Ουσία
一九五八年十一月十七日月曜日、僕はニューヨークNew YorkのハーレムHarlemを歩いていた。乾いてよく霽れた寒い日だ。肩を竦め、ダッフルコートの襟を寄せた。
古い赤煉瓦のアパートに黒い鉄製の外附階段。半地下の部屋の窓の曇りガラスは割れていて、寂しい歩道。アパートの石段には手摺がある。四、五段。アフリカ系アメリカ人が坐っていた。草臥れたソフト帽に古いジャケット、黒いシャツ、チャコールグレーのタイは緩んでいて、スウェードの濃い茶色の靴、手に小さなブルースハープBlues Harpを包む。
リードの震えのひずみは、半音下がった、即物的な、かん高いブリキ音と、ぶち壊れたチューバのような低い金属の音の雑ざったような、不安定な、揺らぐ音程。乾き切った、深みやまろみや潤いのない、輪郭のきつい、存在のくっきりしたサウンド。真夏の昼下がりの、気怠い静寂を裂帛する、古い蛇口の栓を捻るような、響き。
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それあたかもBLIK製の空き缶。まくれ上がった蓋が缶截りの刃でZAKZAKに截り牽き裂き剥がされ、ふちZUDAZUDAに截り口ぎらぎら。頸刎られ顚さ磔の骸がごとく叛き仰け反り逸れ皈り屰剥ぎがまま。LABELに『鯡』と。
長石釉といふ釉薬をたっぷり垂らすそのつらに、ベンガラにてかく文様の、ほんのり緋く白志野茶碗、釉のかからぬ高台の、土あぢ深し。竹ふしの做す蟻腰の、見掛の茶杓が傍。
存在といふは只管存在たるにしかず。無味乾燥。非存在にすら非じ。風雪に晒され毀たれ、路傍に佇む古き石の道祖神像。
隅寺心経といふ古来尊き巻子本、俯勢仰勢自在に振舞ひ、垂露龍爪巧みを尽くせど、廃墟し。仏説と称すも摩訶般若波羅蜜多心經といふ經、釈迦牟仁斃れ五百年後の御製なれば、似非ゆゑ、此處に在りし古紙乾墨。
第伍百廿四代 彝之爲弖阜飛也 録
令和廿伍年乙巳睦月丙申廿七 旧暦師走廿八 大寒水沢腹堅
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Ουσία とはギリシャ語で、英語で云うところのSubstance、又はEssenceです。物質、実質、実体、本質、真髄などを意味します。