第2話 果実と硝煙
風がやんだ。
耳鳴りの中で、僕は灰色の世界を見ていた。
さっきまで青かった空は、今では埃と肉の焦げた匂いで満たされている。
開いた城門の奥に、さまざまな宝石で着飾った小太りの男の姿が見えた。
年のころは40代半ば、くらいだろうか。
やせこけた民衆と真逆のその豪奢な姿は、持つものと持たざる者、奪うものと奪われるものの差をはっきりと示していた。
ローウィン卿。
間違いなく、この地域を支配している領主の姿だった。
「ワシに歯向かう愚か者どもよ!もう、お前たちなどいらぬ!」
高笑いを浮かべながら、手をあげる。
城の奥から、異形のモノたちが溢れてきた。
巨大な体躯に牛の頭をのせているバケモノ。
二本足で立つ巨大なトカゲ。
長い触手をうごめかす陸に上がった巨大なイソギンチャク。
ありとあらゆる「異形」のモノたちが、雲霞の如く城の奥から湧き出てくる。
その異形たちの後ろで領主は満足そうな笑みを浮かべている。
口元がゆがみ、目は細まり、鼻はぴくぴくと動いている。
そして、自らの傍らに立っている魔砲少女の肩に手をそえる。
「あのお方から賜ったこの最強の軍団に加えて、最強の魔砲少女まで手にしたワシに敵うものなどあるものか!殺せ!ワシに逆らうものなど、全て殺してしまえっ!」
領主が腕を振り下ろすと、それを合図として、異形のモノたちが一斉に民衆へと向かっていった。
牛のバケモノが手にした斧を一閃するたびに人々は吹き飛ばされ、巻き散らかされ、巨大なトカゲがかみつき、イソギンチャクの触手が小さい子供の大きな大人も一切の差別なく平等に巻き付いて絞め殺していく。
地獄絵図だった。
■■■■■
喧騒の中、僕はただ、立ち尽くしていた。
目の前で人が死んでいる。
目の前で人が散らかされている。
果物を積んでいた木箱は先ほどの魔砲少女の砲撃の爆風によって砕けて、赤い果汁と、赤い血が混ざり合って地面に流れていた。
その中に、小さな手を見つける。
籠を握りしめたまま、手だけがあった。
その先の身体は…ない。
(ありがとう、お兄ちゃん!)
つい先ほど、その手の持ち主だった女の子が言ってくれた感謝の言葉が思い出される。喉の奥がカラカラする。水気のない果物の欠片がまだ喉の奥に残っているかのようだった。
僕の隣に立っていたルクが、地面に投げ出されたカゴから零れ落ちたリンゴを見る。
「ほら、見なよ、海月」
しゃがみこんでリンゴを拾う。赤いリンゴは傷つき、割れていた。
「このリンゴ…まるで心臓みたいじゃないか」
そう言うと、ルクはリンゴを口に含む。かみ砕き、吐き出した。
「まずい…水気もないし、埃も混じっている」
遠くから聞こえる喧騒が、だんだんと小さいものに感じてくる。
代わりに聞こえてくるのは、心臓の音。
どくん、どくんと脈打つ、僕の心臓の音。
「さあ、それで海月、きみはいったい…民衆と領主、どっちの味方をするのか決めたのかい?」
楽しそうに、ルクがたずねてきた。
僕は目を閉じて、目を開いて、足元に落ちている少女の手を見て、その切り口から流れおちる血を見て、いった。
「どちらの味方もしない」
懐に手を入れる。
固いそれを手にする。
鍵。
青白く輝く、鍵を取り出す。
「けど、敵は決めた」
トレーラーの荷台に飛び乗り、かけていたシーツをはぎ取る。
そこに横たわっているのは…巨大な鉄騎兵。
灰色の甲冑に、紅の単眼。その胸のハッチを開けると、僕は鉄騎兵の中に乗り込んだ。
鉄の塊に包み込まれる。
僕の吐く息の音だけしか残らない。
僕は手にした鍵を差し込むと…回す。
「アイゼン・フランメン・ケーニヒ・アイゼン」
愛機の名前を口にする。
巨大な重低音が響き渡る。
空気が震え、砂埃が舞い散っていく。
「起動」
鉄騎兵が立ち上がり、その重量で乗っていたトレーラーが沈み込む。
サスペンションがきしみ、金属と金属のこすれる音が轟いていく。
「あははははははははははは!はは!はははははは!」
高笑いをあげているのは、ルク。
その赤い瞳は歪み、銀髪をたなびかせながら、心の底から嬉しそうに笑っている。
「いいよ!海月!やっぱり、きみは、いい!最高だ!最高だよ!」
巨大な鉄騎兵がルクの隣を通り過ぎていく。
一歩あるくたびに、地面が揺れて、跡が残る。
手にしているのは、巨大な剣。
武骨で、一切の装飾もなく、ただ、破壊するためだけに存在する剣。
鉄騎兵のモニターの端に、地面に落ちていた小さな手が見えた。
僕はそれを…踏みつぶし。
「行くよ、アイゼン」
愛機の名前を言うと…鉄騎兵は飛び上がり、異形のバケモノたちの中へと舞い降りていった。
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鉄騎兵は剣を一閃し、牛頭のバケモノを、文字通り…まき散らした。
腰から上を失ったバケモノは、物言うこともなく地面に倒れこむ。
バケモノたちの視線が一点に集まる。
先ほどまで民衆たちを狩っていたいたバケモノたちは、今度は一転、狩られる立場へとおちいっていた。
バケモノたちが鉄騎兵を見上げる。
