝ちまくってあげるよ」
毬藻はにやっと笑う。
「僕にだって目的があるんだ。その目的のために、せいぜいあんたを利用させてもらうよ」
「…毬藻さん」
あなただって、悪人になり切れてはいないじゃないですか。
そう言うとネイムレスは笑った。
■■■■■
翌日。
瓦礫都市バシリカの中心…巨大コロッセオ。
金属がぶつかり合う轟音た再び、街全体を震わせていた。
観客たちは狂ったように叫び、火薬の匂いが風に混じる。
『決勝戦!挑戦者…水瀬海月!乗騎はアイゼン・フランメン・ケーニヒ・アイゼン!迎え撃つのは我らが絶対王者!桃栗毬藻と、その乗騎、白銀のヴァルシュカ!』
実況の叫びと共に、白銀の鉄騎兵と漆黒の鉄騎兵の2体の巨体がコロッセオに現れる。砂塵を踏みしめる音が、まるで心臓の鼓動のようにコロッセオ中に響き渡る。
「海月、アイゼンの調子はどう?」
「悪くはないね、ルク」
僕はそう言うと、アイゼンのハッチを締める。
一瞬暗闇に包み込まれるが、キーを回した瞬間、起動音と共にコックピットの計器が怪しく光り始める。
「うん、上々上々♪」
分厚い鉄の装甲に包まれた鉄騎兵の中に入ると、ある種の高揚感と安心感とが同時に満ち溢れてくる。
目の前の敵を必ず叩き潰すという高揚感と、どんなことがあっても自分は絶対に死なないという根拠のない安心感。
「じゃぁ、せめて私を退屈させない結果を待ってるわ」
「約束はできないけど、期待はしていて」
鉄と油の匂いを肺いっぱいに吸い込んで、アイゼンを立ち上がらせる。砂埃が舞い起こり、手にした巨大な鉄塊のような大剣を大きく振りかぶる。
目の前にいる対戦相手の毬藻が操るヴァシュカといえば、重厚なアイゼンとは正反対に、ギリギリまで削った装甲しかまとっていない。陽光が反射し、まるで白銀の光をマント代わりに羽織っているかのようだった。
『正々堂々、戦いましょう』
通信が入る。
少女の声…透明な声。
澄んだ意志と、ゆるぎない自信が入り混じったその声は、今から戦いを始める目の前の白銀の鉄騎兵からよせられたものだった。
「…いいね」
僕は笑い、足元の砂を蹴り上げる。
戦い開始の合図が起こる前の奇襲だった。
「その方が…僕も戦いやすいっ」
砂埃の中に紛れてアイゼンを駆る。踏み込んだ足元から地面が悲鳴をあげて、大地が揺れる。
鉄がなり、剣を一閃させる。
砂が爆ぜ、光が散る。
「やったか!」
思わず口ずさんだその言葉に、ルクから通信が入り込んだ。
『馬鹿海月!変なフラグを立てるんじゃない!』
たしかに。
振り回された剣は宙を薙ぎ、砂埃が晴れた先には何もいなかった。
いない。
目の前に姿は見えない。
姿は見えないが、空気を震わす振動だけは聞こえてくる…そう、上から。
『不意打ちとは、またやってくれるね』
口調は軽く、焦りもなにもそこからは感じられない。
「…そんなの、あり?」
僕はさすがに目を疑った。
鉄騎兵が…空を飛んでいた。
『僕のヴァルシュカはね…特別製なんだ』
陽光が煌めく。
その陽光を背にして、ヴァルシュカが白銀の槍となって急降下してきた。
「アイゼンッ」
僕はアクセルを踏み、ギアを回し、ハンドルを操ってアイゼンを自らの手足のように動かす。振り下ろされたヴァルシュカの剣を大剣で受け止めると、火花のような衝突により、光が飛び散っていった。
観客のヴォルテージも最高潮に上がっていく。
「すごい…!」
「鉄騎兵同士でこんな戦い、見たことない…っ!」
「元戦後復興軍独立遊撃部隊長の名前は伊達じゃないみたいだ!」
「それを言うなら、受け止める海月ってやつもとんでもないぜ」
見ているだけの観客は好き勝手いってくれているけど、実際に戦っている僕にとっては冗談ではなかった。
楽して、最大効率を求めるのが僕のモットーなのに、こんな状況ではそれを言っている暇もない。
(ルカ、笑っているだろうな)
そう思う。見えはしないけど、意地悪そうな笑みを浮かべているルカの顔を想像してしまい、少し腹がたってきた。
『なかなかやるねぇ。でも、しょせん私のヴァルシュカの敵じゃないよ』
毬藻の操るヴァルシュカは鉄騎兵の可動域を超えた動きと速さで攻撃を繰り出してくる。見えない角度から突き出される突きをかわし、アイゼンの肘打ちで反撃する。
重低音が響き渡る。
普通ならこれで鉄騎兵の側面が撃ち抜かれているはずだった。
しかしヴァルシュカの場合は違った。
『あぶないあぶない』
僕のアイゼンが面での攻撃をするのに対して、毬藻の操るヴァルシュカは空を使った三次元の動きをしていく。
白銀の装甲が光り、砂煙が舞い上がる。
『どんな強力な攻撃だって、届かなければ意味がないよっ』
嬉しそうな声が聞こえてくる。
どんな攻撃だって、届かなければ意味がない。
たしかに、その通りだ。
その通り、だけど。
「ふふ…ふふふ…ふふふふふ」
思わず、笑みが漏れる。
攻撃が届かなければ意味がない?
