第1話 海月とルク
先の戦争が終わって4年。
世界はいまだ復興のめどもつかず、ありとあらゆるところで混乱が広がっている。
砂と、風と、血と、鉄の匂いこそが、今の世の中を構成するすべてになっていた。
そしてそんな時代だからこそ…自由を求めてさまよう者たちが、本当の意味で自由に世界を駆けずり回っていくことができていたのだった。
「ねぇ、ルク、本当に行くつもりなの?このあたりって、本当にヤバイって噂なんだけど」
「当り前じゃない海月。退屈なんだもん、わたし」
砂塵の中を、一台のトレーラーが走っていた。運転席でハンドルを握っているのは、まだ表情にあどけなさも残る青年、水瀬海月。ヒビの入ったゴーグルを額の上にかけた海月は、視線は前にむけたまま、助手席に座ってルービックキューブで遊んでいる銀髪の少女に語り掛けた。
「僕、嫌だよ。命あってのものだねっていうし、さっさと帰ろうよ」
「なに、海月。死ぬのが怖いの?」
「当り前じゃないか」
「まだまだお子様ね」
そう言う少女の名前は、ルクレツィア=ヴァーミリオン=ブラッドフォール。
あまりに長いので、海月からは「ルク」の愛称で呼ばれている。
海月のことを「お子様」と呼んだルクの容姿といえば、長い銀髪に、透き通るような白皙の肌。燃えるような赤い瞳をもった、控えめにいっても10歳を超えたばかりの幼女であった。
「世の中には、死ぬことより怖いことなんて山ほどあるのよ」
「そんなの死ぬまで経験したくはないなぁ…」
「ほら、見てみて、海月!」
嬉しそうに笑うと、ルクはトレーラーの窓の外を指さした。
きれいな白い指の先には、深紅の爪が長く伸びている。
そして、その突き出した指先の示した向こう側に…
案山子がみえた。
何百…いや、何千という案山子が、道の両脇に綺麗に並べて立てられていた。
そのすべては鉄の針に貫かれており…
よく見てみると、そのすべてが、人間の死体だった。
死体の尻から口に抜けるように鉄の針が差し込まれていて、風と砂ぼこりに揺らめいている。
「あはははは。なにこれ、なにこれ、ほんっと、趣味悪いわね」
「…本当…趣味悪いよ…」
「背の高さも性別も脈絡なく適当に並べているだけ…芸術性が足りてないわ。私がやるなら、もっと美しく…綺麗にそろえて並べて晒してあげたのに!」
「…本当、趣味悪いよ」
海月はため息をついた。
隣で高笑いするルクと出会ったのは、もう4年以上も前になる。
ルクに出会ったせいで…ずいぶんと、人生が変わってしまった気がする。
「それにしても、なんでこんな趣味悪いことするんだろう?」
「え?海月、それ、本気で言ってる?」
「本気も本気。善良な僕には1ミリも分からないよ」
「こんなの、見せしめにきまっているじゃない」
「みせしめ?」
「そう、みせしめ」
そう言いながら、ルクはにやっと笑った。
薄紅色の唇の間から、長い犬歯が覗いてくる。
蠱惑的で、刺激的で、それでいて、魅惑的な笑顔だった。
「俺たちの国に手をだしたら、こんな風になるぞ、っていう、みせしめ」
「…」
「私もやったことあるから分かるよ」
「…やったのかよ…」
そう言いながら、アクセルをベタ踏みする。
こんなところに長くいたくはなかった。
少しでも早く、この場を離れよう。
ぶぅんとトレーラーがうなり、小石を巻き上げ、スピードをあげていく。
「…とんでもない領主だな」
「なんで?」
「いや、こんなことするなんて…まともな人間のやることじゃないよ」
「やっぱり海月は若いわね…」
二千年くらい遅れているわ、と、ルクは言う。
「逆よ、逆。まともだからこそ、こんなことやるのよ」
「なにがまともなの?」
「俺たちの国に手をだしたらこんな風になるぞ、ってアピールするってことは、つまり、俺たちの国に手をだすな、っていうことじゃない?」
「…まぁ、そうだね」
「ということは、攻められたくないって判断できるだけの頭は残っているっていうことよ」
なるほど…と、思う。
隣でルービックキューブをいじっているこの見た目幼女は、だてに長生きしてはいない、ということだった。
「頭もある、判断もできる、それをするだけの力もある」
ルクが、にちゃぁっと笑う。
「…けれどあいにく、想像力だけは無かったみたいね」
そういうと、手にしたルービックキューブを軽く投げた。そのまますごい勢いでいじりはじめる。みるみるうちに面がそろっていく。
「恐怖で支配しようとする頭はあったのに、恐怖にかられた民衆が恐怖から逃げ出すために反乱を起こすかも、っていう想像力は足りていなかったということよ」
ルクはルービックキューブを掴むと、海月に向かって放り投げた。
もちろん、運転している海月は受け取ることができない。
それは海月の上を通り過ごして、窓にあたって足元に落ちる。
「…ルク、運転している僕が手に取ることができないって、想像することは出来なかったのかい?」
「かのように、世の中、全て思い通りにいくとは限らないってことよ」
そう言いながら、ルクはしゃがみ込んで、足元に落ちていたルービックキューブを拾った。
「この地方の領主であるローウィン卿は、いま、民衆の反乱にあって大変なことになっている。だからこそ、私たちのつけいる隙が生まれる」
にやっと笑って、ルービックキューブを僕の膝の上に置く。
「僕にとっては…当面の生活費を」
「私にとっては…楽しい遊び場を」
手に入れるチャンス、と、2人の声がそろった。
笑いながら、アクセルを踏む。
