エドガー
ついに小説家が登場します!
彼はどんな人物でどんな影響を及ぼすのか…
夕食をとった俺たちは、二十分ほど休憩した後に村長の家を出発した。
エドガー宅はここからほど近いということで馬は使わず、徒歩で向かう。
「そんな、マロンとここで別れなければならないのか!? わ、私は認めないぞ!」
いや、勝手に名前付けてるしめちゃくちゃ愛着湧いちゃってるじゃん。
そういえば、ルーエは旅の途中ずっとニコニコしていた気がする。
馬の毛並みとか乗っている感覚が気に入ったのだろう。
「マロンだって休まなきゃダメだろ。また帰る時に乗れるさ」
「く……そうだよな……。マロン、しばしの別れだ。お前は強い女だから泣くんじゃないぞ」
強い女の定義がわからないが、人間に対するような真摯さを持つのは大切なことだ。
俺も触発されて黒馬を撫でてやると、心なしか嬉しそうにしている。
「ほら、行くぞルーエ。一番端っこにある家がエドガーさん家らしい」
「端に住むとは不思議なやつだな」
村長の家から道なりに五分ほど歩くと、おそらくエドガー宅であろう家屋が目に入った。
「こ、これは……」
「…………マジか?」
家と呼べる形は保っているものの、木はところどころ腐っているし、心なしか斜めっている。
精一杯オブラートに包んで「ボロ屋」というのが正しいだろう。
「これ……入っていいのかな?」
「一応死霊に効く魔術の準備をしておけよ。すでに死んでいるという可能性も高い」
それはないでしょ……と思いつつ魔術の準備はしておく。
「それじゃあ……開けるよ」
ルーエに一言告げて、エドガー宅の扉をノックした。
「ごめんくださ〜い」
ジオが数回声をかけて初めて、家の中で何かが動く気配があった。
良かった、ちゃんと生きていると安堵する。
しかし、次に何かが動く音がしたのは数分後で、ようやく扉に振動が伝わる。
ギギギ……という苦しそうな扉の呻きと共に出てきたのは、青い長髪の男だった。
「せっかく寝てたのに起こしやがって……どういう要件だ?」
男は心底面倒臭そうにジオに問いかける。
訪ねてきたのが誰なのか、どういう経緯なのか全く知らないのだ。
「起こしてしまってごめんなさい。あのですね――」
本来なら長い話を聞くのは嫌だったが、ジオの第一声が謝罪だったことに気をよくした男は、そのまま彼の話に耳を傾けた。
「――あんたが書の守護者とか呼ばれてる人か! 思ったよりおっさんなんだな!」
「は、はは……すみませんね」
ジオの話を聞くうちに男の顔はみるみるうちに明るくなり、態度も軟化していった。
彼は話を聞きながらジオと、後ろで眠たげな顔で突っ立っていたルーエを家の中に招き、ちょうど終わった経緯の感想を述べた。
「いやいや、このくらい冴えないおっさんの方がかえって現実味がある! まさに物語の主人公って感じだ」
「わ、私がですか……? お世辞でもそう言っていただけて嬉しいです」
「お世辞なわけがあるか、俺は嘘が嫌いなんだ!」
謙遜するジオの両手を掴み、男は上下に勢いよく振る。
「ちょうど次の小説の主人公にしようと思ってたキャラクターとそっくりなんだよ、あんたは」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ、俺の名前はエドガー。普段は他人と仲良くなりたいとは思わないが、あんたなら大歓迎だ。ぜひ取材をさせてほしい」
「しゅ、取材ですか?」
英雄視されることに慣れていないのか、取材というのが初めてなのか。
男……エドガーの勢いの前にジオは押されていた。
「いいではないか。貴様の書く次の小説の主人公を、読めばジオがモデルだと気付けるほどにしてやればいい」
「そりゃあいい! 俺は新時代のヒーローを描けるし、あんたは名声を得られるぞ!」
「いや……えぇ……?」
自分の将来の夫の正しい評価を願うルーエと、反対に目立つことを嫌うジオ。
二人の立ち位置の違いもまた執筆の糧になると、エドガーはそう笑みを浮かべていた。




