008・アイネの覚悟(※アイネ視点)
「ユアン、しっかりして! ユアン!」
レッドウルフを倒したユアンが、急に倒れてしまった。
私たちは、急いでユアンの元に駆けつける。
だけど、
「すぅ……すぅ……」
ユアンは、ただ眠っているだけみたいだった。
…………。
思わず、みんなと顔を見合わせて、それから盛大なため息をこぼしちゃったよ。
もしかしたら、不思議な右腕の力を使いすぎて、疲れちゃったのかもしれないね。
それから私たちは、みんなでユアンの身体を抱えて、急いでこの場所を離れることにした。
突然、現れたレッドウルフ。
それはもしかしたら、ホーンラビットの血の匂いに誘われて、ここにやって来たかもしれないから。
だから、急がないと他の魔物も来てしまうかもしれないの。
「えっほ、えっほ」
男の子たちがユアンを背負って走る。
私は、ユアンが命懸けで集めてくれたホーンラビットの角や毛皮を抱きしめて、その横を走っていた。
ユアンの寝顔が見える。
頬に返り血がついていて、でも、とても安らかな寝顔だった。
なんだか可愛い。
「お疲れ様、ユアン」
そして、ありがとね。
がんばってくれたユアンに、私は微笑みながら、そう声をかけた。
◇◇◇◇◇◇◇
私はアイネ。
村の孤児院で暮らしている11歳の女の子。
パパとママは行商人をしていて、あちこちの村や町を移動しながら、私も一緒に旅をして暮らしていたの。
でも、ある日、土砂崩れに巻き込まれて、2人とも死んじゃった……。
私は1人ぼっちになった。
そして、行商で来ていたこの村の教会で、孤児として保護されることになったの。
孤児院で暮らして、もう4年。
気がついたら、私は孤児院で一番年上のお姉さんになっていたわ。
…………。
ユアンは、半年前にやって来た新しい家族。
でも、真っ白な木の右腕をした、ちょっと不思議な男の子だった。
世の中には、人を石化したりする魔物もいるから、そうした理由で木の腕になってしまったのかもしれないね。
「…………」
その右腕を見て、大人たちは「呪われてる」とか「気持ちが悪い」とか言ってた。
けど、私は、
(……真っ白で綺麗)
って思ったわ。
木の表面はなめらかで、雪のように真っ白くて、まるで高価な芸術品みたいだわって思ったの。
ユアンは大人しい子だった。
そして、ちょっとのんびり屋さん。
最初は、夜、1人で泣いていたりもしたけれど、今では私たち新しい家族を受け入れてくれたみたいだったわ。
私も姉として、ユアンとの日々を過ごしていたの。
そして、あの日、
「ホーンラビット!」
私たちは、森で恐ろしい魔物に出会ってしまった。
でも、そのホーンラビットを、ユアンはあっという間にやっつけてしまった。
真っ白な右腕。
それは不思議な力を秘めていて、私たちを守ってくれたの。
(凄い……)
それを見て、私は思ったわ。
ユアンの不思議で真っ白な右腕は、きっと私たちの未来を切り拓いてくれるんだって。
◇◇◇◇◇◇◇
「なんて馬鹿な真似を!」
孤児院に戻ったら、案の定、院長先生のエミルダ義母さんに怒られてしまった。
みんな、肩を縮めている。
眠っていたユアンだけは、先にベッドに運んでいた。
エミルダ義母さんは、厳しくて優しい人。
ホーンラビットを狩りに、義母さんに黙って、森の深い場所まで行ったなんて知ったら怒るのも当然だった。
それは、私たちを心配しているから。
愛してくれているから。
わかっている。
それはわかっているの。
(……でも)
エミルダ義母さんは言った。
「約束してちょうだい。もう2度と、そういうことはしないって」
みんな、涙目で頷きそうだった。
でも私は、
「できません」
そう答えた。
エミルダ義母さんは驚いた。
みんなも驚いて、私を見る。
私は母さんの顔を見て、必死に訴えた。
これからも、ホーンラビットの狩りを続けたいって。
理由は、森でユアンやみんなに伝えた通り。
私たちは孤児だ。
村の子供たちは、将来、親の仕事や畑を継いだりするけど、孤児である私たちには、そうした未来はない。
孤児院を出たら、居場所のない私たちは、大きな街に働きに行かなければならない。
でも、街の子供みたいに学校にも行っていない私たちが就ける仕事は、とても大変で、お金も全然もらえないものばかりなのはわかりきっていた。
毎日、必死に生きるだけ。
それも1人ぼっちで。
(そんなの嫌!)
私は、そう強く思っていた。
そうした未来を壊したくて、受け入れたくなくて、私は『冒険者』になりたかった。
みんなの未来も守りたかった。
だから、
(ユアン1人に負担をかけるのはわかっていたけど……)
それでも、未来のために足掻きたいの。
そのための方法が、ユアンの力を借りて、ホーンラビットの素材を売って、今の内からお金を集めておくことなの。
私は、そうエミルダ義母さんに訴えた。
涙がポロポロこぼれた。
でも、義母さんから目は逸らさない。
みんなも、そんな私を見て泣いてしまって、でも、一緒にエミルダ義母さんを見てくれた。
「…………」
エミルダ義母さんは苦しそうな顔をしたわ。
義母さんも、そうした現実が待っていることは知っていたはずだもの。
(……困らせて、ごめんなさい)
でも、これだけは譲れない。
エミルダ義母さんは目を閉じて、ずっと黙っていた。
やがて、
「そうね。そこまで考えて、覚悟を決めてしまったのなら、もう私が何を言っても無駄でしょう」
と呟いた。
……義母さん?
エミルダ義母さんは悲しそうに笑って、私たちを見た。
それから、
ギュッ
私たち全員を抱きしめてくれる。
「わかったわ。でも、約束してちょうだい。これからは黙ってそういうことをしないって。そして、狩りに行っても無理はしないで、これからも必ず無事に帰ってくるって」
震えた声。
でも、抱きしめられる温もりに心が熱くなった。
「エミルダ義母さん」
ありがとう。
私は泣きながら笑った。
みんなも泣いていた。
その温かな腕の中で、私たちは何度も、何度も頷いた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
本日ももう1話更新予定です。