男二人
その夜、大君は与えられた寝室で小さなケースを手に持ち見つめていた。開けて見るとまずはメモが一枚。
「飲めば一口すっころりん……フザけてんのか」
しかしメモの下にはしっかりと一錠の薬が入っている。
「薬品名スコロリン。飲めば苦しまず十秒で眠るように死ねるわ。これを、玉手箱として貴方に渡しておきますからね」
御面の言葉を思い出しつつも、大君は迷いなくケースを閉じて机の奥に片付けた。誰の手にも届かぬように。誤って誰も開かぬように。しっかりと固定して包んで押し込めた。
「ありがとう死神さん。貴女のお陰で俺は今、とても幸せだよ。だから断言する、貴女がくれたこの薬が人を殺すようなことはもう絶対にない」
自分に刻み付けるように呟いて大君はそっと引き出しを閉じた。
すると、丁度そこに扉をノックする音があった。
「父さん起きてるかい? 良かったら男二人で飲まないか」
「いや、俺は酒を……」
言いかけた言葉を飲み込んで大君はドアを開けた。
「喜んで付き合うよ」
「ようし、良いの開けるよ」
そう言って昴流はボトル上げて見せた。
「うまそうだな」
「流石、解ってるね」
「違うよ、酒の良し悪しは詳しくない。でも、息子と飲む酒は最高に決まってる」
「はは、それ言うと思った」
「ナナさんはもう休んだのか?」
「もちろん。じゃないと話し難い男の話もあるだろ」
二人でニヤリと笑い合って大君と昴流は場所を変えた。
「それにしてもナナさん、すっごい美人だよな」
「わざわざ不細工にする必要はないからね。父さんもどうせなら特注、顔から体型まで全部自分好みにしたら良いよ。明日はそのモデルを見に行って、気に入った性格の子がいればその子のAIを元に色々オーダーし、たった一人のフューマンにするんだよ」
「大丈夫なのか? 良く考えてみれば女性軽視だとか騒ぎ出す連中がいるんじゃないのか」
「ビジネスとはいつも二手三手先を考えて行うものだよ、父さん。そんな当たり前のことをウチのマーケティング部門が考慮しない訳ないだろ? もちろん男性型もいる」
「まあ考えてみりゃ当然か」
「まあ父さんの配偶者として男性型は勧めはしないけど」
「それは俺も遠慮する」
「でも実はね、当初は敢えて女性型だけ、それも美人だけを揃えて前面に出したんだよ、敢えて煽るためにね。で、狙い済ましたタイミングで満を持しての男性型。まだ注目を浴び出す前の戦略だったんだよね。馬鹿な女は想定通りに動いてくれるよホント」
「おいおい、そんなこと言って大丈夫なのか?」
「女だって男は突起物が前後すれば良いとか、金だけで良いとか言うだろ」
「色々な意味で凄い世界だな」
「それでも男が子を成そうと思えば子宮を借りねばならない。今はまだフューマンが子を宿すことはできないからね。だから、むしろ男女間の価値で言えばまだ男性の方が低いんだよ。僕はそれを平等にしたいと思っている」
「今はまだ? 平等に?」
「察しが良いね父さん。そうだよ、技術的な話で言えば人工子宮を用いた出産については父さんの時代ですら既に見通しがついていた。つまり、もう既に完成しているんだ。ただ、それをフューマンに実装させないのは倫理だとか何だとか、つまらない問題があるからさ。少しさ、女って生き物は調子に乗り過ぎたんだよ。年々出生率が下がっているのだって、そんな女共に対する男達のノーの声なんじゃないのか」
「昴流、まさか」
「……今だから言うとさ。僕、あの女がしたことを理解していたんだ。だから僕から父さんを奪ったあの女が許せなかった。あの時代のルールが許せなかった。だから僕は父さんを救ってそれをぶっ壊すと決めた。これは僕にとって女共に対する復讐、宣戦布告だ。仇討ちをさせてもらう……僕は、父の仇を討つ!」
「いや俺死んでないよ」
「ああそうだった」
「お前、相当に酔ってるだろ」
「ともかく、僕は全ての女共の価値をゼロにしてやりたいんだ! ……父さんならこの気持ち、解るはずだ」
「解る。解るよ。ついこの間まで、父さんも誰でも良いから復讐したいという気持ちに駆られていたからな」
「今は違うとでも言うのかい?」
「自分でも解らない。でも今はそんなことを考えてはいない。何人かの女を騙した時か、安楽死を選択した時か、それとも目覚めた時か。いつだか、何故だかも良く解らないけど、いつの間にか上手く清算できていたようなんだ」
「それじゃあ、それじゃあ僕のこの復讐心はどうやって晴らせば良いんだい」
「解らない。でも昴流がそう言うってことはさ、本当は自分でもその復讐心って奴を何とかしたいって思っているんだ。でもその方法が解らない。そりゃそうだよ、その気持ちが嘘のように消えた父さんでさえ覚えていないんだから。でも、確かに父さんは今、自分の中の醜い心にケリをつけられたのは確かだよ。だから、昴流が自分の心に決着を付けられるまでは、父さんがそばにいてやるよ。そう言うのは多分、人間の方が得意なんだ」
「ありがとう父さん。でも、できるかな、僕に」
「大丈夫、大丈夫だ、父さんが何とかしてやる」
「父さんまたその台詞? 何だよもう酔っちゃったの?」
「まだまだ。こんなに楽しいのに早々に酔い潰れてたまるか」
「そうこなくっちゃ」
それから暫く親子二人で語り明かした。