#3
「これ美味しいですね。何ていう料理ですか?」とりあえず喰えたらいいという私だが、最低限の社交として普段どうでもよく気にもしていない事をしみじみ感心したという体で聞く。
「これはゴルジを炒めたものです。ここの地方では代表的な料理ですね。」
貝の身のようなものをフォークで指しながらサムソンは言う。サムソンとはガスラ屯所所長だ。厳つい顔に威厳たっぷりの風格を備えている。部屋に入った時は、職員室に呼ばれた学生のようにびくびくしていた私だが、話しているうちに、害意は無く、友好的に接するという姿勢が見て取れ、警戒を緩めていったときに、友好の証明にとワインを御馳走になってから一気に緊張が解れ今に至る。私は酒には勝てない。
ここは、サース国のアムメド県ガスラ市にある治安部屯所。いわば警察兼軍隊だ。普段は街のパトロールがメインだが、敵が入り込めばしっかり武力で対応し、時には外にも攻め込むらしい。そして、ここは案の定、私から見た異世界だった。聞いたことの無い地名に文化、全てが私の世界と違う。
気分よく酒を飲み、お互いに気持ちが解れたところでこの世界の事と自分の事を聞いた。
サムソン所長が言うには、私は「異世界人」であり、そういう人は時々この世界に現れると。出現の法則性はなく、どこにでも突然現れ、ある時には王宮の宝物庫に現れたという。そこは普段滅多に開ける事が無く、たまたま他国からの貢物を保管する時に開けたら、餓死寸前の異世界人がいたという話だ。
異世界人は、特別な才に恵まれたり知識があるわけでもないが、その特異な経験から「異文化能力者」として文化や思想の発展に協力してもらっているとの事。いわばコンサルタントやアドバイザー的存在らしい。
だからきっと、私にも王様から何らかの役割を与えられる可能性があるという。そして希望すれば永住権を保証してもらえるらしい。
ここまでをサムソン所長はさらっと説明してくれたが、私は心の引っかかりを言葉にした。
「帰れます?」
行けるのなら帰れるだろう。けど、異世界ものの定番は「永住」だ。強引に召喚やら死んだりで来たものの帰り道は無いというのが王道で、だからこそのチート設定なのだろう。私としては、帰れなくてもよかった。友人はいるが、たまに会う程度で満足な関係であり、男同士ってそういうもんだろうと考えているし、ペットや配偶者がいる訳でもない。心残りは、溜まりにたまったエロ動画とパソコンの履歴を完全に消去したいぐらいだけど、帰れないなら知る由もないので、それはそれで良かった。それよりも、永住の引き換えにチートとやらをもらえる方がきっと幸せだ。
サムソン所長は、表情を引き締めて残念そうな声で「わからない。」と答えた。
今までの異世界人は、永住する人も居ればもちろん出ていく人も居たが、その後の足取りは誰も確かめていないという。国境を跨がれたらどうしようもないと言うのが現状で、追跡は不可能だからだ。
異世界転生はこの国だけでなく世界中で起きており、その頻度や場所は全くのランダムらしかった。ゆえに、どこにどれぐらいの異世界人がいるのかさえわからないという。
街中に転生する人はラッキーな人で、人によっては王宮の執務室や軍事施設で発見されスパイ容疑で問答無用で斬首されたという人もいるという。
色々と現実的すぎる。そのような事を考えながら、日本でやらかした犯罪者が世界へ高飛びする状況を思い出した。
あぁ、異世界と言っても、これはこれで現実なのだなと思った。