失敗と予想外
魔力が枯渇すると、一時的に身体を動かすのが難しくなる。
それは体内のあらゆる器官が、筋肉が魔力の回復に力を回すからであるが、ジオにとっても同様だった。
正確には、彼はその気になれば、ほんの少しくらいなら肉体に指令を出すことができるが、目を覆いたくなるような悲惨な未来を見て、精神を過去に飛ばし、さらに高度な場所で老いかけている自分を酷使したことで、ひどく疲労していた。
たとえ力を振り絞ったとしても、どのみちルーエやミヤの頑張りに任せることになるし、それならば少しでも休息し、できるだけ早く力を取り戻す方が良い。
底のない水中に沈んでいるのではないかと錯覚するように、ジオは落ちていく。
その目は砕け散った天降石をぼうっと見つめていて、自分が地上に近付いていることを確認することはできない。
ただ、彼は「墜落しても死ぬことはないけど、もしかしたら腰がやられちゃうかもしれない」と、受け身が間に合わないタイミングになって、ようやくその考えに至った。
盛者必衰。どれほど強大な力を持つものでも、内側からの崩壊は防げない。
果たして、40手前のおっさんの腰が、空高くからの落下に耐えられるのか。
答えは考えるまでもなかったが、同時に、示される事もなかった。
ジオの身体を、何かが包み込んだ。
・
雪のように降り落ちる天降石の破片。
地上で待機していた人々は、それが地に足をつけないように対処に追われていた。
「思っていたより数が多いな! そっちへ行ったぞ!」
ルーエは、自分の周囲に20ほどの黒い球を呼び出し、その全てを破片へと向かわせる。
触れるものを消滅させる効果のあるそれは、一つ一つがそれなりの大きさを持っていたが、全てを動員してもなお、断片の一掃は不可能だった。
弧を描き、次々と仕事を果たしているが、一つ、二つと撃ち漏らしてしまう。
「少しばかり、操作が雑なのでは? こちらも大変なのです」
英傑を5人召喚したミヤは、大きな欠片の処理を彼らに任せつつ、自らは放置された小さいそれを、紙札で粉々にしている。
呼び出された英傑たちは、斬り、砕き、叩き、それぞれの攻撃方法によってだけでなく、時に一人の背中を階段がわりにして空へ飛んだり、協力し合っていた。
「操作が雑なんじゃない! ここまでの数の消滅魔術を同時に使える者など私以外にいないんだぞ!」
「誰もいなくなった、という結果にならないと良いですね。そちらにいきました」
「お前だって撃ち漏らしてるじゃないか!」
口は動かすが、手もそれ以上に動かす。
二人の活躍によって、着実に終わりは近づいていた。
地上に落ちてもあまり被害が出ないような小さなものは、冒険者や村人によって砕かれる。
しかし、どのような状況であろうと、失敗が起こらないとは限らない。
消滅魔術の追尾を振り切り、英傑の索敵をもすり抜けた巨大な破片が、弓を構える村人の頭上に吸い込まれるように落ちていく。
ルーエがいち早く気付き、数瞬遅れてミヤが反応する。
しかし、どちらも手一杯で、破壊の手が回らない。
時の流れがなだらかになったように、死神の鎌はゆっくりと、着実に進んでいく。
村人の首にかけられたそれは、一思いに命を刈り取ろうと――。
「おおぉぉぉおぉらぁぁぁぁっと!」
突然伸びてきた鞭のような物体が、破片を空へと弾き飛ばす。
命の恩人の方へ振り向いた村人が腰を抜かす。
「待たせたなぁ! この身体に慣れるのに手間取っちまって!」
8つの凶暴な貌が、同じく8本の屈強な身体についている。
しかし、その瞳に人間に対する敵意はなく、踊るようにそれぞれの首が破片を噛み砕いた。
「あっしも、あっしたちもいますよ!」
胴の部分にはくたびれたジオが寝そべっていて、彼を守るように、数体の河童が囲んでいる。