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回想

 俺が今まで関わってきた人物というと……まずは母親だ。

 いつも優しく、必死で俺を育ててくれた。

 

 次に故郷の人々。

 といっても、そのほとんどが事務的な受け答えしかしてくれず、関わったといっていいのかは微妙なところだ。

 唯一、俺に色々なことを教えてくるお姉さんはいたな。

 外の世界が恐ろしいこと、俺の力じゃとてもじゃないが勝てないということを教えてくれたのは彼女だった。

 

 ほんの10分ほどの短い時間だったが、馬車に乗せてくれた少年。

 彼が今、何をしているか気になる。

 どこか安全なところへ行けたのだろうか。

 

 そして、焼き払われてしまった麓の村の人々。

 優しく接してもらえた感謝と助け出せなかった無念。

 

 あとは……あぁ、俺が盗賊を倒して本を持ち帰ってから、年に一度くらいのペースで山に人が捨てられていたな。

 そのほとんどが幼い少年少女で、見捨てるには未来が明るすぎる。

 親の代わりになどなれると思わなかったが、彼らには、俺とは違う将来が待っている。

 だから、俺は彼らを一人で生きていける年齢まで育てたのだ。

 盗賊を倒す前にも同じような人がいたのかもしれないが、少なくとも感知できるようになってからは全ての人を救ってきたと思う。

 ただ、流石に俺も一人でゆっくりする時間が欲しかったので、ここ数年は山に人避けの結界を張っていた。

 近くには他に山はないし、捨てるのにちょうどいい場所がなければ、きっと子供達も安全に暮らせる……はずだ。

 そうして月日は過ぎ、レイセさんやルーエと出会った。


 ・


「……だから君に会ったことはないと思うんだけど」 

「私のこと、忘れちゃったの……?」


 黒髪が艶かしく揺れ、キャスは俺を上目遣いで見つめてくる。

 可愛いなぁ。もちろん恋愛感情ではないが、魅力的なのは田舎者の俺にも理解できる。

 幼い頃からマルノーチのような都会で過ごしてきたのだろう。


「そう言われてもなぁ、キャスって名前には覚えがあるけど、君とは違ってお子様だったから」

「それが私なんだって! あの山でジオに拾われたうちの一人の!」

「えぇ……?」


 一歩引き、キャスを遠目から見てみる。

 俺が育てた同名の子は、性別こそ同じもののかなりやんちゃだった。

 髪だってショートカットだったし、とてもじゃないが同一人物には見えない。

 それに対して俺なんて冴えないおっさんだし、人違いしているんだろう。


「あ、そうだ。ジオに信じてもらえる方法があった」

「なんだって?」


 彼女は少し恥ずかしそうに目を伏せた後、意を決したように口を開く。


「よ、良くない予想をするのはよそう!」

「――――ッ!?」


 脳内に衝撃が走る。


「そ……それはまさかっ!?」


 キャスが言ったのは『ワンダフルユーモア』の「相談編」の一節、「ネガティブな気持ちの人を落ち着けるユーモア」だった。

 世間に『ワンダフルユーモア』が浸透していれば知っていても不思議ではないが、この状況で証拠として提出することこそが、彼女が俺の知っているキャスと同一ということを示していた。


「本当に……あのキャスなのか? 木の上で眠りこけて落下してた?」

「だからそうなんだって!」

「伸ばしていた髪を邪魔だって言って雑に切り落としていたキャスなのか!?」

「しつこいっ! ほら、よく見てよ!」


 一度認めてしまえばあとは早い。

 尖らせた口も、地団駄を踏んでのアピールも、見覚えがある。

 記憶の中の幼いキャスはすくすくと成長し、あっという間に目の前の女性になった。


「世界で何人といない魔法使いだなんて……大成したな。最初は文字すらろくに読めなかったのに……」

「そ、その話は良いから! ジオが熱心に教えてくれて、そのおかげでこうして強くなれたんだよ」


 大したことは教えていないのだが、その言葉に嬉しくなる。


「なぁ、お前があの小娘を育てたのか?」

「そうだけど」


 ルーエが肘で小突きながら声をかけてきた。

 その瞳からは戸惑いを読み取れる。


「……強くないか、あのキャスとかいうの」

「俺よりよっぽどな。どんな辛い修行をしたらあんな綺麗な魔力になるのか」

「いや、お前の方が全然強いんだけどな? だが、この私に勝るとも劣らない魔力なのは確かだ」


 魔王に認められるって、本当に強いんだな。


「ジオさんがキャスさんを育てたって本当なんですか……?」

「そうですよ。といっても、大体5年くらいですけどね」

「あの山で5年も……それは強くもなりますね……」

「でも、同時期にいた子達の中では飲み込みが悪かった方ですよ。それがこんなに強くなるなんて、さぞ頑張ったんだろうなぁ」


 レイセさんと話していたらだんだんと涙腺が緩んできてしまい、無意識にキャスの頭を優しく撫でていた。


「んへ……久しぶりのジオだ……じゃなくて! 今までずっと探してたんだよ!? どれだけ頑張ってもあの山が見つからなくて……」

「人避けの結界を張ってたからね。独自の術式を使ってるからそう簡単に見つからないんだよ」

「な、なんでそんなことを? もしかして私たちのこと……」

「そうじゃないよ。なるべく強い結界にしないと、またキャス達みたいに捨てられる子が出てくるかもしれないからさ」

「むぅ……確かに」


 ひとまず納得してくれたようだ。


「そういえば、さっき俺のことを探してたって言ってたよな? 何かあったのか?」

「えっ? いや、それは……」


 蕩けたり元気になったり言い淀んだり、反応がコロコロ変わるな。

 里帰り的な感覚で会いにしてくれようとしていたのだろうか。

 だが、俺など忘れていてくれても良かったのに。

 

「私ももう大人になったし、一人でちゃんと生計も立てられるから、ジオ認めて貰えるんじゃないかと思って……」

「認めて? なんだ、そんなことだったのか。一人前って認めたからキャスを外の世界に出したんだよ。だから安心して――」

「そういうことじゃないの! 年取ると鈍感になるのかな……いや元からか」


 聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが、気にしないでおこう。

 キャスは変わらずもじもじとしていたが、俺に呆れたようにため息をつくと、背筋をピンと伸ばす。


「今後、一気に押しかけてくると思うよ。ジオが出てきたって、世界中で話題になってるし」

「程度を盛りまくるっていうジョークか? そうか、世界中という表現は明らかに嘘だとわかるから、簡単に――」

「違うから……。とにかく気をつけた方が良いよ? 忠告はしたからね」

「う、うん……ありがとう?」


 まだ疑問符が浮かんでいるが、一応お礼を言っておくことにした。

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