断罪者
「馬鹿がッ! 実体のない霊に拳が当たるかよ! 拳の軌道は全く見えなかったが助かった!」
攻撃が当たらなかったことへの焦りか、霊が俺の身体を通り抜けた瞬間、ヒヤリとした感触があった。
急いで振り返ると、走って逃げるエドガーさんに追いつきそうな霊。
「うおぉぉぉぉお! ジオ、話が違うぞ!」
「すみません! 初めての相手で――何か対処法に心当たりはありますか!?」
たとえば空間ごとどうにかすれば霊の動きを止められるかもしれないが、エドガーさんにも影響が出てしまう。
つまりは最終手段。
それよりも彼は小説家、発想力や想像力に関して一流のはず。
何かヒントを貰えないかと問いかけてみたが――
「そんなもの俺が知っているわけがないだろう! 自分の経験したことしか書けないんだよ俺は! だから霊に襲われた話は書けるわけだなーーッ!」
ふむふむ。エドガー先生の次回作には幽霊が出てきそうだな……という話をしている場合ではない。
「ごちゃごちゃ言ってねぇでお前の生命力をよこしやがれ!」
霊は逃げ回るエドガーさんの周囲をぐるぐると回っている。
狙いを定め、ときおり彼に突撃するものの、ギリギリで躱されてやきもきしているようだ。
しかし、この状態がずっと続くわけではない。
どうにかして対抗策を見つけなければ彼が危険だ。
「もう足腰が動かなくなってきたぞジオ! 俺は……ここまでのようだ……」
汗を垂らしながら膝をつく姿を見て、霊は好機だと悟る。
万が一にでも避けられないようにエドガーさんの背後に周り、その身めがけて一直線に――
「――ッ! 誰だ!」
幽霊の動きが止まる。
否、止まらざるを得なかった。
「……逃げ出した霊がいると聞いて来てみたが……随分と楽しそうだな」
二者の間には、幅の広い剣が突き立てられていた。
地面に突き刺さるそれの角度から計算して、声の主は上空から攻撃したはず。
視線を上に向けると、幽霊ではない、男が目に入った。
黒いロングコート、そして同じく黒いシルクハットを被った男が、月の光に照らされている。
投げられた剣の無骨な形、男の容貌。
彼はいわば――死神のような印象を振りまいていた。
「あァ……お前が来たか、処刑人」
男が接地すると同時に、霊は距離をとった。
ひとまず助かったと安堵するエドガーさん、意味はないかもしれないが、彼を自分の後ろに隠す。
両者は知り合いなのだろうか、少なくとも霊の方は男を知っている口ぶりだった。
警戒しているということは、霊に対してダメージを与える方法を持っているのか?
「なにが目的だ? 私への復讐……というわけではなさそうだな」
「へっ、なに言ってんだ。復讐なんて必要ねぇ、とりあえずどいてくれねぇか」
「通すわけがない。死者が生者に危害を加えるなどあってはならないこと」
「生者であるあんたが生者の命を害するのに……か?」
瞬間、武器を取る手に力が入り、男の目が険しさを帯びる。
その瞳には悲しみが見えた。
「気にすることはねぇよ、冗談さ。あんたはそれが仕事なんだからな。だが、ここで油を売ってる余裕はねぇ。そこの青髪の生命力は惜しいが退かせてもらうぜ」
立ち塞がる、処刑人と言われた男と戦うのは得策ではないと考えたようで、霊は霧散するように消えてしまった。
「た……助かった……ようだな」
「そう、みたいですね」
ひとまず難は去ったようだ。
しかし、他にも倒れている人がいるし、彼らの無事を確かめねばならない。
「だ、大丈夫ですかみなさんー!」
振り向くと、先ほどの降霊術師と少年が走ってこちらへ向かっていた。
・
「……みな、命に別状はないようだ。貴方たちは責任を持って医療機関に連れて行くように」
「あ、ありがとうございます。まさか断罪者様に助けていただけるとは……あの、もしや私たちは……」
「今回は死者も重症者も出ていない。よって不問にするつもりだ。旅のお方々に感謝するんだな」
「はい、ありがとうございます! それでは私たちは後始末をいたしますので……!」
降霊術師が去っていった後、男は俺たちの正面に立ち、深く礼をした。
「……命懸けで霊を食い止めてくださり、ありがとうございました」
「い、いえいえ。私なんて何もできませんでしたし……」
拳は当たらず、標的にもされなかったからな。
「それでも、お二方のおかげで被害が減ったのです。私の名はギョタール。カルティアの生者を守るものとして感謝を申し上げます」
「あぁ、確かに俺とジオのおかげと言える。礼は街の観光ツアーでいいぞ」
「承知しました。後ほど手配しましょう」
えぇ……。
注意を引いていたのはエドガーさんだとはいえ、かなりちゃっかりしてるな。
「私はこれで。お気をつけてお帰りください」
もう一度礼をすると、男は背を向けて去って行こうとするが。
「あぁ、少し待ってもらえるか?」
エドガーさんがそれを止める。
「聞きたいんだが、あんたには、この街で起こる犯罪なんかを取り締まる役割があるのか?」
「はい。と言いましても、霊がらみの事件の方が多いですが」
「それじゃあ、どうしてさっきの霊はあんなことを言ったんだ?」
あんなこと、というのは「生者が生者の命を害する」という部分だろう。
込み入った話になりそうだから聞かずにおいたが、俺も気になっていたことだ。
「それは……」
ギョタールさんは目を閉じ、呼吸を整えるようにした後、口を開いた。
「――私が犯罪者の命を奪う使命を負っているからです」