表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お御影様  作者: J・タナトス
1/2




 影に追われる──。

 あなたは、そんな体験をしたことがありますか?


 影自体が単体で動くだなんて、普通に考えたら絶対にあり得ないことですよね。私だって、そんな話は今まで一度も聞いたことがありませんでした。でも、そんな体験をしたことのある人は、意外にも少なくはないようなんです。


 私がそれを知るきっかけとなったのは、二十年来の友人であるAと久しぶりに会った時のことでした。お互いに仕事で忙しかったこともあって、Aと顔を合わせるのはこの日が2カ月ぶりのことでした。

 久しぶりに見たAの姿は随分と痩せこけ、それほど仕事が忙しいのかと心配になってしまう程でした。

 


「ねぇ、なんか凄く痩せたみたいだけど。ちゃんと食べてる?」


「あー……、やっぱ分かる? 実は最近、食欲がなくってさぁ」


「そんなに忙しいの?」


「まぁ、忙しいっちゃ忙しいけど、そこじゃないっていうか……」



 続く言葉を濁すようにして苦笑してみせたAは、ストロー片手にくるくると円を描くと、グラスに入った氷をカラカラと響かせた。そんなAの姿を見て、きっと何か悩みごとでもあるのだろうと、私は瞬時にそう理解しました。

 長年の付き合いがあるからこそ、普通なら見落としてしまいそうなその小さな仕草も、Aのことならなんとなく私には分かってしまうんです。人に頼ることが苦手なAは、なんてことない素振りを見せながらも、それに反してどこか手元の動きが活発になるところがあって、それはきっと、A自身も気付いていない癖なんだと思います。



「ねぇ、何か悩みがあるんでしょ? 私で良かったら聞くよ」

 


 そう告げると、回していたストローをピタリと止めたAは、観念したかのように大きな溜め息を吐きました。



「やっぱり、Mには隠し事はできないなぁ。……笑わないって約束してよ?」


「うん、約束する」


「私ね、影に付きまとわれてるの」


「…………え? 影?」



 予想外の言葉に口をポカンと開いたまま固まってしまった私は、さぞや間抜けな顔をしていたことでしょう。それほどに、Aから告げたれた言葉の意味が理解できなかったのです。



「え、ちょっと待って。影って、あの影のことだよね?」


「……もう、笑わないって約束したのに」


「いや、笑ってはないから。でも意味が分からなくて……。影に付き纏われてるって、どうゆうこと?」



 いじけ始めたAに向けてそう答えると、それに促されるようにして、ポツリポツリと、Aは“影”についての詳細を語り始めました。


 その話しによれば、最初に違和感を感じ始めたのは二週間程前のことだったそうです。

 誰かにつけられているような気がする。そうは感じたものの、それらしき人物の姿も見当たらなかったので、最初はAもただの勘違いかと思っていたそうです。でも、それから暫くしても妙な気配が消えることはなく、ずっと誰かに後をつけられているような感覚が続いていたある日。妙な気配を感じて後ろを振り返ったAは、そこで初めて足元にある影に気付いたんだそうです。



「そりゃ気付かないよね。だって、まさか影に追われてるなんて思いもしなかったし、いちいち足元の影を気にしながら生活してる人もいないでしょ? でもね、間違いなくその“影”は意志を持って私を追いかけてくるの」



 真剣な眼差しでそう語ったAからは、決して面白半分の作り話を語っているとは思えませんでした。とはいえ、きっと疲れからくる見間違いなのだろうと、その時の私は話半分で聞いていたのです。

 だって、そんな話信じられないじゃないですか。物体もなく、影だけがそこに存在しているだなんて。少なくとも私は、今までにそんなものを見たこともなければ、聞いたこともありませんでしたから。


 それから一週間程が経った頃だったと思います。真夜中に突然、AからSOSの電話が掛かってきたのは。

 電話口から聞こえてきたその異常な程の怯えぶりに、心配になった私はすぐさまタクシーでAの自宅へと向かいました。チャイムを鳴らしても扉が開く気配はなく、勝手知ったるAの家ということもあって、私は鍵の掛かっていなかった玄関扉を開くと、Aの名を呼びながら室内へと入ったのです。



「……っ、どうしよう……どうしよう……っ」



 暗い室内から聞こえてきたのは、啜り泣く音と共に小さく響いた、か細く震えるAの声でした。

 いつも気丈なAがこんなにも弱っているだなんて、それだけで只事ではないことが起こっているのだと分かり、その瞬間、私の身体に緊張が走ったのは言うまでもありません。



「……ねぇ、どうしたの? 電気も点けないで。とりあえず、電気点けるよ」



 言いながらスイッチに手を触れようとした瞬間。突然立ち上がったAによって阻まれた私は、その目的を果たすことなくその手を宙に彷徨わせました。



「ダメ!!! 点けないでっ!!!」


「ちょ……っ、どうしたの?」


「お願いだから電気は点けないで!! 影が……っ、影が来ちゃうから!!!」



 あまりの迫力に気圧されつつも、私はAに言われるがままに暗い室内に腰を下ろすと、一体今Aの身に何が起きているのか、その現状を確かめるべくAから話を聞かせてもらうことにしました。


