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【モンスター図鑑】ミミック

作者: マグネット

モンスター

名称 ミミック

出現区域 主に地下迷宮内部に生息

危険度 高

説明 宝箱に擬態しそれを開けようしたものを捕食する習性を持つ。

擬態する宝箱の形状や素材は様々で判別は非常に困難。

しかし襲ってくるのはあくまで宝箱を開けようとした時のみで、開けようとしない限り自発的に襲ってくることはない。宝箱を開く時には常に、それがミミックであるかもしれないと警戒する必要がある。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おい見ろよ!宝箱があるぞ!」

 バンダナを巻いた細身の男が仲間たちに声をかける。入り組んだ迷宮の細い通路の突き当たり、明かりの届かないその場所には埃をかぶった石の箱がひっそりと佇んでいた。それを聞いた二人は目を輝かせながら引き返してくる。尤も、二人ともフルフェイスの兜を被っているため表情は見えないが。

「へへ、今日はツイてるな。」

「早く開けようぜ。」

 重鎧を身に纏う大柄な男が宝箱に手をかけた、その瞬間


────ガギャァン


 金属が砕ける音が響き渡り大男の上半身が無くなった。否、重鎧諸共身体が噛み千切られたと言った方が正確だろう。

「ミミックかっ…!」

 言うが早いか甲冑の男が煙玉を撃つ。破裂音と共に立ち上る白煙を背に二人は即座に踵を返す。ついさっきまで共に迷宮を進んでいた仲間を見捨てて逃げることに抵抗はある。だが仕方がない。これがミミックに遭遇してしまった時の最適解なのだから。背後から不快極まりない音が響いてくる。恐らく先程噛み千切った上半身を咀嚼しているのだろう。心が恐怖と罪悪感に染まる。しかし同時に奇妙な安心感と希望もあった。ミミックがあいつを食べ終わる頃には自分たちは脱出できているだろうという安心感が。生き残れるという希望が。しかしそれは出口へ向かうための扉を開いたところで潰えた。

「嘘だろ…」



────バギィン




「またミミックか」

 歪な断面図の足を見て溜息交じりに呟く。最近ミミックによる被害が急増している。今月だけで既に七件目になる。左足以外の体は見当たらない。恐らくミミックの腹の中だ。『ミミックに食べられたので遺体はありませんでした』、では依頼人は納得しないだろう。さてどうやって説明したものかと頭を悩ませていると後ろから声をかけられる。

「隊長、向こう側の通路にこんなものが」

 隊員の手には一振りの小さな短剣が握られていた。

「あぁ、ありがとう。」

 一通り捜索を終え、回収した遺品を確認する。箱の中には食い千切られた左足と鉄靴、煙玉の薬莢、ミスリル製の短剣が入っている。

「これだけか」

「パーツが残ってるだけマシですよ」

「お前もだいぶ毒されてきたな」

「こんな仕事してれば嫌でもこうなりますって」

「…まぁな」


 帝国騎士軍第八分隊葬送隊

 仰々しい名前とは裏腹にその実態は行方不明になった冒険者を捜索したり迷宮内に転がっている遺体と遺品を回収したりと掃除屋のようなものだ。今日は『主人が五日前に仲間たちと冒険に行ったきり帰ってこないから捜してきてほしい』との依頼で地下迷宮に捜索に来ていた。


「よし、それじゃあ撤収するぞ。番号!」

 隊員たちが順々に番号を口にする。最後の「十一!」というひと際大きな掛け声を確認し、十二人の騎士は迷宮を後にする。


 城下町に戻り遺品を届けると、依頼人は案の定やり場のない怒りをぶつけてきた。『罠にかかって千切れただけだ。本人はまだ迷宮にいるからもう一度捜してこい』だの『捜索が面倒になったから別人の死体を持ってきた』だの散々な難癖をつけてきた。家族を失って冷静さを失っているだけだということは理解しているが、心無い罵声を浴びるのはやはり少し…いや、かなりしんどい。現実を受け入れてくれるまで長々と説明しているうちに外はすっかり暗くなっていた。

 更衣室に移動し鎧を脱ぐ。傷ひとつない鎧や剣を見るたびに気分が沈む。迷宮で遺体回収ばかりしているため、魔物と戦ったり城門防衛戦で敵軍の攻撃を庇ったりすることがないのだから当然だ。陰ながら国を支えるために必要不可欠な職業なのだが、前線部隊や守護兵のような華々しい部隊と比較するとどうしても泥臭い雑用係のように思えてしまう。幼少期から厳しい修行をしてきた意味はあったのだろうか。過去の戦記をもとに軍略を学ぶ必要はあったのだろうか。いや、考えるのは止そう。疲れているとマイナス思考になりがちだ。今日はもう帰って寝よう。

 自宅に戻りポストを確認すると武具屋のビラや神官戦士の募金広告に紛れて見慣れない封筒が入っていた。かなりの大きさだ。それに結構重い。裏面を確認すると『第五分隊遊撃隊への異動についての通達』と書かれている。

「えっ!?」

 思わず声を上げた。

 異動だ。しかも遊撃隊だ。戦場を駆け巡る、あの遊撃隊だ。腹の底から喜びが込み上げてくる。頬の緩みを抑えられない。ようやく表舞台に立てる。ようやくこの日陰者の生活から脱することができる。

 とりあえず中の書類を確認しよう。震える指先で封を切り封筒を開いた、刹那



────ガリッ



「第八分隊葬送隊隊長アルサーチ・スキュートが自宅内にて死亡。遺体の損傷と現場の状況から、恐らくミミックに食い殺されたものであると思われます」

「またミミックか」

 部下の報告を聞いて溜息交じりに呟く。最近ミミックによる被害が急増している。今月城下町内で発生したものだけで既に十一件目になる。しかもとうとう帝国騎士団から犠牲者が出た。事態は深刻と言わざるを得ない。

「わかった、報告ありがとう。改訂版の図鑑と対ミミック用の水晶は、明日か…遅くても明後日までにこっちで仕上げておくから。今晩の集会で商人たちに連絡入れといてくれる?」

「了解しました。それでは失礼します」

 部下が出て行った後、一人きりの部屋で男は呟いた。

「葬送隊隊長ともあろう人間が、一体何を望んだのやら」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


モンスター

名称 ミミック

出現区域 全世界に分布

危険度 極高

説明 人間の発する欲望を喰らう習性を持つ。

物欲、知識欲、食欲、生存欲、支配欲、性欲、睡眠欲、承認欲などのありとあらゆる欲望を肉体諸共噛み砕き捕食する。

物欲を煽るために宝箱に擬態することが多いが、本や扉や手紙など様々な姿に擬態することが可能。そしてそれらを『開く』という行動をトリガーにして擬態を解き襲ってくる。

心の内に何かしらの大きな欲望を抱えている際に、閉じているものを開こうとする時には常に、それがミミックであるかもしれないと警戒する必要がある。


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― 新着の感想 ―
 欲望ならなんでも、そしてそれになるかと目から鱗。  そんなの防ぎようがないくらい追いかけてきてホラーだ。  ミミックは粘菌コンピュータ的に人間が欲しがるものに化けるため、古代遺跡のミミックはいまや…
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