そんな当たり前のことを、さも自分が優位なように言っている。
そんなことを言えるということは…
「君…戦争を、知らないだろう?」
僕の顔は、たぶんゆがんでいる。
あまり人には見せたくない顔になっていると思う。
コロッセオ。
戦争が終わり、戦う相手がいなくなった鉄騎兵と鉄騎兵が戦う場所。
砂塵と欲望と勝利と敗北が集う場所。
ここは…戦場じゃ、ない。
鉄騎兵が戦場で戦っていた相手は…いつだって…
「魔砲少女、だった」
遠距離から。
視覚の外から。
思考の隙間から。
見えない場所から見切れない大質量の魔砲を打ちかましてくる魔砲少女。
「そんな相手と比べたら…」
僕はアイゼンの大剣を振りかざすと…地面に突き刺す。
舞い散る岩と砂。
それを足場にして、飛び上がるとともにブーストをかける。
空を舞う鉄騎兵?
そんなもの、本物の魔砲少女に比べたら…
「近すぎて笑っちゃうよ」
飛び上がる。
大質量の鉄の塊が手を伸ばし、バルシュカの足首を掴む。
『な…』
武器がないだろう、とでも言いたいのか?
あるじゃないか、大質量の武器が。
僕はそのまま勢いよくヴァルシュカを引っ張ると…地面に向けて、叩きつけた。
単純な質量。
鉄の重さと、重力と、スピード。
それらは全て破壊力となって、ヴァルシュカの機体は銀の装甲をまき散らした。
砂塵が地面におちて、二機の鉄騎兵の姿があらわになる。
地面に突き刺した大剣を引き抜き、悠然と立つアイゼンと、もがれた翼をまき散らし、地面に倒れているヴァルシュカ。
誰の目からも、その勝敗は明らかだった。
『勝者…アイゼ…』
『まだ終わってないッ』
鉄と油をまき散らしながら、ヴァルシュカが立ち上がろうとする。その姿からは、先ほどまであった優美さも華美さも感じられない。羽をもがれた水鳥がそれでも罠から抜け出そうとあがいている姿に似ていた。
『まだ終わらない…負けられない…私は負けられないんだ…アコと…再会するまでは…っ』
アコ?
僕が眉をひそめた、その瞬間。
天が、裂けた。
それは比喩でもなんでもなく、文字通り、裂けたのだった。
空間がねじまがり、ガラスのように砕け散る。
雷とか、爆撃とか、そのような物理的な現象ではなかった。
ただの純粋なる「破壊」を体現したものだった。
『…なんだ…』
『空から…光が…』
実況も、観客も、すべからく全員が言葉を失った。
神々しい光の中心から一人の少女が姿を現す。
「…まだ、戦争ごっこをしているの?」
白いドレス。
光の杖。
その瞳は冷たく澄んでいて、まるで神話の中から抜け出してきたかのようだった。
『海月』
「分かってるよ、ルク」
忘れるはずがない。
忘れられるはずがない。
先の戦争で…僕たちが戦った、本物の、魔砲少女。
しかもあの姿は…
世界に8体しかいない、本物の「戦艦クラス」
「第一級戦艦クラス、聖焔の典礼、セラフィーナ=ルミナリア=グロリアス」
王国の聖教会が崇め奉る「神の砲台」
その白皙の魔砲少女、セラフィーナは指を鳴らした。
コロッセオ全体が光に包まれていく。
金属が悲鳴をあげ、空気が震えていく。
「ここに浄化を再開します。鉄の罪、戦いの残滓…すべて、消え去りなさい」
光が、満ちて。
そして。
その光が、コロッセオの中にいる、一人の少女の手のひらの中に吸い込まれていった。
「…?」
怪訝そうな表情を浮かべる魔砲少女、セラフィーナ。
見下ろすその視線の先には…
「久しぶりだね、セラフィーナ」
「…ルクレツィア?」
ルクがいた。
銀髪の魔砲少女。
第零級…オリジナル。
全ての魔砲少女の「祖」たる魔砲少女、ルクレツィア=ヴァーミリオン=ブラッドフォールが。
「あの戦争以来だから…4年ぶり?いや、もっとかな?」
「…ルクレツィア、生きていたの?」
「足はちゃんと二本生えているよ。見えないかな?」
おどけるルク。
楽しそうなルク。
本当に、心の底から嬉しそうなルク。
「それでセラフィーナ。まさか、魔砲少女同士でやりあうつもりかい?この距離で?お互いを視認できるようなこの距離で?そして…」
ニヤリと笑う。
魔物じみた、妖怪じみた、意地の悪い笑い顔。
「魔砲少女を守る、鉄騎兵も無しで?」
僕は、アイゼンを起動する。
そして、ルクの前に立つ。
鉄騎兵は…魔砲少女を守るための、盾。
それこそが鉄騎兵の存在意義であり…
いくら強大な力を持っていようとも、鉄騎兵という盾を持たない魔砲少女なんて、紙くずも同然であった。
「…さすがに、これでは分が悪いですね」
光が収まる。
そしてセラフィーナは僕たちを見下ろしたまま、宣言をした。
「すでに私の元には、8人の戦艦クラスの魔砲少女のうち、私を含めて4人までそろっています。ルク、この意味が分かるかしら?」
「もったいぶらないで早く言ったらどう?言いたいんだろ?なら、待ってあげるわよ」
「いいでしょう」
現れた時と同じ、割れた空の中に姿を消しながら、魔砲少女セラフィーナは言った。
「もう一度、戦争を始めましょう。今度は徹底的に、完璧に、最後まで」
そして、消えていった。
■■■■■
コロッセオは騒然としていて。
戦争…戦争を、始めるだって?
「私が…なんのために…」
力をおとす、ネイムレス。
「僕は…負けた…どころか…何も…できなかった…」
呆然としている毬藻。
そして。
「とりあえずお腹すいた」
「賞金…もらえるのかなぁ?」
いつも通りマイペースな僕とルクがいた。




