ある騎士の出発
「あなた方も食料には困っているだろうに……かたじけない」
「なにをおっしゃいますか。騎士様がいなければ、私たちは食糧を消費することもできず、腐らせていたのですから。それに、救世主が飢えで倒れるというのは、世界にとって大きな損失でしょう」
自分には過ぎた賛辞だと思いつつも、騎士は大きな布の袋に入った食料を受け取る。
ゴブリンの一隊を撃破した騎士は、休むこともせず、そのまま村人と共に外壁の修理に取り掛かった。
そして、二日ほどの労力によって、以前よりもさらに強固な守りが完成された。
人々が安堵する様子を見て、騎士は村を出ることを決め、今は見送られるところだ。
「騎士様、本当にありがとうございました。その、お怪我は大丈夫なのですか?」
「あぁ、もちろんだとも。村の皆さんが受けた傷に比べたら、私など健康の塊。どうかお気になさらず」
「武器は必要ではありませんか? 使えるものがあれば、なんでも
――」
「村にも武器は必要だろう。いざという時には、この馬と逃げるので安心してください」
村人たちは次々に声をかける。
本当に、この記事が自分たちを救ってくれるのかと、一時は疑問に思っていた村人だったが、もはや彼に懐疑的な視線を向ける者は誰一人いなかった。
むしろ、この強いとは言えない騎士が今後も生きていけるのか、そればかりを考えている。
だからこそ、自分たちの生活が苦しくとも、彼に最大限の手厚さで旅の支度をさせた。
「さて、私はそろそろ行きましょう。今後もあなたたちの暮らしに幸せがあるよう願っています」
そう言って、騎士を乗せた馬が歩き出す。
しかし、数歩ほど足を動かしたところで、ぴたりと止まった。
「そうだ、一つ聞いてもよろしいでしょうか? 実は私は、あてもなく放浪しているうちに、この村に辿り着いたのです。次に行くあてもなく、よければ人里のある方向を教えていただければ……」
村人たちは顔を見合わせる。
彷徨った結果、こんな辺鄙な場所にある村を訪れるなんて、人並外れた方向音痴さだと、そう思った……のではなく、ただ単に、どこへ案内しようかと考えているのだ。
「あ、そう言えば……」
一人の男が手を挙げた。
「ゴブリンの中に、どこかの町のギルドの情報誌を持っている個体がいまして……騎士様とそう変わらない年齢の『書の守護者』と呼ばれる人物が、北の国に訪れるそうですよ」
「書の……聞いたことがないな。だが、行ってみるのも良いかもしれない」
自分の身の上を考えれば、高名な人物を知らないということも十分あり得る。
特に行くあてもなく、口では気丈に振る舞っているものの、さすがに休みたい気分の騎士は、次の目的地を北の国に決めた。
ついに村を出発すると、だんだんと冷え込んでいけばそれが正解という雑な推理のもと、彼はひたすらに北を目指すことにした。
「……私と同年代か。人々に慕われ、活躍している御仁に会うことができれば、良い刺激を受けられるだろう。一体、どんなお方なんだろうな」
独り言のような呟きに、愛馬は鼻を震わせて答えた。
この騎士とジオとの出会いは、彼を自らの過去に向き合わせることになるのだが、それはまだ後の話である。