007・炎狼
『ピギィッ!』
怒ったような声をあげて、ホーンラビットの1体が飛びかかってきた。
(速い!)
びっくりする僕の目に、ギラリと輝く角が見える。
それがお腹に刺さる寸前、
ヒュッ バキィン
僕の『白い木の右腕』が勝手に動き、持っていた『白い小剣』でホーンラビットを弾き返していた。
「ユアン!」
アイネが歓声を上げる。
ホーンラビットは、気絶しちゃったのか、仰向けになって足をピクピクさせている。
残った2体は、びっくりした様子だ。
でも、逃げない。
むしろ、余計に怒ったみたいで、
『ピギギッ!』
『プギッ!』
と鳴きながら、今度は2体同時に襲いかかってきたんだ。
(叩け!)
心の中で念じる。
メキッ
すると、それに応えて『白い木の右腕』は『白い小剣』を構え、残像を残すような勢いで動き出した。
ヒュッ ベキッ バキィン
2体のホーンラビットが弾き飛ばされる。
1体は地面に叩きつけられ、もう1体は近くの木に激突して、そのままズルズルと下まで落ちていった。
2体とも、口から血がこぼれている。
どっちも動かない。
「…………」
死んじゃったみたいだ。
その事実に、僕の心の中は、冷たい風が吹き抜けたみたいに寒くなった。
でも、
「凄いわ、ユアン!」
「やった!」
「めっちゃ強いじゃん!」
みんなは大喜びだった。
(…………)
……ふう。
僕は息を吐いて、みんなには笑って「うん」と答えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
気絶していたホーンラビットも、目を覚ましたら大変だということで、
「えい」
バキッ
頭を叩いて、やっつけてしまった。
そのあとは、キラキラした包丁みたいな角を、僕の『白い小剣』で叩き折って3本とも回収した。
それから、
「あとは私たちがやるね」
と言って、アイネとみんながホーンラビットの毛皮を剥いで、肉も切り取ってくれた。
なんか、血の匂いが凄い……。
でも、これで角と毛皮の素材が集められた。
きっと高く売れる。
お肉も滅多に食べれないから、あとでみんなで食べるのが楽しみだね。
アイネたちの手は、血でベトベトになっていた。
水筒の水で洗って、
「大成功だったね」
アイネが赤毛の長い髪を揺らして、そう笑った。
僕も「うん」と笑った。
そうして、今日はもう帰ろうと、みんなでその場をあとにしようとして歩きだした――その時、
『グルル……ッ』
「!?」
目の前の草むらから、そんな低い唸り声が聞こえたんだ。
僕らの足が止まる。
すると、草をかき分けて、体長3メーガンはある真っ赤な狼の魔物が姿を現したんだ。
「レ、レッドウルフ」
アイネがそう呟いた。
魔物は牙を剝きだした、恐ろしい形相をしている。
ホーンラビットとは比べ物にならない威圧感があって、僕らの足はガタガタと震えてしまった。
(こ、怖い……っ)
正直、逃げ出したかった。
でも、僕の後ろには、アイネがいる。
みんながいる。
…………。
唇を噛み締めて、僕は前に出た。
「ユ、ユアン」
アイネがすがるように、僕の名前を呼ぶ。
それに応える余裕もなくて、僕はただ『白い木の右腕』を信じて、その手に握る『白い小剣』をレッドウルフに向けたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕の『白い小剣』を見て、レッドウルフは一瞬、警戒する素振りを見せた。
でも、怯えた僕の顔。
それを見て、
『ゴガァアッ!』
と吠えると、一気に襲い掛かってきたんだ。
(――お願い!)
僕は願う。
それに応えて、僕の『白い木の右腕』は勝手に動きだし、手にした『白い小剣』を素早く振るった。
ヒュッ
それが空を切った。
レッドウルフは、凄まじい速さでそれを避けてしまったんだ。
そのまま真っ赤な巨体が僕へとぶつかる。
(わっ!?)
ドカッ
僕は飛ばされ、仰向けにひっくり返った。
僕を押し倒したレッドウルフは、大きな口を開けて、僕に噛みつこうとする。
ガキィッ
間一髪、『白い木の右腕』が間に入って、それを防いでくれた。
でも、白い木に鋭い牙が食い込んでいる。
(う、動かせない)
レッドウルフは凄い力で、僕の『白い木の右腕』の力でも押し返せなかった。
それどころか、
ミシミシッ
白い木できた腕が、少しずつひしゃげていく。
ま、まずい。
「うわぁああ!」
僕は叫びながら、『白い木の右腕』を長く伸ばして、関節をもう1つ作って、後ろからレッドウルフに『白い小剣』を振るった。
バキィッ
『ギャン!?』
さすがに予想外だったのか、攻撃が命中した。
牙が外れ、弾き飛ばされたレッドウルフは、7メーガンほど地面を転がっていく。
僕は、慌てて立ち上がった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
緊張と恐怖で呼吸が荒い。
レッドウルフは怒りに燃えた瞳で僕を睨み、その牙の生えた口を大きく開けた。
ボバァン
「!?」
その口から炎が噴き出した。
絶体絶命。
その凄まじい熱波に、あれに触れたら、僕は焼け死んじゃう……って、一目でわかった。
真っ赤な炎。
それが視界を埋めていく。
半年前のあの日、お父さんとお母さんがいなくなったように、僕も真っ赤な世界でいなくなるんだ。
そう思った。
その時、
「ユアァアン!」
アイネの泣きそうな叫びが聞こえた。
瞬間、意識が弾けた。
(生きたい!)
そう強く思った。
同時に、僕の『白い木の右腕』が光を放ち、メキメキッと音を立てて、肘の辺りから、もう1本の白い枝が生えた。
その枝が変形し、『白い円形盾』になる。
ボバァアアン
レッドウルフの炎は『白い円形盾』に命中した。
真っ赤な死の炎が、僕の左右を抜けていく。
「っっ」
その中を、僕は必死に走った。
そして炎を突っ切った先で、『白い木の右腕』を高く掲げて、驚いているレッドウルフへと『白い小剣』を全力で振り下ろす。
ドパァン
レッドウルフの頭部が弾け飛んだ。
僕は、すぐに下がる。
目の前の『白い円形盾』の向こう側で、首のなくなったレッドウルフの巨体が、ゆっくり横に倒れていく。
ドサッ
重い音がした。
首なしの巨体から、地面に血だまりが広がっていく。
「……はっ……はっ」
僕は、冷たい汗を流しながら、それを見つめた。
メキ メキキッ
新しく生えてきた『白い円形盾』は、ただの白い枝に戻り、そのまま『白い木の右腕』に吸収されていく。
レッドウルフを倒した『白い小剣』も、手のひらの中に消えた。
…………。
残されたのは、いつもの僕とレッドウルフの死体のみだった。
(……助かった)
そう思ったら、力が抜けた。
なんだか、とっても眠いよ……。
僕は目を閉じる。
フラリと身体が傾いて、
「ユアン!」
その寸前、アイネたちのこっちに駆けてくる姿が見えて、そのまま全てが真っ暗になった。