二日目
短いです
狭くて真っ暗な部屋。
ただ一つ、中央に置かれた、たった今点火された小さい蝋燭の火が、部屋を部屋として認識させている。
弱々しい灯の前には老人が正座していて、音も立てない。
座したまま眠っているのではない。
眠っているなら寝息が聞こえるはずだからだ。
規則的な呼吸音が、この領域を人間のものとして確かにする。
だというのに、ここには一切の音がない。
老人は起きていた。しかし、呼吸をしていなかった。
死者ではない。彼によって発せられる音はすべてかき消されていた。
おそらくは音消しの魔術を使っているのだろう。
蝋燭の炎が静止するのを見届けると、老人は傍から数多くの野菜を取り出し、一つ一つ、蝋燭の向こうへ置いていく。
種類も大きさもバラバラのそれらには、一つだけ共通点があった。
――どれも不格好で、店先に並べるのを躊躇うような形をしていた。
その野菜の真ん中に、細い棒で穴を開ける。
老人のものではない、短かったり長かったり、色もそれぞれの髪の毛、爪。
一つの作物の穴に一つの素材を詰める。
作業を終えると、老人は目を瞑って時を待った。
十分、二十分、三十分が経った頃、蝋燭の火に変化が訪れる。
窓もない密室。扉は閉められている。
野菜はもとより、老人もみじろぎ一つしていない。
だというのに、蝋燭の火がゆらゆらと揺れ始めたのだ。
風に吹かれた時の一方向への動きではなく、左右にゆらゆらと、振り子のように動きが強くなっていく。
やがて激しい動きに耐えきれなくなった炎が、ふっと消えた。
人間に喩えれば、この蝋燭は一度、命を終えたことになる。
彼が立ち昇らせた煙は、まだ生きたいという未練を残していたのか、天へ昇ることを拒否して青果の穴に吸い込まれていく。
生命の残滓を取り込んだそれは、穴から出てきた靄に姿を隠し、ゆっくりと別の存在へと変化していった。
素体の瑞々しさとは反対に、鋭い目、歪で巨大な口、異形の角と、この世ならざる姿をしている。
――成功したな。
老人の声は依然として消されている。
だが、その唇は確かに言った。
部屋は霊で充満していた。
これらは異界から呼び寄せられ、穴から存在を定着させた悪魔のような存在。
死後の人間を呼び出す、カルティアにおける通常の降霊術とは厳密には別種と言えるが、それを知る者はいない。
老人が腕を大きく広げると、室内を窮屈そうに飛び回っていた霊たちが、壁を抜けて外へと飛び出していく。
人々は荒れ狂う霊に怯えて逃げるのみ。
こうして、カルティアにおける大事件「贄の三日」が幕を開けた。