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作者: 朝霧

 風呂から出ると時計の針は午後十一時を指していた。鞄から財布を取り出し、レシートをノートに貼り付け収支を確認する。昨日と今日のたった二日間で二万円の出費。高校生の僕にとっては痛すぎる出費だった。いや、きっと去年までの僕なら「痛い」だなんて思わない出費だったのだろう。スマホの画面には彼女が楽しそうに笑っている写真が映っていた。

 今日は彼女と付き合って三年の記念日だった。いつにもましてお洒落に着飾って、彼女が好きだと言っていた髪型にするために美容室にも行った。メイクが趣味の彼女のために化粧品が入れられる可愛らしいポーチをプレゼントのために準備した。どれほど素晴らしい一日になるだろうとデートの日のことを何日も前から空想していた。

 しかし、いざ当日を迎えると思い描いていた「素晴らしい特別な一日」は訪れず、僕の抱いてた空想は、文字通り空しく打ち砕かれ、小学校の運動場に大きくなってから再び行ったときのような、拍子抜けした気分だけが残っていた。いつも通りの格好の彼女は、いつも通りの対応で僕の相手をして、いつも通りのやり取りをして、いつも通りのデートをした。きっと「いつも通り」も悪くない、特に悲観視するほどのものではないのだろうと思う。ただ、僕が彼女の「いつも通り」に辟易しているだけなのだと思う。

 凛々しい顔で竹刀を振るう彼女が好きだったのに、ストレス発散のために剣道をしていると言った彼女は、他の奴らと同じように野蛮に見えてしまった。誰にでも親切にできる彼女が好きだったのに、中学の友人は仕方なく仲良くしていたと言い放ち、高校の友人と下らない話題で大笑いする様子を下品だと感じてしまった。一緒に過ごす時間が長くなり、彼女のことをより深く理解して、彼女も僕も変化していくうちに、僕が好きだった彼女の姿が次第に薄れていき、「自分の好きな彼女」は「いつも通りの彼女」と別人で、「自分の好きな彼女」はもう何処にも存在しないのではないかと考えてしまった。「自分の好きだった彼女」を「いつも通りの彼女」に求めてしまった自分にひどく罪悪感を覚えた。僕もきっと「彼女の好きだった自分」のままではいられなかったはずなのに、それを彼女に求めた自分が赦せなかった。

 いつも通り、いたずらっぽい言い方で僕に「嫌い」という彼女のその言葉の真偽に確信が持てなかった。そのときに浮かべた笑みが僕への嘲笑に思えてならなかった。軽口のような「嫌い」の腹の中、その奥底で僕を弄んで馬鹿にしているのではないか。聞き慣れたいつも通りのやり取りが、「いつも通りの彼女」の口から発せられる度に、棘棘しい悪口や僕を貶めようとする言葉に変わっていった。

 こんなにも現在の「いつも通り彼女」を拒否している僕は、一体誰を愛しているんだろうか。「自分の好きだった彼女」がいなくなった今、僕は誰のためにお洒落して、誰のためにプレゼントを送るのだろうか。彼女にふさわしい人間になろうと努力して、彼女が僕のアイデンティティと言えるほどだったのに、「自分の好きだった彼女」はもういないと受け入れてしまったら、僕は何者なのだろうか。

 気がつくと時刻は午前四時であった。窓を開けてベランダに出てみた。朝とも夜とも言い切れない時間、空も何色に染まるべきか迷っていた。

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