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占い老婆と過去幽霊

 カルティア、という都市を知っているだろうか。


 この世には魔術があり、一般的に原理が解明されていない事象ですら、魔力によって再現できる。

 それは各種属性攻撃に始まり、空中浮遊や水上歩行、果ては時間の逆行をも可能にしていた。

 思いつくことでできないことなど、ほとんどありはしない。

 ……だが、そんな魔術にも不可能なことがある。

 死者との交信だ。

 死亡して時間の経っていない生物なら蘇生は可能だが、はるか過去に亡くなったものや死体の損壊が激しすぎるものは、もはや手の届かない領域へと旅立ってしまう。

 病や寿命で倒れたものも同様だ。

 だからこそ永遠はなく、一瞬の輝きと言える命は尊く、人々は死を恐れる。


 ……しかし、魔術とは違った体系の技術によって、死者との交信を実現させた人々がいる。

 超自然都市カルティア。

 そこに住む人々は、日頃からこの世とあの世の境界を曖昧にし、常人には理解できない生活を送っているらしい。

 突如として動き出す家具、勝手にページが捲れる本、人がいないはずの場所に蠢く影。

 存在しないはずの、存在しているもの。

 それらとコミュニケーションをとり、悪きものがいれば戦い、時に知り得るはずのない情報を得るのがカルティアの住民。

 いやいや、そんなの信じられるわけないよな。

 だって、その霊とやらはどこにいるんだ?

 不可視の精神だけになってその辺を彷徨っているとしよう。

 この世界はかなり長いこと続いているはずだし、悲しいことだが、毎日どこかで誰かが命を落としている。

 精神体の大きさがどの程度かは不明だが、この世は霊でぎゅうぎゅう詰めになっているはずだ。

 確実に矛盾しているとは言えないが、ちょっと無理がある話だよな。

 そのはず、なんだけど――。


「――お主、数ヶ月前に腰に深刻なダメージを受けたじゃろう!」

「な、なんで知ってるんですかッ!?」


 カルティア滞在2日目にして、俺の常識は早くも塗り替えられようとしていた。

 「占いの館」と銘打たれた、紫を基調とした不気味な建物の中で、目の前に置かれている、両手でなければ持てない大きさの透明な玉を見ながら、老婆が得意げに笑う。


「この水晶玉はな、お主の過去……正確に言えば過去のお主を見ておった霊を呼び出してくれるのよ」

「いやはや、そんなことが……!? 幽霊は実在したのか……!」

「ほっほっ。誰しも最初はそう言うのじゃよ」

「……自分の無知を悔いるばかりです。万物を見通す手段に、幽霊と言う例があったとは……!」


 本当にびっくりだ。

 あまりの驚きに「幽霊と言うゆうれい」という新作のジョークまで生まれてしまった。

 館の暑いとも寒いとも言えない、どちらかと言えば涼しいくらいの温度のように、ぬるりと誕生した一作。

 これまさしくオカルティックジョークと名付けるにふさわし――。


「あのなぁジオよ、よく考えた方が良いぞ」

「……え?」


 後方で腕を組み、つまらなさそうにこちらを眺めていたルーエ。

 彼女は俺に近づき、囁くように声を出す。


「……お前ほどの年齢なら、そろそろ腰にぎっくりきても良い頃だろう。あの老婆は、当たり障りないことを適当に言っているだけさ。現に、マルノーチでの戦いの時期までは当てられなかったろう?」

「そ、それは……」


 言われてみれば――癪ではあるが――中年くらいの年齢に腰の問題はつきものなはずだ。

 たとえば、「場の空気を壊すのが嫌で意見を合わせてしまうことがありますよね?」と言われて、自分のことだと感じてしまうのと同じ。

 大抵の人は他人との友好的な関係を望んでいるし、わざわざ進んで空気を悪くしようとは思わない。

 誰にでも当てはまることであるのに、言葉にされると自分の内面をぴたりと当てられているような気がする。

 これが占いの正体だったのだ。

 ……危ないところだった。

 このまま老婆に「この壺を買えば運気がむいてくる」とセールストークに入られていたら、即答で買ってしまっていたところだ。

 本当は幽霊など存在しない、まやかし。


「まぁ、お主らがどう思うかは個人の勝手じゃからな。なんとでも思うがいいさ」


 ルーエの言葉が聞こえていたのか、それとも俺の表情から読み取られたのか、老婆は手をひらひらさせて笑っている。


「……だが、一つだけ妙なのは……お主ら二人の関係性なんじゃがなぁ」

「関係性?」


 ルーエが不機嫌そうに反応する。


「特にそっちの、幽霊すら息を呑むであろう美貌の。お主らはお嬢さんの前世から縁があるようじゃが、そうであればいささか年齢が合わない気がしてなぁ……。前世の記憶など、普通は持っていられるものでもなし。ワシもそろそろ引退時かのぅ……」


 そう言って館の奥へと引っ込んでしまった老婆。

 俺たち二人は、互いに目を合わせて――


「……あの人、本物じゃない?」


 ――そう言った。

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