どちらにせよ、このまま何もしなかったらガソリン切れでこの荒野の中に立ち往生だ。ならば、どんな小さくて細いチャンスでも見過ごすわけにはいかない。
海月はパートナーであるルクの方を見て…
目の端に、膝の上に置かれたルービックキューブがうつった。
「って、完成していないじゃないか!」
そこには、綺麗に4面だけがそろったルービックキューブが置かれていた。
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「すごい人の数…」
城の近くまで来た海月はトレーラーのエンジンを止めると、目を細めて眼前の光景をながめた。
そこには、閉じられた門の前に集まる数百人の民衆の姿があった。
それぞれみんな、着ている服はボロボロだった。
髪の毛もボサボサで、目はギラギラと開かれている人がほとんどだった。
「みんな大変そうだなぁ…」
そう思っていたら、トレーラーの扉をこんこんと叩く音がする。
なんだろう、と思っていたら、籠に果物を入れた少女がこっちを見上げていた。
「…旅の人、新鮮なフルーツはいかがですか?」
汚れた窓越しに見てみる。新鮮、ねぇ。
どうみても薄汚れていて、おいしそうには見えない。たぶん底の方にある果物にいたっては腐っているんじゃないだろうか。
でも、まぁ。
なんか、可哀そうだし。
「これでいいかい?」
窓をあけて、小銭を渡す。
お金を稼ぎにこの地方にきたはずなのに、お金はどんどん減っていくばかりだった。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
そう言うと少女は、背伸びして窓の傍に籠を持ち上げてくる。
やっぱり、底の方にある果物は腐っていた。
慎重に、痛みのすくない果物を手に取る。
一礼をして、走り去っていく少女の後姿を眺めながら果物をかじる。
苦くて、まずい。
吐き出しそうになりながら、城に詰め掛けた民衆をもう一度見返してみる。みんな、ひどい格好だ。
いま、自分が食べた果物ですら、彼らにとっては貴重品なのだろう。
全員が怒号をあげながら、口々に領主に対する文句を叫んでいる。
「それで海月、どっちの味方をするの?」
両手で知恵の輪をいじりながら、ルクがそう問いかけてくる。
何を当たり前のことを…と思いながら、一応、こたえてみる。
「もちろん民衆だろ?」
「あなた馬鹿ね」
知恵の輪を引っ張りながらルクは言った。
さっきからもう何時間もこの知恵の輪と格闘しているルクは、そろそろほどくのではなく、力任せに引きちぎろうとしているのではないか、と思えてくる。
「民衆に味方して、なにをもらえるっていうの?」
「それは…」
そう言いながら、もう一度、民衆の方を見る。
着ている服はボロボロ。髪もボサボサ。うすよごれた人の集団。
「…お金には、なりそうにないけど…」
「海月が欲しいものはなに?」
「…お金と安心」
「こいつら、お金持っているように見える?」
「…みえない」
「でしょ?」
ぷちん、と音がした。
ルクが手にしていた知恵の輪がねじ切れていた。
「悪い領主を懲らしめましたーって気持ちよくなるのが目的なら別に止めないけど、目的がお金なら、お金持ってる方に味方するのが得策よ」
城を見る。
閉じられた門の向こう側には、領主がいるはずだ。
民衆にこれだけ問い詰められている領主が…領地の端に、見せしめの死体を並べるような領主が。
「強いものと、弱いもの、得したいなら味方するのは強い相手にしなさい」
そう言いながら、ルクは懐からまた別の知恵の輪を出した。今度はさっきのよりも少し簡単な知恵の輪だ。さすがにこれなら引きちぎられることはないだろう。
「それは…そうだけど…」
もう長い間、まともな補給もできていない。
トレーラーに積み込んだアイゼンのメンテナンスもろくに出来ていない。
生きるには、お金が必要だ。
文句を言うのにだってお金がいるのだから…お金が手に入るほうに助太刀するほうが賢い生き方なのかもしれない。
「あなたのアイゼンなら、こんな民衆をけちらすことなんて簡単でしょう?」
「それはまぁ…そうだけど」
でも、なぁ。
なんか納得がいかない。
心がもやもやする。
なんか腹がたってきたので、また知恵の輪と戦いつつあるルクに向かって聞いてみる。
「ならルクはどっちの味方するつもりだんだよ」
「そんなの、決まっているじゃない」
そういうと、にっこり笑って、手にした知恵の輪をまた引きちぎった。
「強い相手と戦える方よ」
と、その時。
ぎぎぎぎぎぎ…という音が聞こえてきた。
見てみると、城の扉が開きかけているのが見えた。
「…さすがの領主さまも、民衆の圧には勝てなかったのかな」
そう思いながら、ぼんやりと眺める。
扉が開く。
そこに立っていたのは。
一人の、少女だった。
「あれが領主…」
なわけないよな、と思う。
あんな小さい少女が…
少女が…
少女。
「海月!」
「分かってる!」
急いでエンジンをかけ、トレーラーに命を吹き込む。
血流のようにガソリンがめぐり、ギアをバックにいれると、揺れながらトレーラーが急速に動き出す。
「…間違いない」
魔砲少女だ。
風がやんだ。
民衆の怒号が、息をのんだように静まりかえった。
その瞬間。
少女は抱えていた巨大なランチャーを構えると、
空気が弾けた。
激しい光は一直線に民衆の中を貫いていき。
光の後から爆音が響き渡り。
民衆の半分が、ミンチになっていた。




