#2
気が付くと、灰色の天井だ。どうやら寝てしまったらしい。さて、どうしたものか?
起き上ると、そこはビルのような一室だった。冷静をウリとしている自分でも、さすがに動揺は隠せない。飲んでいたはずのストロングは手元になく見知らぬ部屋にいるという脈絡が無さすぎる状況。
いつもの自分の家が、扉を開けたらジャングルに替わっていたというような、何の連続性も事象のつながりもないような事態だからだ。そういう時に人はパニックを起こすのか。自分でそう思いながら、別の自分は冷静に当りを見渡した。どうやらここは待合室のような部屋だった。
壁はコンクリートではなく石作り、扉は引き戸式で案の定鍵がかかっていた。椅子が対面式で2脚、小さな机をはさんでおかれている。壁際にはベッドが置かれ、そこに私は寝かされていた。ふいに扉が開いた。
大きな布を全身に被った大男が1人入ってきた。アフリカの部族が着てそうな衣装だ。頭に耳は生えておらずお尻にはしっぽらしきものも生えていない。見た目は明らかな人間だ。
冷静を装いつつ行動を伺う。こちらから話しかけても良いが、明らかに自分と服装が異なり、文化圏の違いを感じさせるからだ。そう、まるで異世界のように。
「こんにちは、はじめまして。」大男が話しかけた。「こんにちは」と返した。言葉が通じる!
きっと相手も同じ気持ちだったのだろう。ほっとしたような表情を浮かべ、矢継ぎ早に質問をしてきた。
「あなたの名前は?住所は?家族は?」身元確認か。まぁ当然ですよね。正直に答える。
住所は・・・と答えたところで相手の顔が虚をつかれたようにきょとんとしている。気にせずに続ける。相手はまた質問を続ける。「なぜあそこにいたのですか?何していたのですか?仲間はいるのですか?」自分にはどこの事を言っているのかわからないと正直に答える。家で寝ていたら、気が付いたらここに居たと付け加えた。どうも自分の知らない事が起きている。
それなら次は自分の質問ターンだ。自分から確認していく。
「ここはどこですか?」
大男は訝しりながら答えた。
「ここはガスラ市の治安部屯所です。あなたはガスラ市の遺跡の穴に倒れていました。」
「ガスラ市?それはどこですか?」
「すいません、ちょっと雑でしたね。アムメド県ガスラ市です。」
「・・・アムメド県とはどこですか?・・・」
空気が代わる。私は内心焦る。なんせ聞いたこともない都市だからだ。これまで多くのアジア圏の国や地方を旅したが、同じ言葉を使うのに国レベルでそこがわからないというのは早々あるものでは無い。
経験上、全ての場合で、同じ国ならあそこと言えばあそこかとわかる。例えば、日本において日本語で山形県から来ましたと言われれば、あそこかと検討がつく。市のことまではわからなくても。そういう事がわかっていないという事は・・・。嫌な予感が頭をよぎる。
大男が答える。「サース国のアムメド県ガスラ市です・・・。」
私を見て大男が続ける。「あんたはどうやってここへ来た?何しに来た?」
もはや同胞保護の単純任務から得体のしれないナニカへの尋問モードへと移行しつつある。口調がきつくなってきた。
しかし、自分でも何が何やらわからないので、正直に答えるしか道はない。幸いにも言葉は通じるのだ。言葉さえわかればなんとかなる。それが海外放浪で悟った事の一つだ。
尋問は止まらない。それでも懸命に答え続ける。合わせてこちらの聞きたい事も聞く。やられっぱなしは性に合わない。出すからにはもらう。情報を引き出す。相手も隠そうとはせずにすぐに答えてくれる。そのような感じで長い時間話した後、ここで待てと言われ大男は部屋を出ていった。
私は1人残され、会話を思い返す。ここはサース国のアムメド県ガスラ市の治安部屯所であり、遺跡で倒れてた所を保護された。同じ言葉を話しているが、ところどころ会話が嚙み合わない。
知らない国や地名を出されてポカンとしている私が、「どこの事かは知らないが最近は飛行機にさえのっていない。」と返せば、相手がポカンとしているし、私が、「あなたは日本人か?」と聞けば逆に、「あなたはヒトか?」と聞かれる始末。
色々と認識にズレがあり、話せば話すほど異世界にいるという疑惑が膨らんだ。
やはり異世界なのか?定番通り剣や魔法のファンタジー世界で、魔物が跋扈するのか?私をヒトかどうかを聞いている時点で、きっと異種族とやらもいるのだろう。少し胸が踊る。
しばらくすると大男が戻ってきて部屋から出された。連れていかれたのは偉そうな佇まいの扉を持つ部屋だった。
絶対、ここに所長的な偉いさんがいるやろ!と思わせるものだ。大男がノックをして入り、後を私が追いかける。そこには、案の定、偉いさんという感じの風体の厳つい顔をしたおっさんが居た。