vsブラッドウルフ
「私が相手をするのでロジャーさんはお下がりください」
「あ、あなたは……わかりました! ありがとうございます!」
普段は眠たげなジオの目が鋭くなる。
ロジャーもそれに気がついたのか、彼に後を任せて後ろに下がっていった。
「……基本的な戦い方はホワイトウルフと変わらない気がするけど、どうかな」
ジオは土の魔術で人の頭ほどの大きさの岩を作り出し、それを勢いよく投げつける。
目視がやっとな速度で進むそれは、狼の横っ腹に突き刺さり、たまらず血を吐いた。
しかし、狼の恐ろしさはここから始まった。
天に向けて遠吠えをすると、どこからともなくホワイトウルフが集まってくる。
あっという間に二十匹ほどのホワイトウルフが肉壁のように王を取り囲み、視界を妨害していた。
「同種を呼び寄せる能力は厄介だね。無駄な殺生はしたくないし……」
そう言ってジオは白い壁に向かって走り出し、勢いをつけて宙を舞う。
常人離れした脚力を持つジオは、簡単に壁を飛び越してボスの姿を捉えた。
……しかし、数多の戦いを繰り広げて返り血が身体にこびりついたような「ブラッドウルフ」は、相手の強さを予測していたらしい。
ブラッドウルフの吐いた血が浮き上がり、無数の針となってジオに襲いかかったのだ。
「血の魔術! そんなこともできるのか!」
幸いにも、空中で魔術の障壁を作り出したおかげでジオが傷を負うことはなかった。
だが、俊敏な動きに鋭い牙、それに加えて同種の仲間を呼んでの攻撃や防御。
極め付けは使い手の少ない血の魔術と、ブラッドウルフに隙はほぼない。
「これは面倒な相手だね。もう少し様子を見たいところだけど……そうも言ってられなそうだ」
距離を取ると、ブラッドウルフは配下の壁を解除して四方から攻撃に向かわせる。
ホワイトウルフがジオの相手でないということは先刻証明されていたが、そこに強大な魔物が加わった今、同じように事が運ぶとは思えない。
しかし、それすらも杞憂だったと、エドガーはこのあと知ることになった。
動物には基本的に死角が存在している。
馬は視野が広いというが、それでも背後の様子を知ることはできない。
人間であれば尚更死角は広く、少なくとも左右、そして後ろの動きを同時に捉えることは不可能。
だというのに、ジオはあらゆる方向からくるホワイトウルフの攻撃を全ていなし、その上ブラッドウルフの強力な一撃すらをも回避していた。
「や、やっぱりあの方は――!」
傷ついた身体を魔術で回復させながら戦いを見ていたロジャー。
彼が驚きの声を漏らす。
「大体特徴も掴めたし、そろそろ終わらせようか」
ジオの身体から衝撃波が放たれ、群がっていた白狼が一斉に吹き飛ばされる。
そして、ブラッドウルフがそれに気を取られた隙にジオは懐へと潜り込み、拳を魔術で硬化させて攻撃を放った。
本来ならば、蹂躙されていたのはフォックスデンの村の方だ。
この村にはギルドもなく、常駐している冒険者もいない。
仮に誰かしらがいたとしても、ネームドモンスターに勝てる猛者など世界中を探しても数えるほどしか存在しないのだから、地図から村が一つ消えるのは避けようのない運命。
だが、今ここにはジオ・プライムがいた。
たった一人の中年男性の活躍によって、無数の屍が横たわる未来が回避され、逆にブラッドウルフが倒れている。
真っ赤な身体が地面に横たわる姿は、まるで血溜まりのようだった。
やはり、魔王を倒した男の力は想像を絶するものだ。
災いがなくなったと見るや、賛辞と感謝のために駆け寄ったロジャー。
ジオを労うために足をすすめたエドガー。
最期の悪あがきか、この二人を狙ってブラッドウルフの発光体から放たれた強烈な光線すら、それを読んでいたジオの手のひらの中で輝きを絶たれた。
かろうじて首をこちらは向けていたブラッドウルフの心中は分からないが、絶望と驚きが入り混じっていることだけは察する事ができた。
おっさん強くない?




