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真実

 自分の過去の話をすると、誰もが同じような顔をする。

 もちろん、俺を憐んでくれているのは理解できるのだが、それとはまた別の部分でも衝撃を受けているように感じるのだ。

 レイセさんも同様に、とてつもない未知の生物を目にしたような、恐怖にも似た……いや、ドン引きしてないかこれ?

 俺の語り方が下手だったのかもしれない。久しぶりに人と会話したわけだしな。


「……その本には世界中の魔法だったり戦い方だったり、最高のユーモアだったり……色々なことが書いてありました。そのおかげで生活水準も上がったし、退屈することもなく何度も読み返して、今ではそらんじて――」

「それ、ほとんどが禁書ですよ……」

「キンショ?」


 こういう言葉の意味が分からないところで自分の教養のなさを感じる。

 レイセさんは困ったような顔をしているし、世間では俺のした行為は罪に該当するのだろうか。

 だとしたら謝らなければ……。


「あの、いまさらだけどすみませんでした! せめて村の人たちの生きた証を残そうと思ったのですが、これでは私も盗賊と変わりませんよね……」

「いや、別に持ち帰ること自体は悪くないんですけど」


 え、そうなの?

 じゃあ何が彼女の気を削いでいるんだろう。

 

「あの本の山は、そのほとんどが常人には理解できなかったり、書いてあることが世界の理を乱す可能性があるために、発行禁止になったものなんです」

「……はぁ」


 一冊の本が世界の理……つまり常識的なものを壊す可能性があるってことか?


「あ、もしかして『またまたご冗談を〜』とかって思ってます?」

「すごいですね。最近の若い人は読心術を学んでいるんですか?」


 後1秒遅ければ口から出ていた。

 レイセさんは深いため息ののち、子供に言い聞かせるように言う。


「……それが本当だから、魔王が直々に部下を引き連れて、誰も取りに来れないであろうこの山に禁書を投棄しに来たんです」

「いや、本だったら燃やせばいいじゃないですか」


 当たり前のことだが、紙は燃える。

 もったいないことこの上ないが、存在してはいけないと判断されたなら、わざわざ山に捨てて環境に悪影響を与えずとも、灰にしてしまえばいい。

 

「できないから捨てに来てるんですよ!」

「……できない?」


 本を燃やせないってどういうことだ?


「これらの本のほとんど……っていうかこの駄作以外は燃やそうとすると――」

「ちょっと待ってくださいよ! それが駄作!?」


 彼女が手に取ったのは他でもない『ワンダフルユーモア』だった。


「駄作だなんてとんでもない! この本は人生を豊かに――」

「あ、それはどうでいいんで。つまりですね、処分できないし、誰か力のあるものが読めば危険だと判断して魔王はこの山に来たわけです。そして、誰かに見られたら、悟られたらまずいと思って隠れ蓑として麓の村を襲ったのでしょう」

「だから、村を襲ったのは盗賊で――」

「違うって言ってるでしょうが!」


 言葉を遮り、レイセさんは細い指先を俺に突きつける。


「そもそも、一介の盗賊が闇属性魔法を使えると思ってるんですか? あれは基本的に魔族にしか使えない魔法で――」

「いや、私も使えますけど……」


 手のひらに紫色の玉を出現させる。

 魔法にはいくつかの属性があり、素質があればこのように属性のオーブを出現させることができるのだ。

 

「…………あなた、魔族ですか?」

「違いますけど……。盗賊を倒した後の数年間は本を読み耽る毎日でして、自分が受けた黒い魔法をイメージしたらできるようになりました」 

「なんですかそれ……。じゃ、じゃあ、盗賊があんなに統率とれてるわけないでしょう!?」

「それは……人生で盗賊を見たのはあれが最初で最後だったのでなんとも……」

「えぇ……」


 故郷は風習以外は平和そのものだったし、山に住んでからは人と会う方が難しい。

 悪き心を持つ者はなおさらだ。


「あと、いくら首領といっても盗賊があんなに威厳のある話し方をするわけないでしょう! 盗んで食って寝て売って寝ての繰り返しですよあいつら!」

「あぁ、そう言われれば……」


 彼の話し方やその内容からは教養が感じられた。

 ろくに学のない自分がそう思うのだから、確かに良い教育を受けているのだろう。

 思考していると、レイセさんは何かを思い出したかのように「あっ」と声をあげる。


「魔王の復活を定期的に阻害しているのもあなたですよね?」

「なんですか、それ?」


 魔王って復活とかするんだ。

 それならいつまで経っても平和が訪れないのでは……?


「数年に一度、魔王の魔力を感じる人が出てくるんです。でも、その度に何かしらの要因ですぐに消滅してしまって……」

「全く見当もつかないです」


 仮にあいつが魔王だったとして、復活しても、もう二度と戦いたくない。

 老いた身体ではもう反応できないだろうし、殺されるのが目に見えている。


「数年に一回の頻度で変わったことはないですか?」

「いやぁないですね……強いて言えば、変な槍みたいなものが結界を突き破って飛んでくるんで、それを投げ返して結界の修復を――」

「それえええぇぇぇぇそれですから!」

「…………?」


 目をひん剥いて叫び出す彼女を見て、情緒は大丈夫だろうかと心配になる。

 あと、槍と魔王にどんな関係があるというのだろう。


「もしその槍があなたの血を吸えば、魔王はさらに力を増して復活できるんです! っていうか普通避けられませんから!」

「だいぶゆっくりなんで普通に掴めると思うんですけど……」


 農作業の途中やら就寝中に飛んできても余裕でつかめてしまう。

 結界が破られた時点で気が付くし、当たれという方が無理な話だ。


 「あんなの掴める人世界中探してもあなた以外いないですよ!?」

「――全くだ。どの時間帯を狙っても正確に返ってきて私の心臓を貫くのだからな。おかげで復活が遅れてしまった」


 瞬間、急激に空気が重くなった。

 重力を操っているのではないかと疑ってしまうほどの圧力。

 レイセさんが持っていた木のコップが地面に、自由落下よりも圧倒的に速く落ちる。

 目を前方に向けると、腰ほどまである白く美しい髪、血液よりも紅く澄んだ瞳、夜の闇すら飲み込んでしまいそうな黒いドレス。

 この山には似合わない絶世の美女が、レイセさんの背後に立っていた。

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