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方舟  作者: ガッデム
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七日前

その日は風が強い日だった。

風の音が鼓膜をノックする。鼓膜の揺れが心をより一層ざわつかせる。

方舟に翻弄された俺たちの、二代目教主が今日、決まるのだ。


―――一週間前。

一代目主教、教祖様がこんなことを言い出した。

「俺の寿命はそろそろ尽きる。その前に二代目を決めておきたいのだ。」

教祖様は齢にして六十二。寿命の話を切り出すには早すぎるんじゃないかと思っていた。

それはその場にいた奥様もそうだった。

「あなたらしくもない。なんでそんな弱気でいらっしゃるのかしら。」

「弱気などではない。俺にはわかる。これは神のお告げに近いものだ。どうだ、わかるか小鳥。」

急に呼ばれた驚きを顔に出さず、考え込んでいると、奥様の視線を感じた。

その目は「お前に何がわかる」という強い敵意に満ちたものだった。

その感情を汲み、私は答えた。

「申し訳ありません。ただのお手伝いにはそのようなことはわかりかねます。」

奥様は鼻でいつもより多く鋭く息を吐いた。

「そうか、まぁ俺にしかわからないのだろう」

落胆なのか、優越感に浸っているのかわからない表情をしていた。


教団は教徒が約五千人を超える大所帯だ。

いわゆる新興宗教の中では多いほうに分類されるのであろうが、旦那様は〝新興宗教〟とカテゴライズされるのを嫌っていた。旦那様には新興宗教にどんなイメージを持っているのか不明である。

教えは単純なものだった。人には優しくしろとか、殺人はご法度であるとか。法治国家である日本に存在していながら、法律と被るものもいくつもあった。それほど大事だと考えているものなのだろう。

しかし、最後の教えだけよくわからないものだった。それは「教えは教団関係者以外に話してはならない」というものだった。法律にもあるような、言ってしまえば〝人である以上守るべき道徳〟みたいなものが列挙されている教えを門外不出にしている意味がよくわからなかった。


教えについてぼんやり考えていると、また奥様の強い敵意に満ちた視線を感じた。

ふと時計に目をやると、七時五十分。朝食の時間に迫っていた。

朝食の時間は決まって八時。サラリーマン家庭からしたら遅めの朝食だが、この家庭は何しろ教祖様とその奥様の家庭なので、それくらいが丁度よかった。

私も人間なので、ああいう目つきをされるとやはり不快には感じる。しかし、それを表に出さないのが〝プロのお手伝い〟なのだ。頭の中に情熱大陸の音楽が流れる。

話をしていたリビングから廊下を通り、ダイニングへ向かい、話が始まる前に作り始めていた料理の続きに取り掛かる。といってもあとは火を通すだけの作業なので、旦那様と奥様がいらっしゃる直前に作業を始めればいい。なんとなく足音に耳を澄ませた。


先ほどの話はなんだったんだろう。旦那様は寿命と言っていた。自分はわかると言っていたが、そういうものなのだろうか。私が死ぬ直前は私にだけ寿命の終わりを感じることはできるのだろうか。それとも、これも〝教祖様〟の御業なのだろうか。

八時を回った。パスッパスッというスリッパが床に擦れる音がした。恐らく旦那様がリビングからこちらへ向かってきている足音だろう。

朝は決まって和食を好まれる。好んでいるのは旦那様で、それに呼応するように奥様も和食を食べている。

火を通し終わり、食卓へ料理を並べたと同時に廊下とダイニングの間にある扉が開いた。十年もこの家に住み込みで働けば、これくらいの逆算などたやすい。

多少の優越感に浸りながら、次のタスクへ向かう。今日は金曜日で、明日にはご子息の海斗様と基文様がいらっしゃる。その準備に向かった。

まずは玄関。スリッパを五人分用意する。一つは予備であり、突然の来客にも対応できるようにしてある。この家庭は宗教団体の屋敷であるため、教徒の来客もごく稀にある。

とはいえ、一般教徒にはこの屋敷の住所など知るはずもなく、来るのは決まって教団の幹部である。幹部の一人には、奥様が名を連ねており、奥様は主に教団の経理や書記等を担当している。

そのことから、幹部は何かしらの役割を与えられているものだと推測していた。それらしきことは聞いたことはないが。


その他お召し物の準備やふろ場にあるシャンプーやリンス等の詰め替えも終わらせ、いつものルーティンタスクは終わらせた。時刻は十一時を指していた。基本的に金曜日はタスクが少し増えるのでこれくらいの時間に終わる。タスクが増える曜日としては、月曜日と金曜日と日曜日。金曜と日曜日はご子息の方々がいらっしゃるため、それの準備や帰った後のお片付けが増える。月曜日は週の始まりのため、様々なタスクが増える。そんな具合だ。


ピンポーン、インターホンが鳴る。

宅急便かと思ったら、そこにはご子息様のお兄様、海斗様の姿が見えた。

「はい、あ、海斗様」

明日来るものだと思っていたため、少々面を食らったような返答になってしまった。

「すみません、一日早いですが大丈夫でしょうか」

面を食らったことがバレている。プロの風上にもおけないな…と思いながらも、準備は完璧にできていることを思い出す。

「もちろんでございます。ご準備は整っておりますので、ごゆっくりおくつろぎください」

インターホンを切り、聞こえないようにため息を吐いた後、玄関を開けた。

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