つい先ほどまでは、民衆を見下ろしていたその目は、今は自分たちの終わりを告げにきた死の形を体現した鉄騎兵を見上げている。
バケモノたちよりも、大きい。
バケモノたちよりも、重い。
バケモノたちよりも、早い。
ただ単純に、それだけのことだった。
「さようなら」
僕は鉄騎兵の中で、誰に聞かせるでもなく、ただ自分の耳に入るだけの言葉を漏らす。
剣を振り下ろし、トカゲのバケモノを叩き潰す。
剣を回し、イソギンチャクの群れをまき散らす。
肉片と肉片と肉片と血と肉片と血と血が渦を巻いて地面を彩っていく。
「あはっ…これよ、これこそが、綺麗ってこと!」
僕のはるか後方から、ルクが恍惚とした表情で笑っているのが分かる。
血と光と爆風の中で、まるで花嫁のように美しく、楽しそうに、幸せそうに、笑っている。
瓦礫と血と肉片の中で、ルクはくるくると踊るように楽しんでいる。
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「…あれは、なんだ?」
眼前の光景が信じられない。
領主は、自らの目を疑った。
先ほどまで民衆をミンチにしていた彼の異形の軍勢が、今は逆にただ一機の鉄騎兵によって蹂躙されている。
「あれは…あれはいったい、なんなんだ」
「鉄騎兵です」
領主の傍らにたっていた魔砲少女が、感情をこめずに言う。
「4年前の戦争を…私たち魔砲少女と共に終わらせた兵器」
戦場の勝利を定義づけるのは、魔砲少女だった。
魔砲少女の保有台数こそが、国家の戦力を表すものだった。
比類なき攻撃力と破壊力を持つ魔砲少女。
その砲撃は山を砕き、海を割り、敵兵をミンチへと変える。
ただ、その圧倒的な攻撃力を持っていたとしても、しょせん、魔砲少女自体は生身の女の子。本体を狙われてしまうとそれで終わり。
だからこそ、魔砲少女を「守る」ために生み出されたのが、鉄騎兵。
敵兵から、敵勢力から、敵魔砲少女から、全ての攻撃から「守る」ことが目的。
「問題ありません」
領主の隣にいた魔砲少女は何事もないように口を開いた。
「あのような鉄騎兵など…4年前の戦場にて、数えきれないほど破壊してきました」
「そ、そうなのか」
「領主さま、私におまかせください」
手にしていたランチャーにエネルギーを充填していく。
「私は、あのお方から領主さまに尽くすようにと命じられています。その命を、今から粛々と果たすだけです」
ランチャーが光り輝いていく。
「魔砲少女、第二級巡洋クラス、この戦慄のアフロディーテの前に敵などありませ…」
言葉がそこで止まる。
はじめて、魔砲少女の目が見開かれる。
「どうした?」
隣で領主が怪訝そうな顔をする。
「あ、あ、あ」
魔砲少女が口をこわばらせる。
額から汗が流れ落ちている。
その視線の先。
戦場。
鉄騎兵。
そのさらに先。
銀髪の。
白皙の。
紅の目をした。
「第零級…オリジナル…」
魔砲少女、ルクレツィア=ヴァーミリオン=ブラッドフォール。
通称、ルク。
白銀の少女は宙に浮かび、その背後に8枚の魔法陣が展開される。
光が収束し。
世界が赤く塗りつぶされる。
「…解放…【紅蓮魔砲】」
そのルクの詠唱を、魔砲少女も、領主も、聞くことはなかった。
音よりも先に閃光が舞い起こり、領主も、魔砲少女も、城も、なにもかも。
全てが一瞬にして、蒸発していたのだから。
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「…やりすぎた?」
「それ、こたえる必要がある?」
完全に灰となった城の中を歩きながら、ルクは悪びれることもなく笑った。
お金儲けするために来たのに、金目のものも全てひっくるめて、ルクが消し飛ばしてしまっていた。
明日の食事、アイゼンのメンテナンス、ガソリンに水、それにルクが遊ぶための細かな玩具の数々…
「全部なくなっちゃってる…」
「まぁいいじゃない。こいつら、悪いことしていたんだし」
舞い散る灰の中で、ルクは軽く手を振った。
「…君がそんなことを気にかけるとは思わなかった」
「理由なんて、あとからいくらでも後付けできるものよ」
そう言うと振り返り、いたずらっぽい表情で笑いかけてくる。
「少しは退屈しのぎもできたしね」
「…はぁ、まったく…」
君ってほんと、退屈知らずだよね、と僕はこぼす。
「退屈は死よりも怖いもの」
光の中、ルクはにやっと笑う。
その咥内から、二本の鋭い犬歯が零れだしていた。
「海月、あなたも2000年くらい生きてみたら、それが分かるわよ」
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ローウィン領。
かつて、ローウィン領と呼ばれた地。
灰となった城跡と、生き残った人々がそれでも住まう地。
悪徳領主が討たれたからといって、生活が楽になるわけではない。
夢と希望の後には、厳しい現実が彼らを待ち受けていた。
支配者がいなくなったなら、次の支配者が来るまでのことだ。
魔砲少女と鉄騎兵が通り過ぎた後。
結局、ここから離れることもできない人々ができるのは、「次に来る支配者が、前よりは少しでもマシな支配者でありますように」と望むだけだった。




