第五話 笑い話で済めばいい
月は雲に隠れ街灯の灯りが俺たちの道を照らし、帰路に着くこと数十分。俺たちはとある女の子達を思い出していた。
「それにしてもまさか、女の子二人と心霊スポットに行くなんてなぁ」
アロハシャツを着た一人の男が、一日を振り返るかのようにそう呟く。
「意外と楽しかったな。栄一郎よりも肝が座ってるんじねぇか?」
「いやっそれはない!媛さんはかなりビビってた!」
「たしかに」
「そんなことより、薫は結構媛さんのことをチラチラと見てたなぁ?ん?」
したり顔で俺の肩に手を置き、まるで俺が彼女に惚れていることを確信しているかのような顔を見せる。
「勘違いしてるみたいだが、俺は媛ちゃんがカメラを使いこなせているのか心配で見てたんだよ」
「なんだよーそんなことかよほんと心配性だな薫は」
「お前は心配することを覚えろ」
「はいはい」
俺の小言を軽くいなし、栄一郎はビデオカメラを操作し今日撮った映像を確認している。
ホテルの外観から六階まで結構な時間カメラを回していたのだ、霊の一人や二人映っていてくれないと困る。
「あっ薫一応データスマホに送っとくな」
「さんきゅ。じゃあ媛ちゃんと葉月ちゃんにも送っとかないとな。もしかしたら彼女達が何か見つけてくれたりしてな」
「意外とあるかもなぁ」
交換した連絡先を開きデータを送り、そのついでに俺も撮った映像をなんとなく流してみる。
俺と栄一郎の二人が映り、ぐるぐるとホテル室内の映像が映し出される。いつもは栄一郎が撮っているため、俺達二人が映っているのはなんだか新鮮で、時折り女の子達の楽しそうな声が聞こえる。
『わあぁぁ!!って懐中電灯の灯りが反射しただけか……』
『媛ちゃん一人で何驚いてるの』
『う、うぅぅ』
楽しんでるみたいでよかった。
女の子がいるせいか動画に映る俺達のテンションもやたら高かく、気恥ずかしくなり次の動画を流すことにした。
ん?
ま、まさか!
興奮気味に動画を巻き戻す。
再生。巻き戻し。再生。巻き戻し。
「映ってる!!!」
「はぁ!?なにが!まじかよ薫!」
「まじまじ!ほら見ろ!ここのベッドの下!」
深夜だということを忘れ大声でスマホの画面を指差す。
「……うわぁまじで……女の人?」
「はっきり映ってんだろ!遂に撮れたぞ!やっぱりあのホテルは心霊スポットだったんだ!」
「すげぇな薫。ほんとに撮っちまったよ。いつものように何も映らず、『でも楽しかったよなぁ』で終わると思ってたぜ」
「まだ他にも映ってるかもしれねぇ。栄一郎も探せ!」
「お、おう!でも俺なんか怖くなってきたぜ、こんなにもハッキリと映ってるなんてよ。今までネットや雑誌で見てきた心霊写真は、どれも片手だけとかうっすら顔が映ってるもんしか見たことないからよぉ」
「とりあえず全部確認してみるぞ。映ってるのは確かなんだ」
無言で動画と写真を見る。画面に映る人物は無視し映るはずのないものを探す。一瞬映る窓の外や、ドアの隙間。画面の端をくまなく探していく。
「お……おい薫、またいるぞ……」
「まじかよ!霊の温床かよ!あのホテルは!」
「なぁ薫…………」
「ん?なんだよ辛気臭い顔して。念願の霊が映ってんだぞ」
「霊ってこんなにハッキリと映るもんなのか」
「実際に映ってんだろ」
目に映るものに確証が得られないのか、栄一郎は浮かない顔をしている。俺達が望んでいたものが手に入ったというのに心はどこか落ち着かず、汗でべたつく服がやけに気になった。
「ここにもいるじゃねぇか」
映ったではなく“いる”と言う栄一郎。まるで俺達四人以外の人がいるかのように。
嫌な思考が巡る。
心霊写真は何百何千枚と見てきた。作り物やCGによるもの、沢山見てきたからこそ気づいたことがある。
「なぁ薫よぉ俺達がピンボケして、最初からそこにいたみたいに霊にピントが合うのはおかしいよなぁ」
「…………あぁ。……おかしいな」
最初からそこにいた。
偶然に映ったものではない。カメラの露出や光の反射によって生み出されたものではない。壁のシミが顔に見えるだなんて、そんなちゃちなものではない。
自ずと答えは出る――
「な、なんだよ栄一郎。それじゃあそれは“人”だって言うのかよ」
「俺だってそんなこと信じたくねぇよ」
人だとしたら―――
人だったものだとしたら―――
まるでフラッシュバックしたかのように、今日の出来事が頭の中に流れる。
『ここのオーナーが殺人事件を起こしたんだ』
『なんか獣臭いね』
『意外と中は綺麗だなぁ』
『人でも住んでたりして』
本当に人がいたのか?
