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死の概念

 実際に目にしたからこそ理解できたが、カルティアにおける「死」という概念は、俺たちの認識とは少し違っていた。

 人間は産まれ、やがて死ぬ。

 死因はなんであれ、誰もが等しく命を落とし、その精神は消えてなくなってしまう。

 しかし、カルティアでは古くから人間の死後に関与する術が研究されていて、現在では彼らを「霊」として呼び出すことができるのだ。

 全ては解明されておらずとも、一端に触れることはできる。

 この街の人々にとって、もはや「死」は恐怖の対象ではないのだろう。

 もっと現実的な内容に置き換えてみる。

 死と同じように、今なお俺たちが恐れるものの一つとして「深海」が挙げられる。

 海の底……それよりさらに下の別世界。

 どんなに高名な魔術師であっても、深海ではその身を保っていることは叶わず、圧力によって潰されてしまう。……と、前に本で読んだ。

 深海には生命は存在しないとも言われているし、俺たちと関わりを持たない謎の種族が暮らしているという説もあるらしい。

 では、仮に彼らと交流することができたら?

 闇よりも暗い深海への恐怖心は、きっといくらか緩和される。


「――だから、カルティアでは死刑の指標が低いというのか? 先ほどの降霊術師たちも、危うく命を支払うところだったと?」


 ギョタールさんは頷く。

 処刑人、断罪者。

 彼の仕事は、罪を犯した人間の贖罪として、命を奪うことだった。

 基本的に、死刑というのは最も重い刑罰だ。

 少なくとも、俺が今まで訪れた街や国では、死後の存在と関わることはできず、死ねば全てが無に帰ってしまう。

 だが、カルティアでは「死語の意思」が確認されている。

 程度は個体でさまざまだろうが、考えることができ、今回の男の霊のように企む者もいる。

 死者と生者の違いは、身体を持つかどうかなのだ。

 だからこそ、ここでは「死」に対する恐怖が薄く、単に「肉体を失う刑」と扱われる。

 

「私の一族は、古くから処刑人として生きてきました。街の人々も知っているし……先ほどの霊もおそらく、私が首を刎ねた人間の成れの果てなのでしょう」

「……死を恐れなくなったからと言って、簡単に命を奪うのは愚かだ。犯罪を抑制する効果があるかもしれないが、反対に更生の機会も奪っている」

「それは……」


 エドガーさんの言葉に思うところがあるのか、まだ若い、端正なギョタールさんの顔が陰る。

 

「……あなたの意見は間違っていません。しかし、ここはカルティア……根本的な部分で相容れないのです」

「くだらん反論だな。だが、あんたは本心から処刑を望んでいないようにも見える。どうだ、俺に取材させてくれないか? もしかすればあんたの言いたいことが――」

「いえ、私は迷いなど抱いておりません。街の見回りがありますので、さようなら」


 言葉を遮り、背の高い処刑人は去っていった。


 ・


 街の見回りを済ませた後、ギョタールは一人、路地裏で立ち止まっていた。

 自らの身体が震えているのに気付いたからだ。

 手にしていた武器を壁に立てかけて、胸に手を当てる。

 深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。


「私は……」


 エドガーの言葉は図星だった。

 カルティアの犯罪者の禊ぎ、断罪を司る家系に産まれたギョタールは、幼い頃から父の仕事ぶりを見ていた。

 黒いロングコートを羽織り、同色のシルクハットを夜の闇に紛れ込ませる父。

 厳格な顔つきで罪人の首を刎ねるその姿は、幼いギョタールにとっての憧れだった。

 悪いことをした人だから裁かれるのは当然。

 僕のお父さんは悪者をやっつけていると、そう思っていた。

 だが、だんだんと年齢を重ねて分別がつくようになっていくと、心の中に別の感情が生まれる。

 恐怖だ。

 人の命を奪って、父はなにを感じている?

 断罪の達成感か、裁かれたものへの同情、はたまた軽蔑か。 

 他の国へ旅行の機会があれば、カルチャーショックを受ける。

 

 ――実は、自分の父がしていることは間違いなのではないか?


 カルティアの外では、人の命を奪ったものや、国家に大規模な損害を与えたものが死刑になるらしい。

 それに対して、ここでは対価としての命の価値が低い。

 処刑は見せ物ではない、至って秘密裏に行われる処分であるから、観光客が存在を知っている可能性は低いが、もし、外の人間が自分を知れば……。


「――私こそが大罪人なのかもしれないな」


 自分は、あの男の命を奪った時になにを考えていた?


 ・


「戻ってきたか。遅かったな」


 宿に戻ると、自分こそが王だと言わんばかりの、堂々とした態度のルーエが出迎えてくれた。


「……あのさ、さっきのことなんだけど――」

「なにか?」


 自分には怖いものなどないと、鋭い目で語っている。

 いや、騙っている。


「……それは流石に無理があると思うぞ、ルーエ嬢」

「だ、だって! 気味が悪いだろう!? なんなんだあれは、見たか!?」


 ルーエは自分の手をくねくねと回している。


「人間の身体が震え……震え……あんなおぞましい……。コカローチと別ベクトルで張り合える存在だぞあれは!」

「そうかねぇ……ただ透けてるだけじゃ――」

「それだけじゃない! ひんやりするだろうひんやり! あれは……そうだ、別次元のコカローチなんだ……」


 心底気持ち悪そうにしているルーエを宥めながら、その日は終わった。

 ちなみに、エドガーさんが観光を手配してくれたことを伝えたらすぐに機嫌が治った。

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