心当たり
「なに、親に会いたいじゃと?」
「はい。この本に書いてあったのですが、血が濃く繋がっている相手、つまり親や子供なら簡単に降ろすことができるんですよね?」
俺の言葉を聞いて、目の前に可や不可ではなく、疑問の表情が浮かび上がった。
「私たちは他に知り合いもおらず、この街に来てから1番腕の良い人といえば、あなたしか思い浮かびませんでした」
「そう言われても、ワシはもう引退した身じゃからなぁ……」
「引退!? あなたほどの腕前の方が、本当に引退なされたんですか!?」
俺たちが尋ねた、そしてルーエの言った「心当たり」というのがこの、占い師の老婆である。
カルティア滞在の2日目に訪れた「占いの館」で視てくれた人だ。
彼女は俺の過去を知る霊を呼び出し、色々と聞いたらしい。
もちろん、言葉だけを聞けば御伽話のようなものだし、俺やルーエもそう思っていた。
だが、実際に彼女は、ルーエの前世について朧げながら触れてみせたのだ。
明らかな実力者。だからこそ、あまり他人を認めないルーエが「心当たり」として挙げたわけで、俺も老婆なら間違いないと思い、こうして会いに来たわけだ。
しかし、まさか本当に引退しているとは……単なる冗談かと思っていた。
「なぁに、もともと引退は考えておったのよ。ただ、タイミングがなくてな。そこにちょうど、お主らという因果の見えない存在が現れた。それだけのことじゃよ」
「い、いや……あのですね?」
俺の動揺を見抜いて、老婆は「気にするな」というようにフォローしてくれたが、そうではないのだ。
「詳しいことは言えないんですが……あなたの占いは当たっているんですよ」
「そうなのか?」
「あぁ、その通りだ本物の老婆よ」
「いや、老婆に偽物も本物もないと思うのじゃが……」
その通り。本物なのは老婆じゃなくて――もちろん老婆ではあるのだが――占いの腕の方だ。
「とにかく、そこの二人の関係性は特殊なもので、あんたの占いは概ね当たっていたってことさ」
ルーエと老婆だけでは話が進まないと判断したのか、後方でペンを片手に待機していたエドガーさんが助け舟を出してくれた。
「よくわからぬが……とにかくワシの占いは正しかったわけか。とはえ、今さら引退を撤回しようとは思わぬ。孫とままごとをするのに忙しいからな」
「こっちとしても、婆さんを酷使しようとは思っていないよ。ただ、パパッとジオの願いを叶えてはもらえないだろうか?」
孫と「まま」ごと、そして「パパ」ッとか。
二人の会話の中で家族が揃いつつある。
あと一人追加したいところだが……おっと、思考が逸れてしまった。
意識を戻すと、老婆は俺をじいっと見つめている。
「まぁ……お主はなにやら複雑な生い立ちをしているようだし、やってやらんこともない」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ。ただ、二つばかり注意点がある」
「注意点……ですか?」
老婆は頷く。
「まず一つ目が、降霊術をしている時には深く眠った状態になる。先日、高霊術絡みの事件が起こったのは知っておるか?」
「はい。私たちも見学に行っていましたから」
「そうか。自分の身体に霊を降ろすとき、本人の意識は邪魔にならぬよう、そして霊に侵食されぬよう、身体の内側……その奥深くにしまいこまれる」
霊は魂、人間の心のような目に見えない存在であるが故に、二つが溶け合ってしまう可能性があるのだと、本に書いてあった。
だからこそ、身体が無意識のうちに心を守るのだと。
「そして二つ目が、方法じゃな」
「装飾品を使ったものではないんですか?」
あの広場で見た降霊術は、術師が首にかけていた装飾品によって行われていた。
俺が読んだのも同じようなものだ。
「あれは外側と交信するためのやり方じゃな。お主は自分の内側で、自らが対話するために降霊術を行う」
「用途によって方法が変わってくるわけですか」
「然り。そして、特定の霊を呼び寄せるには、大きく行って二つのやり方がある」
老婆は人差し指を立てる。
「まずは香を使う方法。お主の記憶や想いを頼りに霊を引き寄せる方法じゃな。だが、これは術を受ける者の精神性や周囲の環境に成功が左右される」
「成功率が低いということですか?」
「あぁ。実際には……30%ほどだろう」
30%……あまり高いとは言えない。
「そして二つ目が、生贄を捧げる方法。豚や牛といった生き物の血、そして肉を捧げものとすることで、霊を引き寄せる強度が上がるのよ」
「だが、なにかデメリットがあるのだろう?」
ルーエの言葉に老婆は重々しく頷く。
「……血や肉は霊に正気を失わせる可能性がある。だからこそ、目的の霊を呼び寄せられる可能性は上がるが、まともに対話できるかは運じゃな」
「つまり……成功率は高いものの、目的が達成できるとも言い切れないわけですね」
「そうじゃな。どちらを選ぶかはお主に任せ――」
「前者でお願いします」
そう言うと、老婆は意外そうに俺を見る。
「逆だと思っていたがの」
「いえ、確かに母には会いたいですが、他の生き物の命を奪っては、彼女は喜ばないと思うんです。それに、万が一にも、母さんに苦しい思いはさせたくない」
本人が望んでいたり、すぐに戻れる身体があるならまだしも、死者を勝手に蘇らせるなんて身勝手だろう。
「そうか……なら、これから準備に取りかかるぞ」
「手伝います」
俺は立ち上がった。机の上に置いてあった透明な水晶玉が、灯りに照らされて煌めいている。
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