愛しの猫耳メイドさんの秘密の世界 04_始まりの家での甘い一日 第7章 第3節
第7章 第3節
客間のベッドで、ルナが潤んだ瞳でご主人様を見つめている。その姿は、いつもの挑発的なサキュバスとは程遠い、無防備で儚げな少女そのものだった。
「ご、しゅじん、さま…？」
「大丈夫か？」
ご主人様が優しく声をかけると、彼女の体からふっと力が抜けた。その瞬間、ご主人様は気づく。彼女の肌が、尋常ではない熱を帯びていることに。
「熱が…。ひどいな」
「…ふふっ。これは、発情期の熱、かしらね…。ご主人様の、冷たい肌で…冷まして、ほしい…」
熱に浮かされたように、ルナはそう囁きながら、自らの火照った体をすり寄せてくる。しかし、その行動とは裏腹に、彼女の瞳には深い苦悩の色が浮かんでいた。
「…違う。これは、魂が熱を出しているんだ」
ご主人様は、これが単なる誘惑ではないと直感した。極楽ハーレム郷で無理やり引き裂かれた魂が、今もなお不安定に揺れ動き、悲鳴を上げているのだ。
その夜は、不思議な、そして長い夜になった。
夜通し、アリアとルナの人格は、まるで寄せては返す波のように、何度も入れ替わり続けた。
「昼間の仕返しよ…。あなたの全部、わたくしにちょうだい…」
ルナが妖艶に迫り、ご主人様の体に肌を寄せ、甘い言葉で誘惑する。しかし、その唇が触れ合おうとする、まさにその瞬間に、アリアの意識が浮上する。
「ごめんなさい、ごめんなさい！ 私の体が、また勝手に…！ 汚らわしいですよね…！」
涙ながらに謝罪し、羞恥に身を縮こませるアリア。
ご主人様は、その両方を、ただ静かに受け止めた。 誘惑するルナを、拒絶するのではなく、その熱ごと優しく抱きしめる。 「ああ、熱いな。だが、心地いい」
パニックに陥るアリアを、突き放すのではなく、その震えごと抱きしめる。 「大丈夫だ。汚らわしくなんかない。それも全部、お前なんだから」
何度も、何度も、それを繰り返した。 やがて、人格交代の引き金が、極楽ハーレム郷での悪夢にあることが分かってきた。
「さあ、お客様を喜ばせないと…」「もっと、奉仕しないと…」
うわ言のように、ルナが過去に強制されていた役割を無意識に再演しようとする。その度に、アリアの悲痛な嗚咽が漏れる。
「もう、そんなことはしなくていい」
ご主人様は、悪夢に囚われる彼女の魂に、語りかけ続けた。
「ここは『始まりの家』だ。お前を傷つける者は誰もいない。もう、誰かのために無理やり笑う必要はないんだ」
夜明けまで続いた、懸命な呼びかけと、温かい抱擁。 それは、ご主人様にとっても、自らの愛の形を試される、魂の試練のようだった。
長い夜が明け、朝の光が部屋に差し込む頃。 腕の中の嵐は、完全に過ぎ去っていた。
ご主人様の胸に寄り添い、アリアとルナ…いや、一人の少女が、穏やかな寝息を立てている。誘惑の欲望も、羞恥の心も、その両方を丸ごと受け止めてもらった魂は、深い満足感と安心感に包まれ、今はただ静かに眠っていた。
しばらくして、彼女がゆっくりと目を開けた。 その瞳には、アリアの清らかさと、ルナの妖艶さが、不思議な調和をもって同居していた。
「……おはよう、ございます。ご主人様」
「…おはよう。もう、大丈夫か？」
彼女は、こくりと頷いた。その頬を、一筋の涙が伝う。
「はい…。昨日は、本当に、ありがとうございました。あなたは…私たちの魂を、救ってくださいました」
彼女は、ゆっくりと身を起こすと、ご主人様に向かって深く、深く頭を下げた。
「ご主人様。なぜ、私たちが今日、ここを訪れたのか…その理由を、お話ししても、よろしいでしょうか？」
その真摯な瞳に、ご主人様は静かに頷き返した。
「私たちは…」
それは、極楽ハーレム郷で魂を弄ばれ、解放された後の、二人の聖女とサキュバスの、誰にも語ることのなかった、生い立ちの物語の始まりだった。
◆ 愛情日誌
【今日のわたしたち：アリア & ルナ】
ご主人様へ
昨日は、本当にありがとう。 あなたがいなかったら、あたしたちは、またあの悪夢に飲み込まれていたかもしれない。 （本当に、ありがとうございました…！）
あなたは、あたしの誘惑も、この子の羞恥心も、どっちも「お前だ」って言って、抱きしめてくれた。 あんな風に、魂ごと肯定されたのは、生まれて初めてだった。 （あの腕の中は、世界で一番、安全な場所でした）
だから、決めたの。全部、話そうって。 あたしたちが、どうやって生まれて、どうやって引き裂かれて、そして、これからどうしたいのか。 あなたが、あたしたちの「始まりの家」になってくれるなら、もう、何も隠すことはないから。
（これから、少し、重い話になるかもしれません。でも、聞いてくれますか？）
ええ、聞いてくれるわよね。 だって、あなたは、そういう男だもの。