 Aが言うには、それまで外でしか見かけることのなかった“影”が、三日前についに自宅にまで現れるようになったのだそうです。そして、今までただそこに存在しているだけだった“ソレ”は、まるでAの影に触れようとしているかのように、ゆっくりと動き始めたらしいのです。

 その話に半信半疑ながらも、怯えるAを一人にしておけるわけもなく、私はその日は朝までAの傍に寄り添うことにしました。



 ──翌日。私はその“影”についての情報を調べる為に、あらゆるキーワードを用いて、ネット上で検索をかけてみることにしました。

 というのも、Aはどうやらここ三日程外出することもできずに、ただジッと光の届かない部屋に閉じこもっているだけの生活を送っているらしく、そんな異常な暮らしぶりを聞いてしまっては、このまま放置しておくわけにはいかないと思ったのです。


 けれど、そう簡単に“影”についての情報が集まるわけもなく、半ば諦めかけていたその時。偶然にも私の目に留まったのは、あるオカルト掲示板だったのです。もしかしたら、ここでなら何か“影”についての情報が得られるのでは──。

 そんな淡い期待を胸に、私はオカルト掲示板に書き込みをしてみたのです。



132 :名無し:2022/06/23(木) 20:18:47

影”に追われたことのある人はいますか?


133 :名無し:2022/06/23(木) 20:24:02

影って、何の影?


134 :俺氏:2022/06/23(木) 20:26:50

俺は毎日影に追われてる。俺とヤツは一心同体だからな


135 :名無し:2022/06/23(木) 20:27:30

影に追われるって何


136 :名無し:2022/06/23(木) 20:30:12

友達が言うには、物体のない“影”だけの存在に付き纏われているらしいんです。


137 :俺氏:2022/06/23(木) 20:32:48

気にするな。影に付き纏われてるのは俺も一緒


138 :名無し:2022/06/23(木) 20:32:50

物体がないって、そんなことあるの?


139 :名無し:2022/06/23(木) 20:35:26

物体がないならそれは影とは言わない



 どうやらまともな返事など返って来る気配もなく、次々と書き込まれてゆくコメントを眺めながらも、私は画面越しに意気消沈してしまいました。ですが、わらにもすがる思いで書き込みをしていた私は、それでも暫くそのスレッドの様子を見守ることにしたんです。

 すると、二時間程が経った頃でしょうか。既に別の話題へと話しが流れていた中、そのコメントは何の前触れもなく突然書き込まれたのです。



168 :名無し:2022/06/23(木) 22:08:32

>>136

それ、多分お御影様だと思う


169 :名無し:2022/06/23(木) 22:09:50

>>168

それって何なんでしょうか?



 私は急いでそのコメントに返信を書き込むと、再びそのスレッドは“影”の話題へと戻ったのです。



170 :俺氏:2022/06/23(木)

22:11:29

俺の影に名前があったとは初耳だ


171 :名無し:2022/06/23(木) 22:13:10

お御影様? 何それ


172 :名無し:2022/06/23(木) 22:13:59

>>168

詳しく教えて


173 :名無し:2022/06/23(木) 22:15:42

俺も聞いたことある そのお御影様ってやつ。神霊らしいよ


174 :名無し:2022/06/23(木) 22:16:57

神霊って神様ってこと?


175 :名無し:2022/06/23(木) 22:17:21

まさかの神降臨


176 :俺氏:2022/06/23(木) 22:18:32

俺もついに神になったか


177 :名無し:2022/06/23(木) 22:18:51

>>169

詳しくは知らないけど、人が死んで神になったものらしい


178 :名無し:2022/06/23(木) 22:20:06

神様が憑いてるとか、なんか羨ましい


179 :名無し:2022/06/23(木) 22:20:11

その“影”は安全なんでしょうか?


180 :名無し:2022/06/23(木) 22:21:05

神なら安全。むしろ御利益ありそう


181 :俺氏:2022/06/23(木)

22:21:13

安心しろ。俺は危害は加えない


182 :名無し:2022/06/23(木) 22:21:53

神様なら、お御影様に一度会ってみたいな


182 :名無し:2022/06/23(木) 22:23:24

>>179

神様みたいなものだから、悪いものではないって聞いた



 そんなやり取りが続く中、一人安堵した私は感謝の言葉を述べてからスレッドを退出すると、早速Aへと“お御影様”についての報告をすることにしました。



「──もしもし。A、大丈夫? あのね、“影”について調べてみたんだけど。その“影”は“お御影様”って言ってね、神様みたいなものらしいよ」


『神様……? じゃあ、何か悪いものとかではないってこと?』


「うん。心配ないみたい」


『良かった……っ』



 心底安堵したようなAの様子を受けて、これでもう大丈夫だろうと私も安堵したのです。ですが、それでAの元から影の存在が消えたというわけでもなく、相変わらずAの傍には影が纏わり付いているようでした。以前のように怯えることはなくなったものの、かと言って居心地の良いものでもありません。

 それからというもの、Aから影についての報告を聞くことが私の日課となりました。きっと、私に話すことで不安な気持ちを幾分か和らげる効果もあったのだと思います。


 そんなある日。少し焦ったような声音で電話を掛けてきたAから告げられたのは、ついにお御影様に腕を掴まれてしまったという報告でした。といっても、掴まれたのは“影”の話しで、お御影様がAの影を掴んだというのです。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