花火
空一面に広がる天降石と、中背の男。
両者の存在的な規模には天と地ほどの差があったが、その距離は加速度的に縮まっていった。
シャーロットの鎧から着想を得た、炎の噴射による空中移動。
空中に浮遊することはジオにも可能だが、矢のように勢いよく進むことはできない。
もちろん、自らの魔術で推進力を得ることは可能だが、彼にはこの後、莫大な魔力を用いた作戦がある。
少しでも多くの魔力を保持しておきたいという考えのもと、ミヤの紙札を採用したのだ。
だが、あまり魔力を消耗しない札には制限時間があり、悠長にしていられない。
ジオは右の拳を握りしめて、天降石とぶつかる瞬間、前に突き出した。
渾身の一撃は対象物にヒビを入れたが、勢いは止まらない。
そのまま自分の身体ごと、天降石の内部へと侵入していった。
・
地上からは、徐々にジオが小さくなっていき、彼が天降石に何をしたのか見ることができなかったが、やがて、とてつもない打撃音が聞こえた。
カグヤノムラの村人たちは、祭の日に行われる、花火が打ち上げられたのかと勘違いしてしまいそうになる。
とうとう鎧の男の姿が消え去り、何も聞こえなくなった。
「じ、ジオさんはどうなってしまったんですか!?」
「もしかして、天降石にぶつかって……」
狼狽える冒険者たちに対して、ルーエはひどく落ち着いていた。
手のひらに黒い球体を出しては消しながら、彼女は空を見つめている。
「心配なんてしている場合か。あと数分のうちに、私たちの命運が決まるんだぞ」
果たして、その言葉は現実のものとなった。
ジオが天降石の内側に入って数分後、魔力が渦巻き、空間を歪ませた。
めまいを覚えて倒れかけながらも、冒険者たちは視線をあげ、にわかには信じられない光景を目の当たりにする。
天降石はその大部分が消し飛ばされ、無数の破片へと姿を変えていた。
・
ジオには、天降石を破壊するだけの算段があった。
と言っても、それはおよそ作戦と呼べるような手の込んだものではなく、ただ単純に「限界まで高めた魔力を放出する」というもの。
力技という表現がぴったりの、世界でも有数の強さを持つ人物にしかできない荒技。
しかしながら、魔力を全て消費して放つことで天降石の大半は破壊できても、その後のケアはできない。
破壊しきれなかった破片が地上に落ち、取り返しのつかない被害を及ぼす。
ガス欠に陥った身体では、それらを掃除することができない。
だからこそ、ルーエやミヤにスイーパーに徹してもらう必要がある。
「……このあたりが中心のはずだ」
天降石の中を突き進み、自分がどのあたりにいるのかを感知しながら、ジオは中心地点へとたどり着いた。
破片が地上に落ちるまで、少しでも時間を稼ぎたい。
つまり、考えている時間はない。
ジオは肺の中の空気を全て吐き出し、一度、少しだけ息をした。
体内に意識を向けて、循環している魔力が全身から放出されるイメージをする。
少しずつ魔力が充満していき、それに触れた内部の岩石が削られていく。
その魔力を両手で潰すように集め、圧縮する。
手で押さえ込んでいるそれに、さらに魔力を込めると、小さな嵐が起こっているようだった。
1分をかけて全ての魔力を注入すると、手を離し、一気に解放する。
解き放たれた魔力が爆発を起こす前に、ジオは地上へと身を翻して炎を噴射した。
やがて札の効力が切れると、力を抜いて地面へと落下していった。
・
「……か、神様だ……」
純粋な魔力によって生み出された花火は、絶望を具現化した天降石を食い破るようにして現れた。
天降石によって太陽が隠され、あたりは真っ暗。
それを砕き、差し込む火の光。
村人たちはそれを見て、月の神を彷彿とさせずにはいられなかった。
自分たちの祖先を導いた月の光のように感じずにはいられなかった。
だが、これはおとぎ話ではない。
現実とは後始末が面倒なもので、うやむやに終わらせることはできないのだ。