第四話 見ている
「よしっ帰ろう!」
こんな事件現場に肝試しに来るなんて、気が触れているとしか思えない。
僕は震える手でギュッと葉月を抱きしめる。
「媛ちゃんせっかくきたんだから少しだけでも見て回ろうよ」
「ちなみに俺達はここの宮良山ホテルに賭けているぞ。最後の心霊スポットだからな」
「おい薫。媛さんと俺が怖がってるんだもっと優しい言葉をかけろ」
「栄一郎はともかく、媛ちゃんはどうしよっか。ここで一人で待たせるのもなぁ」
「一人で待つ!?行く!行くから!みんなで!四人で行こう!!」
危うくこんな場所で一人になる所だった。ま、まぁ四人もいるし何もないだろう。
あと僕を騙してここに連れてきた葉月には絶対にデザートを奢らせる!
(葉月の勘違いで騙したつもりはない)
「よしっじゃあ行くか」
「「おー!」」
「お、おー……」
僕以外の三人は乗り気らしい。
◇◆◇◆◇
『宮良山ホテル』
六階建てのホテルの外壁は蔦や苔に覆われ、だいぶ劣化が進んでいるようだ。
しかしながら三十年もの間放置されていたとは思えない程に、周囲は見渡しやすくホテル周辺の草木はあまり生い茂っていなかった。
まるで誰かが整地していたかのように。
そんな疑念は恐怖の前では何の役にも立たず、蒸し暑い空気によって上書きされた。
「なんか臭いね。それに香水っぽい匂い」
僕は鼻が敏感でよく効く。友人の服に使われている洗剤や香水を変えた日にはすぐにわかるくらいに。
嗅いだことのない匂いだ。獣のような匂いもするし、それになんだか香水?のような匂いがする。葉月と僕は香水はしていないから、薫くんか栄一郎くんの匂いが僕に流れてきたのかな。
努めて人の匂いを嗅ぐわけじゃないので、香水の匂いは風と共に流れていった。
「たしかに言われてみれば臭いな。獣臭いというかなんつーか」
「おっ確かになー」
「媛ちゃんは鼻が良いからね。私も言われなきゃ気づかなかった」
三人も気づいたらしく、スンスンと鼻を鳴らす。
「まぁ山奥だからな、熊はいないが猪ぐらいはいるだろう。近くにいるかもしれないから一応気をつけて行くぞ。あっそれと媛ちゃんと葉月ちゃんはもし猪に遭遇したら、迷わず栄一郎を盾にしていいからな」
「おい」
「「うんわかった」」
「素直かっ!」
薫くんの冗談に少しだけ恐怖が和らいだ気がした。
薫くんと栄一郎くんが予備の懐中電灯を僕達に貸してくれ、各々が周囲を照らす。
というか僕達は懐中電灯なんて用意していなかったなぁ。葉月と二人だけできてたら色々とマズかったかも。
「俺達が前歩くから、二人はゆっくり着いておいで」
「意外と中は綺麗だなぁー」
「うわぁぁ媛ちゃんついに入っちゃったね!」
「葉月は左右を僕は後ろを照らすから。死角がないようにっ」
「媛ちゃんはりきってるね!」
なんだか勘違いされているが僕はそれどころじゃない。
暗闇で見えない恐怖と、照らした先にもし何かがいた場合の恐怖が同時に襲いかかってくる。
はっ!………………はぁぁぁぁぁ!後ろを振り返るのも怖いぃぃぃ!
ホテルのエントランスに着くと三十年前に使われていたであろう、テーブルや椅子が所々に配置されているのが見えた。壁や天井はヒビ割れており、床にはいくつか黒いシミがあるのが見られた
想像していた廃墟よりも物は少なく、酷く汚れていることもない。これといった問題は見られないと判断した僕は全フロアを回るのもすぐに終わるだろうなと考えていた。
「媛ちゃん撮影係お願いしてもいい?」
「撮影係?」
「いつもは栄一郎に任せてるんだけど、ここが最後のスポットだから栄一郎と二人で映ってる映像記録を残したくてさ」
「そういうことなら任せてよ」
「薫ぅー照れくさいこと言うなよぉー」
「大葉さんも栄一郎さんも仲がいいんだね」
薫くんからビデオカメラを手渡され、僕は慣れない手つきでカメラを構える。
「あっもちろん二人も全然映っていいからな」
「じゃあ私とかわりばんこで撮ろっか。私も媛ちゃんとの思い出残したいしっ」
「そうだね。せっかくここまできたんだもんね」
カメラの画面越しに映る葉月は少し恥ずかしそうに笑っていた。
肝試しもちょっとだけ楽しい……かな?
