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第一話 僕の親友はズレている

茹だるような夏の暑さに気分は少し下がり気味で、冷房の効いている室内とはいえお客さんが出入りを繰り返すたびに、生温い空気の塊が一気に全身を包み、今すぐにでもシャワーを浴びたい気分になる。


 現在僕は高校2年生でアルバイトをしている。アルバイトと言っても両親の経営している洋菓子店でだ。お手伝いと言ってもいいが時給は発生しているので、両親のお店だからと言って手を抜くようなことはない。

 

「いらっしゃいませ」

 いつも通りの言葉で。

「ありがとうございました」

 いつも笑顔を忘れず丁寧に。


 お店でアルバイトを始めてから1年程経ったが、大きなミスやトラブルもなく順調に仕事をこなしている。些細だが個人的に問題があるとすれば、プリンではなく僕を目当てに来るお客さんが少なからずおり、両親のお店が繁盛している事を素直に喜べない自分がいることは内緒だ。


 鬱憤を晴らす訳ではないが、僕に対して不躾な視線を向けてくる輩にはちょっとした反抗もしている。

 ケーキの注文が入った時にトングを持つ右手に力を入れ、ケーキの側面を少しだけ凹ませたりしているのはご愛嬌ということで許して欲しい。少なからずお店にも貢献しているのだ。


 僕は人よりも容姿に優れている自覚がある。少しナルシスト気味だけど勉学も運動も努力を怠ったことはないし、迷うことなくこの人は親友だと呼べる人もいるし、交友関係は広い方だ思う。ただ一つ欠点があるとすれば、異性との交際経験がないことが挙げられるだろう。

 理由は中高一貫の女子校だから。

 「媛様御守り隊」なんて小っ恥ずかしい集団があるくらいには、モテていると思う。

 いやッファンクラブの公認はしていないよ?


 きっと僕の人生には山もなく谷もない平々凡々な道が続いているのだろう。恵まれていると思うし、幸せだと思う。


 僕は恋ってやつを知りたいんだ。この身を焦がすほどの恋を。

 この茹だるような夏の暑さが吹き飛ぶような。

 ギラギラとこの身を焼く生意気な太陽に好きにされてたまるものか。

 僕は自分の手で掴みたいんだ。


 ちっぽけな悩みだと笑われるかもしれない、鼻で笑われることかもしれない。

 けどこれは僕にとって、僕の人生においてはとても重要なことなのだ。




 ◇◆◇◆◇




  8月1日夏休みが始まり高校に入ってから2回目の夏だ。僕は親友の葉月に誘われ、片道30分かかる宮良町にある海に行くことになり浮き足だった気持ちを落ち着かせ、親友が来るのを待つ。

 

  待ち合わせの時刻5分前。携帯をぼーっと眺めながら待っていると、遠くから慣れ親しんだ耳触りのいい声が聞こえた。


 「媛ちゃーーーーーーーーーん!」

 

  太陽の光に照らされじっとりと汗ばんだ首筋に、頬やおでこには乱れた髪の毛が張りつき、そんな自分の有様を気に留めることもなくギュッと僕に抱きついてくる。


「っぐ。暑いよ葉月」

「へへ」


 彼女は部活で水泳をしており、塩素で髪の色は茶髪気味で若干くせ毛気味のショートボブの女の子。紺色の無地のシャツに高校の体操服を着用し、ランニングシューズを履いている。おしゃれに無頓着過ぎるのもあれだが彼女の場合はそれが似合っているから、文句を言う人物は誰1人いない。僕がいうのもなんだが俗にいうボーイッシュ女子なのだ。



「ごめんっ遅れたっ!」

「遅れてないよ。ほら、そんなことより汗拭きなよ」


 僕はそう言ってハンカチを彼女に手渡した。


「いいって!いいって!どうせ海で泳ぐんだしっ」

「いや、海までまだまだ先だからね?」


 僕たちは電車の切符を買い、宮良町へ向かった。

 


「うっははぁぁぁー!ついたー!」

「ほんと元気だね葉月は」


 暑さをものともせずに元気一杯な葉月を横目に、僕は持参してきた浮き輪を膨らます準備をすることにした。泳げないことはないが、僕は泳ぐよりも波に揺られながらぼっーとするのが好みなのだ。


 更衣室に移動し、水着に着替える。僕はがっつり泳ぐこともないし、海とはいえ人前で肌を晒すの得意ではない。なるべく隠せるように黒のフリル付きワンピースを着てラッシュパーカーを羽織ることにしている。


「うっ去年買った水着なのに胸が苦しい」

「えっっ!媛ちゃんこれ以上大きくなってどうするつもりなの!?」

「好きで大きくなってないから!!」


 ジロジロ見られるのはもう慣れっこだが、他人に見られていい気分はしない。まぁ葉月に揶揄われる分にはいいけど。

 僕の胸どこまで大きくなるの。


「っていうか葉月水着は?」

「ん、着てるよ?」


 僕の恨めしそうな目に一切気づくこともなく、ぐるっと両腕を広げながら僕の前で一回転する葉月。


「競泳用はずるいよ葉月……」


 僕の親友はなんだかズレていて、ふとした時に元気をもらえる。そんな存在だった。




 ちょっとむかついたので、下から見ても横から見てもAカップの胸をイジってやった。




 ◇◆◇◆◇


 


