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降霊術

 異世界のような街並みを抜け、大きくひらけた――というよりも寂れた一角に出た。

 あたりには霧が立ち込めていて、屋根の崩れかけたボロい小屋が一つだけ。

 しかし、その小屋の目の前にある空き地には、数十人の人がいたら集まっている。


「かなり人気なようだな。愚かな人間がここまで多いとは……嘆かわしい」

「そう言うもんじゃないよ。俺だって楽しみにしているんだし」


 居心地が悪そうなルーエ。

 他の人々はというと、異様な雰囲気に高揚しているのか、落ち着きがないように見える。

 多くの人が勘違いしているだけで、実際にはここの空気は澄んでいて、霊的な力など皆無なのかもしれない。

 だが、思い込みの力によって脳が錯覚を起こし、本来あり得ない出来事が現れるという可能性もある。


「おやおや、たくさんの人が集まってくれていますね」


 小屋から二人の人が出てくる。

 声を発したのは先に出てきた方、黒い長髪の男だ。

 歳は俺と同じくらいだろうか。

 ローブを身に着け、首元には宝石を埋め込んだ大きなネックレスをしている。

 少しばかり、その装飾品からは異質な力を感じた。

 男の目は窪んでいて、全てを見通すような、そんな深さがあった。

 さらに両の目元が黒く、おそらく化粧品で染めているのだと思われる。

 形からであっても只者でないと理解できた。

 遅れて扉を通ってきたのは一人の少年。

 まだ歳は15〜6くらいだろう、あどけない顔をしていた。

 しかし、やはり彼の目にも神秘的な部分があり、美しい青い瞳が脳内の冷ややかな風を現実のものと錯覚させる。


「……もう時間も良いでしょう。今日は霊気が満ちているようですし、これよりパフォーマンスを始めたいと思います」


 挨拶もほどほどに、降霊術を開始してくれるようだ。

 俺も他の人々と同じように拍手をする。

 背後には、腕を組んで不貞腐れているルーエが、エドガーさんは隣でペンを走らせている。


「それでは、今から私の助手に霊を下ろします」


 少年は男の一歩前に立ち、ゆっくりと正座すると、目を閉じた。


「ですが、理由もなく霊を下ろすと反感を買ってしまう可能性があります。知りたいことや明かしたいことがあって、それを実現する手段として、知識のある霊を呼び出すこと。これが私の扱う降霊術なのです」


 たとえば霊が曖昧な存在だとして、それ自体では方向性を見失い暴れてしまうのかもしれない。

 そこに目的を、指向性を持たせてやることによって、不確定な霊に言うことを聞かせる……のか?

 考察はさまざまできるが、実際のところは分からない。

 ただ事の行く先を見るのがいいだろう。


「この中に、知りたい事……失せ物がある方などはおりませんか?」


 男が挙手を促すと、幾人かが同行者と顔を見合わせて会話を始める。

 そして、ややあって一人の女が手を挙げた。

 はいあなた、と男が手の先を向けると、女は前に出てくる。


「なにか探し物がある……ということでよろしいですか?」


 はい、と女が頷く。


「それは一体なんなのですか? 残念ですが、すでに跡形もないものや、亡くなってしまった命は探し出せません。先に言っておくべきでしたね」

「いえ、私が探したいのは母の形見なのです」

「ほう、お母様の形見と……それはなんとしても見つけたいですね。紛失……で間違いありませんね?」

「もちろんです。多分、家の中にあるはずなんですが……」


 深刻な顔の女性。

 彼女はこのためにカルティアに訪れたのかもしれないな。

 失せ物の詳細を聞いた男はというと、数回頷くと、目を閉じて正座している少年の肩に手を置いた。


「みなさま! 今から、彼女のお母様の形見を見つけ出したいと思います。霊を下ろす少年は未だ修行中の身ではありますが、心配ありません。安心してご覧ください」


 そう言うと、男は首にかけていた装飾品を脱ぎ、少年にかける。

 一歩、二歩、三歩。ゆっくりと少年の正面に立つと、慎重に、手をかざす。

 術師の目は黒かったが、だんだんと、少年の宝石と同じ赤色に染まっていった。

 エドガーが感嘆の声を漏らす。

 俺だけでなく、周囲の人々にも同じように見えているようだ。

 視線を戻す。次第に少年の胸の宝石が光を増し、影が、不自然に左右に広がる。

 不確定な闇だったそれは、炎のようにゆらゆらと揺れながら、徐々に確かな形になっていった。

 具体的に何かと問われても難しい。ただ、何者かの外形であるのは間違いない。

 それは、今度は発生源である宝石を侵食するように流れていき、すべての影が飲み込まれたあと、目を閉じていた少年がびくんと身体を揺らす。

 誰もが固唾を飲んで見守る中、力無く身体を寝かせていた少年が目を開けた。


「…………」


 無言だったが、おそらくこの場の全員が理解しただろう。

 彼の視線、目つき。それが違う人間のものだということに。


「……いま、彼の身体に霊が入りました。さぁ、あなたの探し物を問うてください」


 促された女性は、少しの間、恐怖からか緊張からか固まっていたが、やがて震える声で話し始める。


「あ、あの……私の母の形見は……どこにありますか?」

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