道中
カグヤノムラは、美しい自然に囲まれた幻想的な場所である。
村の歴史は古く、一組の夫婦から始まり現在にまで続いてるのだとか。
名前にもなっている「カグヤ」というのは、夫婦の妻の名から取っていて、たいそう美しかったらしい。
まるで月が人間として世に降りてきたかのような神秘的な女性で、同じくカグヤノムラは月明かりが特別に美しいことで知られている。
村の中心には古い神社が鎮座していて、そこで祀られている月の神様が村人たちの生活を見守っている。
どうして月の神が祀られているのか、というのには諸説あるようで、カグヤが夜空に浮かぶ月に似ていることから次第に神格化されたという説と、もともと夫婦が信奉していた神がいたという説が唱えられている。
また、この神社では満月の夜に祭りが開かれるようで、村全体がお祭りムードに包まれるそうだ。
村自体はどちらかというとひっそりとしているが、月に一度祭りがあるということで多くの観光客が訪れる。
神社の近くにある庭園には、春には美しいピンク色の「サクラ」と呼ばれる花が咲き乱れ、夏には「アジサイ」という雨を連想させる花が、「ホタル」という光り輝く小さな虫が見られるらしい。
もちろんその他の季節も話題に事欠かず、秋には朱に染まった葉が絨毯のように地面を埋め尽くし、冬は雪が降り積もって風情を醸し出す。
つまり、どの季節に行っても最高だということだ。
今は夏だから、ちょうどアジサイやホタルが見られるのだろうか。
……おっと、俺としたことが忘れていた。
夏のカグヤノムラは特に活気に溢れているようで、「ハナビ」という芸術作品のようなものが見られるらしい。
なんでも夜空に向けて火薬を飛ばし、暗闇が色付いているように見せるらしい。
これを魔術ではなく道具を使ってやるというのだから風流だ。
もちろんハナビは観光客を楽しませるためだけにやるものではなく、彼らが信仰している月の神に感謝の意を表すために行う。
美しい景観や伝統的な文化で訪れる者たちを魅了し、世界中の多くの詩人や芸術家にインスピレーションを与える村。
「……それがカグヤノムラだ」
一通り解説が終わると、ルーエは満足そうな、しかし疲れたような目で俺を見る。
あと1日ほどでカグヤノムラに到着するし、今のうちに基本的な情報を教えておいた方がワクワクしてくれるかなと思ったのだが……。
説明が長すぎたのか、なんとも言えない表情だ。
「……あの本に書いてあったことを一言一句覚えたのか?」
「そりゃあまぁ、楽しみだし」
今まで訪れた場所。
マルノーチやダンジョン、ケンフォード王国やフォックスデンはいずれも誰かに頼まれて行った。
それに対して、今回観光しに行くカグヤノムラはそうではない。
つまり、俺の意思――とルーエの好きな数字――によって向かう初めての場所なのだ。
もちろん期待や不安はこれまでにもあったが、それが顕著に表れている。
昨日の夜の時点で楽しみで眠れなかったし、今日ももちろん一睡もできないだろう。
仮に寝れたとしても、夢の中で観光を始めている。
極めて自然な現象だと思っているのだが、ルーエは呆れたように天を仰いでいた。
「少年かお前は……」
「身体はおっさんだけど、心はまだまだ現役のつもりだよ」
「それは良いことなんだがな? ……まぁ良い、誰に呼ばれているわけでもないからな。慌ただしく事態の収集にあたるという展開にはならないはずだ」
「そうだね。言い方はおかしいけど、全力で休めるってことだ」
カグヤノムラには、外で風呂を楽しむことができる施設があるらしい。
美しい風景を見ながらの入浴。
想像するだけで、癒されないはずがないと理解できる。
俺に呆れてはいるものの、ルーエも先ほどから心なしか口数が多く、村を楽しみにしているのだろう。
どんな経験が俺たちを待っているのか、胸が高鳴っていた。
果たしてのんびりできるのか