「ふぅ泳ぎ疲れたぁー」

「一時間も個人メドレーしてたら、そりゃ疲れるよ。僕のことを放っておいて一人で泳ぐんだから、少しくらいは――」

「ぐぅぅ〜」

「お腹で返事しないでっ!」


 僕の小言を遮るかのように葉月のお腹が鳴った。まったく、、もう。


「お腹空いたー。媛ちゃんもうお昼じゃない?」

「近くに売店があったから行ってみようか」



 観光地ということもあり、お祭りさながら焼きそばにホットドックなんでもあれだった。


「んんぅぅ〜うまうま」

「ちゃんと噛んで食べるんだよ」


 売店で買った焼きそばを頬張りながら、僕たちは午後の予定を話していた。

 僕的には泳ぎ疲れた葉月とダラダラと、こうしてお喋りをするのも悪くはない。

 

「ふっふっふ。媛ちゃん私に提案がありますっ」


 口の端にソースを付けながら話す彼女に呆れつつ、僕は彼女の提案に耳を傾ける。


「調べてきたんだけど、どうやらここから少し遠い場所に”絶対に出る“って噂の心霊スポットがあるんだって!」

「し、心霊スポット?」

「そう!」


 てっきり商店街や町をブラブラと巡るものだと思っていたが、どうやら彼女は僕の予想を遥かに上回るようだ。


 い、いや!心霊!?確かに夏の定番だけど僕たち二人で!?”絶対に出る“ってなにさ!聞いたことないよそんな心霊スポット!ぼ、僕は怖くないけどどうしたものか。

 

「ふ、ふーん。”絶対に出る“ねぇそんな噂を信じるんだ。葉月は」


 僕は動揺を隠しながら、どう回避するか思考を巡らせる。


「だって”絶対に出る“なんて聞いたことないよ!ほら見て!」

「えぇ!ちょいきなりっ」


 葉月は携帯画面を見せ、とある一文を読んで欲しいと催促してくる。

 よかった心霊写真かと思った。


「んーとなになに」


『まじやばい、霊感なんてないけどまじやばい』

『ほんとに出た。いやまじで』

『めっちゃ出た』

『これはちょーでる』

 

 

 なんだか急に恐怖が吹き飛んだ気がする。馬鹿さ加減というか語彙力というか。他にもいくつか文があったが、大体似たようなことが書いてある。

 あ、場所とかどういう経緯で心霊スポットになったのか見てなかった。まぁさっきの文を見る限り心配はないだろう。


「ねっ!凄いでしょ?少し不謹慎かもしれないけど行ってみようよ」

「ん〜わかった。行こうか」


 凄いといえばある意味凄いしどこがどう不謹慎なのかわからなかったけど、何よりこのサイトを見て疑いの余地を持たない彼女に恐怖覚えた。

 この子が将来詐欺にかからないように祈っておくことにした。




 ◇◆◇◆◇




 僕たちはビーチから近い民宿にチェックインし、ラフな格好に着替えることにした。


 目的地の心霊スポットはどうやら山奥にあるらしく、30年ほど前に老朽化に伴い廃業したホテルがあるとのことだ。流石に真っ暗な山道を登るわけにはいかないので、明るいうちに探索して帰ることにしている。

 夏休み初日に羽目を外してトラブルでも起きたら大変だしね。

 僕はそういうリスク管理はしっかりしているのだ。


 徒歩で向かうこと30分。


 時刻は19時を過ぎた頃だが夏至によりまだ外は明るく、廃墟ホテルに向かう道中だというのに恐怖心はなかった。

 きっと夏の暑さにやられたのだろう。


「媛ちゃーーん早く早く」

「流石に歩き疲れた。もう少しゆっくり行こうよ葉月」

「大丈夫、休憩する?あっでも休憩なんかしてたら日が落ちて真っ暗になっちゃうね」

「さぁ行こうっ!置いていくよっ葉月!」

「えっちょ待ってよ媛ちゃん!急に走ると危ないよ〜!」


 真っ暗になるという葉月の発言を聞き、決して怖がっているわけではないが急ぐことにした。






「媛ちゃんはやっ!」


 もうっ私のこと置いていくんだからっ。


 私を置い抜き、走り去る媛ちゃんの後ろ姿を眺めながら私はふふっと微笑む。

 媛ちゃんも心霊スポットが楽しみなんだなー。

 

 暗くなるってさっき媛ちゃんに言ったけど、今何時なんだろ?

 おもむろにポケットにある携帯を手に取り画面のロックを解除すると、昼間媛ちゃんに見せた心霊サイトが開いたままだったことに気づく。


 「あっこのサイト別のサイトじゃん、こっちが正しいサイトだった。もー紛らわしいなぁ」


 私は媛ちゃんに見せる予定だったサイトを開いた。





 












山のリゾート「宮良山ホテル」

 事件発覚1987年

 容疑者 松本誠孝 29歳

 


 警察の調べによると、容疑者は自身の経営するホテルの食事に、殺害したとみられる遺体の一部を提供していたことがあると確認されました。


 行方不明。

 現在行方不明。

 犯人は、、、、現在行方不明。


 事件当初のホテル利用者による発言を一部抜粋。

『悍ましいですね。あんな事件”絶対“に許せません』

『”絶対“にすぐ捕まえて欲しいです』

『こんな事件が起きるなんて、将来”絶対にでます“よね』

『人間じゃないですよ。あんな異常なことができるなんて、“絶対”に狂ってます』



「あ、あれよく読んだら“絶対に出る”なんて書いてない!?」



 私はスマホの画面を消し、急いで媛ちゃんの後を追いかけた。



 ごめんね媛ちゃん!楽しみにしてるはずなのにっ!!

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