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失敗です!

「なんだァ……? お前の母親の形見だァ? んなもん俺が知るかよ」


 ナイフのような鋭い目つきになった少年が、若々しい唇がかすれた男の声を発した。

 彼の浅い喉からは出すことができないであろうそれに、俺を含めた見物客が驚く。

 もちろん、質問した女性も同様だ。

 だが、彼女はおそらく簡単に失せ物について教えてもらえると思っていたのだろう。驚きの中に恐怖が浮かんでいるように見える。

 すぐに答えをくれると思い込んでいたのは俺も同じだが。


「まぁまぁ、いいじゃないか。せっかくこうやって、再び人間の身体に下ろしてやったんだぞ? 束の間の幸福の礼をしてほしいものだ」


 霊がごねるというのは当然のことなのか、降霊術師は平然としている。

 彼の言葉に納得したのか、少年……に入った霊は頷いている。


「確かに。確かに、お前の弟子かなんか知らんが、この少年には感謝しないとな。あぁ、俺は知ってるぞ。お前の母親の形見は……そのコートの内ポケットに入っている」

「えっ……?」


 女は自分が着ていたコートの内ポケットをまさぐりはじめ、やがて小さなブローチを取り出した。


「あ、ありました……そういえば、出かける時に急いでいて、ここに入れたんだった……」


 数人の見物客は呆れた顔をしているが、俺にはよくわかるぞ。

 物を探すとき、ポケットなんていう一番近いところは頭の中にないんだよなぁ。

 ともかく、術師の言うとおり失せ物を見つけることができた。

 素晴らしいパフォーマンスであり、エドガーさんがしきりに興奮していることからもそれが読み取れる。


「感謝するよ、名もなき霊よ」


 彼は霊に礼をしながら、元の場所へと返そうとしているようだった。

 だが――


「……感謝されるようなことはしてねぇよ。だって、願いを叶えてもらったのは俺の方なんだからなァ……」


 少年の手が術師の身体を強く押し、その身体が数メートル吹っ飛ぶ。


「一番嬉しいのは、そうだな……こいつが肉を食ってたってところだ。そのおかげで、俺は簡単に抜け出すことができる」

「なっ……! あれだけ注意していたのに、何をやっている!」


 這いつくばりながら術師が叫ぶが、その言葉はたぶん、少年には届いていない。

 少年の身体は、霊が発するおぞましい唸り声と共にブルブル震える。

 手は硬く強張り、地面が揺れているかのように小刻みに首を曲げ、白目を剥き始める。


「術は失敗です! みなさん、逃げてください!」


 その言葉と同時に、少年の身体から何かが飛び出した。

 青白く発光した何か。人間の形ではないが、人に成ろう

 しているようにも見える、ひどく歪な何か。

 今、それが少年の華奢な肉体から現れたのだ。


「成功だ! はっ、ははは! ありがとよ術師様!」


 口のような器官は見えないのに、どこからか声が聞こえる。

 霊は念願叶ったように喜びながら、街の方へ進む。

 追えないほどの速さではないが、走らねば見えなくなりそうだ。


「おい、何惚けてるんだ! 追うぞ!」


 エドガーさんに声をかけられてハッとする。

 見物客は街の方へ逃げていった。

 もしかすると、霊の目的は生者を襲うことかもしれないのだ。

 対抗手段を知っているであろう術師は先ほど身体を打ちつけたようで、立てそうもない。


「ルーエもついてきてくれ! 行こう!」


 しかし、普段ならすぐに返ってくる不遜な返事がない。


「……ルーエ?」


 ――振り返ると、そこには腰の抜けた姿があった。


「わ、わわわ私に構わず先に行ってくれ……」

「えぇ……」


 ・


 エドガーさんと霊を追い、ようやくその姿が見えてきた。


「あいつの目的はなんなんだろうな!」

「口ぶりからするに計画がありそうですね!」


 走りながら言葉を交わす。

 霊の言っていた「成功だ」という言葉の中には、確かに喜びがあった。

 それは偶然の産物へのものではなく、予想が的中した時のもののように感じる。

 理由は定かではないが、肉が体内にある場合、降霊術の効力は弱まってしまうようだ。

 少年の食事内容を知った上で彼の身体に降りてきたのか、はたまた霊自身が仕向けたのかは不明だが、やつは機をうかがっていたのだろう。

 動機も何もかもわからないが、人々に危害が及ばないように今は追いかけるしかない。

 それにしても、エドガーさんは取材目的で俺を駆り出しているのだろうが、怖くはないのだろうか。

 彼に問いかけてみると「あんたがいれば身の安全は保障されているようなものだろ」と、かなり無責任な答えが返ってきた。


 ・


 カルティアの広場で霊に追いついたが、既に数人の人が倒れていた。

 死んでいるわけではなく、気を失っているだけのようだが、みな顔色が良くない。


「……ん? わざわざ追いかけてきた命知らずがいるのか。見たところカルティアのやつじゃあなさそうだし……正義感ってやつか?」


 俺たちのことは正常に認識できていて、意思疎通も可能。

 姿を見なければ人間となんら変わりない。


「おたくの目的がなんなのか分からないけど、とりあえず大人しくしてもらうよ」

「そりゃあいい。元気な人間からはたくさん力をもらえるみたいだし、願ったり叶ったりってやつか。大丈夫、命まではとらねぇよ!」


 霊は一度強く発光すると、俺を目掛けて突撃……と見せかけてエドガーさんに突っ込んでいく。


「じ、ジオ! 助けてくれ!」

「はいよ!」


 その動きはもちろん予測していた。

 俺はエドガーさんの前に立ち、挨拶がわりの拳を見舞うが――


「――当たらないッ!?」


 霊が俺の身体をすり抜けた。


 

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