◇◆◇◆◇
僕達は二階三階と、カメラを回しながらホテル内を探索していた。
調理場の道具は残っていたり、残されていたいくつかのベッドはまるで当時のままのように整えられていた。
「廃墟ってのはあんまり入ったことないが、人の手がなくても意外と綺麗に残ってるもんなんだな。ここの部屋とか客室のスリッパも揃えられてるし、案外誰か住んでたりして」
「まるっきり三十年放置されていたわけじゃないかもしれないな。ってか怖いこと言うなよ薫。俺はビビりなんだからな」
「どうしたのさ二人とも」
「ん?いやぁ栄一郎がすげぇビビりって話さ」
「薫!俺は自分で言うのはいいが、人に言われると心に刺さるんだ!」
「めんどく繊細かよ」
薫くんと栄一郎くんの掛け合いにふふっと笑みをこぼし、ぎゅうぅぅぅっっと目を閉じながら僕はカメラをぐるっと回して部屋を撮っていく。
近くに人がいるとはいえ、怖いものは怖い。
ちゃんと映っていなかったら後で謝罪しよう。
虫に驚く葉月や、スマホのカメラに映る白いモヤにはしゃぐ薫くんと栄一郎くん。
恐怖もだいぶ和らぎ、みんなで写真も撮ったりなんかして、僕はすっかりと浮かれていた。
同年代の男友達なんて初めてで、不思議と気を遣うこともなく会話は続く。きっと彼らの人柄なのだろう。
最後尾でカメラを回す僕を、先頭を歩いている薫くんがチラチラと振り返り数十秒に一回目が合う。
ふふっ怖がっていた僕を心配してくれているのかな?
出会って数時間だけど、彼の優しさに気づいたことは少しだけ嬉しかった。
四階五階六階と僕達はつつがなく探索を終え、ホテルを出た。なんだか名残惜しい気もするし、ホッと一安心もする。
室内で蒸されていたせいか外の空気は冷たく感じ、開放感に包まれた。みんな汗だくで早く家に帰ってシャワーを浴びたい気分だ。
「ふぅこんなもんかなぁー。みんなももう満足したか?」
「おう、満足満足。なんか女の子達と来るなんて新鮮で面白かったな薫」
「大葉さんと栄一郎さんの心霊知識も聞けて楽しかったよ!」
「僕はもうこれっきりにしたいけど。うん……楽しかったね」
下山途中に、薫くんが怖い話をしてきたのは忘れない。絶対に。
◇◆◇◆◇
僕達四人は連絡先を交換し、二人は地元の穴場の観光スポットを教えてくれると約束してくれた。
四人で談笑しながらあっという間に僕達の泊まるホテルまで着き、薫くんと栄一郎くんと別れた。
まだ夏休みは始まったばかり、きっとまたすぐに会えるだろう。次はどこに行こうかなんて考えるのはきっと今日が楽しかったからに違いない証拠だった。
シャワーで汗を流し寝巻きに着替えベッドに入る。
時刻はとっくに日付が変わり、スマホの画面に映る日付は八月二日となっていた。
お互い横になり目を瞑る。
目を瞑りながら今日の出来事を振り返り、ゆっくりと思案する。何時に起きようかなぁ、お昼まではゆっくり寝たいな。きっと葉月もぐっすり寝るだろうし、遅めの昼食をとって帰りの電車に乗ればきっと夕方までには甘い匂いが漂う我が家に帰れるだろうと、ある程度のスケジュールを考えていると隣で横になっていた葉月が話しかけてきた。
「大葉さんも栄一郎さんもいい人達だったね媛ちゃん」
眠そうな目を擦りながら、つい先程まで一緒にいた彼らの話をし始める葉月をみて、僕はふと思い出した。
「だね。ってそうだ葉月!僕は忘れていないよ心霊スポットのこと騙したね!あんな怖い背景がある場所だったなんて!」
「ちっ違うよ!!ほんとに勘違いで!」
「ほんとかなぁ。事件があった話をしたら僕が行かないと思って、黙ってたんじゃないの?」
「ないないない!そんな意図はないから!」
「まっそういうことにしといてあげる。その代わりデ・ザ・ァ・ー・ト。奢って欲しいなぁ」
「え!絶対それ高いやつじゃあ……」
むぅーーーー。頬を膨らませながらあわわわと目が泳ぐ葉月をジッと睨むと、葉月は観念したようでベッドからモゾモゾと出てくるなり僕の腰にギュッと抱きついてくる。
「うぅ……デザートはちゃんとご馳走するから。ごめんねぇ騙したつ――――」
ブブブッブブブッブブブッ。
葉月の話を遮るかのようにスマホのバイブ音が鳴った。
「あっ薫くんからだ。今日の撮影した動画と写真が送られてきたよ」
「見たい!見たい!」
先ほどの落ち込みはどこへ行ったのか、僕の腰に抱きついたまま僕を左右に揺さぶる葉月。
「わかった!わかったから揺さぶらないで」
「もしお化けが映ってたら大葉さんと栄一郎さん発狂するね」
「僕は別の意味で発狂するね」
二人で横並びになり、スマホの画面を覗く。一枚一枚思い出しながら、ゆっくりとスライドしていく。
「あっこれ媛ちゃんが自分の影にびっくりしてるところだね」
「うぅぅあの時はほんとに焦ったんだから」
「その写真は媛ちゃんが窓に反射した懐中電灯の灯りをみてびっくりしてるところだね」
「僕はびっくりしている写真しかないのかな……」
これは薫くんがピースをしている写真だ。あっこっちは僕と二人で撮った写真。これは―――って!!どうして薫くんばかり探しているのさ!う、うん深い意味はないから。それに出会ってまだ一日も経っていないし!葉月に揶揄われるのは避けなければ!