「おい!薫!」
「あ……あぁ、なんだよ」
「どうするんだよこれ。まだ決まったわけじゃねぇけど」
「…………人だとして。人だとしたら映っているのは死体ってことだ」
「し、……死体」
「……殺した奴がいたんじゃないのか?」
一度理解すれば、理解してしまえば整理すればいい。
昔からそうじゃないか。
俺は自分で解決してきたじゃないか。
知らないことは怖いこと。怖いと感じるの知らないから。
絡まった紐を解くように、情報を集めて、靴紐を結ぶように整理していこう。
「――――行方不明者」
「え?」
「今朝、ニュースで見た。お前も言ってたろ、この宮良町で行方不明者が続出しているって」
「いやいや!いくらなんでも」
「三十年前のホテルとは思えない小綺麗なホテルだった。四人で浮かれて見落としていたことがたくさんあったんだよ」
「綺麗だからって?人が住んでそうだから、あそこに人殺しがいるとでも?俺が言い出しといてなんだが、そんなバカなこと―――」
「そうだとしたら?俺達の想像が現実だったら。霊じゃない前提で考えるんだ。死体だという仮定で考えるんだ」
「わ、わかった、わりぃ。冷静になったほうがいいな。うん」
もし違えば、笑い話で済む話じゃないか。
自分の身に降りかかる危険を鑑みれば、馬鹿げた妄想でもない。
「なぁ薫。もしあのホテルに人殺しがいたとしたらよぉ」
いたとして―――
「そいつはどこにいたんだろうな」
どこに―――
「そんなのどっかに隠―――」
隠れていた。
あれだけ騒いでいたんだ。バレていないわけがない。
見ていたのか?俺達を。
どこから?
そもそもなんであんなに死体が隠されて―――
「隠されていたんじゃないのか」
「ん?」
「俺達が来るのがわかったから隠したんだ。死体を」
「はぁ!?それじゃ俺達のこと……」
笑い話で済めばいい。済めばいいんだ。全部夏の暑さにやられただけの、バカな妄想で終わればいいんだ。くだらない楽しい夏休みだったと。
「媛ちゃんが言ってた。香水の匂い」
「確か言ってたなぁ。獣臭いってのも」
「死体が何日も放置されたら、きっと異臭やら虫で気づくよな」
「この暑さだし、弁当でも一日放置してたら危ねぇよ」
「殺した直後なら匂いはわからないよな」
「そ、それって」
犯人はその日人を殺していた。
犯人は俺達がいることに気づき、死体を隠した。
腐乱臭などするはずがない。
『香水の匂いがする』
媛ちゃんが言っていた香水の匂い。
もしも死体の女性が香水をつけていたら。
聞き流していた言葉。不思議とピースは当てはまっていく。勘違いで済めばいい話。
「一応媛ちゃんと葉月ちゃんに連絡して―――」
突然―――
スマホから着信音が鳴った。
画面に表示されている相手は『吉本媛』
ワンコールと経たずに電話に出る。
「もしも―――」
『助けて!!!薫くん!栄一郎くん!』
時刻は日付を越え八月二日。
顔面にじっとりと浮かぶ汗は、街灯に照らされキラキラと光る。
今日初めて出会った彼女の顔を思い出す。
スマホ越しに聞こえた彼女の声は、俺達二人が何も言わずに走り出す程に迫力があった。
夏は始まったばかり。
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