僕はニヤニヤ顔を葉月に悟られないようにスマホの画面をスライドしていく。
いくつかの動画を開いていく。
薫くんと栄一郎くんの歩いている背中が映り、カメラがゆっくりと横を向くと葉月の横顔が映った。
104号室・105号室・ベランダ・お風呂場・調理場・非常階段・従業員の休憩室と沢山の部屋の様子が次々と映し出される。
よかったちゃんと撮れていたみたいだ。
次の動画はっと――
あっ薫くんと僕が映っている。葉月に撮影係を変わった時に撮っていてくれたのだろう。
なっなんだか葉月に見られるのは恥ずかしいな。
軽くイジられるかと思っていたが葉月は何も言わずに、いつもならすぐ僕をイジってくる彼女はスマホの画面を眺めていた。
ん?なんだ葉月は睡魔に襲われているのか。目も虚で人差し指の爪を噛んでいる。
まったく一人で焦って馬鹿みたいじゃないか。
内心一人で葛藤していた僕は焦りを誤魔化すためか、サッサっと次の動画にスライドしていく。
葉月はじっと画面を見ている。
ジッと。ジィっと。
みてみてみてみて。
葉月は映っている誰かを見ていなかった。僕でも薫くんでも栄一郎くんでも自分でもない。映るはずのない何かを。
探しているのだろうか。
ジッと。ジィっと何かを見ている。探している。
僕は動画を止める。
ハ…………イナ……
葉月?
よく見ると葉月の口元が震えている。
「ど、どうしたの葉月。まさか!お化けが映りこ――――」
「媛ちゃん」
僕に目も合わせずに口を開く葉月。
「質問……していいかな」
異様な雰囲気に押されたのか、声はでない。葉月は僕の返事を待たずに質問を投げかけてきた。
「写真を見てふと思ったんだ。いやなんでかなぁとかは考えていたんだけど。媛ちゃんを不必要に怖がらせたくなくて、あまり考えないようにしてて…………でも今ホテル周辺の写真とか、みんなが映っている動画とか色んな部屋が映るのを見て気づいたの」
あまり要領を得ない葉月の言葉に耳を傾ける。
ハン……ツカ…………イナイ……
「宮良山ホテルの周りさ……綺麗だったよね。整地されてるというか、さ」
まるで誰かが整えていたかのように―――
「ホテルの中はゴミもなくて何かが散乱していた部屋もなくてさ」
まるで誰かが片付けていたかのように―――
「調理場の道具が綺麗に残っていて」
まるで誰かが使っていたかのように―――
「ど、どうして綺麗な部屋が残っていたんだろうって」
まるで誰かが住んでいたかのような―――
感じていた違和感を掻き消すほどに、一緒にいた人達との安心感が思考を麻痺させていたのだろうか。
誰かが、いた?
あまり深くは考えないようにしていた。
「映ってるの」
何が―――
シャワーを浴びたばかりだというのに、夏だというに。僕の体は酷く冷たく震えている。
「ベッドの下に女の人が」
言葉は止まらない。
「この部屋のベッドの下には男の人が。こ、ここのお風呂の換気扇のとこには、別の女の人が映ってるの」
一人じゃない―――
「お化けが映って―――」
「違う……の」
「え?」
「お、お化けだと思ったの。でも違う、それだと違和感が拭えない。ほ、ホームレスの人が住んでるとかも考えたけど、それも違う」
恐怖とは裏腹に思考は巡る。
お化けじゃない。ホームレスでもない。
整理されていたホテル周辺。使われていたであろう調理道具。至る所にみられた黒いシミ。嗅いだことのない匂い。香水。
ハンニン……ツカ……テイナイ……
「これ………全部映ってるの…………死体………じゃない?」
「そ、そんなわけ」
「全部繋がった答えが、そう……なんだよ」
僕達がはしゃいでいた足元には、死体が。僕が回していたカメラの先には死体が。四人で撮った写真の棚の上には、死体が。
信じたくない。いや信じられない。ま、まだ霊なら薫くんや栄一郎くんにお祓いの方法やな、なにか対策が―――
「媛ちゃん。薫くんが話した事件の内容覚えてる?」
ハンニンハ……マダ……ツカマッ……テイナイ
頭の中で声が聞こえた気がする。葉月が言ったのか自分で言ったのかわからない。
「考えすぎかもしれないけど、嫌な考えが、と、止まらなくて」
「そんな……死体があるなんて……そんなわけ……」
「勘違いだったらそれでいいの……でもそうじゃなかったら」
「大丈夫だよ葉月……薫くんや栄一郎くんに連絡して話を聞いても―――」
もし、葉月の言うとおりなら。
この話が全部葉月の言う通りなら。
犯人はあの場にいなかったのだろうか?
どこに、いたのだろう。
犯人はまだ捕まっていない―――
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