003・希望の光
ホーンラビットを追い払った僕らは、村に帰ってきた。
自分の右腕については気になったけれど、あれから、また動かなくなるし、考えるのは後回しにすることにしたよ。
それよりも、
(みんなが無事でよかった)
それが一番大事。
ホーンラビットには驚いたけど、木の実はいっぱい集められたし、今回の森での木の実集めは大成功だったと思うんだ。
あ、折れたホーンラビットの角は、持って帰ってきた。
アイネが、
「魔物の素材だから、きっと売れるわ」
って教えてくれたんだ。
キラキラしてるし、切れ味も良さそうだから、高く売れたらいいなぁ……。
そうして村に着いた。
村の人に元気に挨拶しながら、教会に帰る。
「ただいま!」
僕らを見て、院長先生は「おかえりなさい」と笑ってくれた。
籠に入ったたくさんの木の実に、院長先生も嬉しそうな顔をしてくれて、でも、僕の持っているキラキラした角に気づいて、驚いた顔をした。
「ユアン、それは?」
「魔物の角」
正直に答える。
院長先生の目がまん丸くなった。
それから僕らは、森でホーンラビットに出会ったこと、僕の『白い木の腕』から剣が生えて、勝手にやっつけてくれたことを話した。
院長先生は驚いていた。
けれど、すぐに考え込んだ顔になって、黙ってしまう。
(?)
みんな、首をかしげた。
やがて院長先生は、
「みんな、ユアンの右腕のことは内緒にしましょう」
と言った。
え?
「それを知ったら、ユアンのことを悪く言う人も出てくるかもしれません。だから、これは今、ここにいる私たちだけの秘密です。いいですね?」
「…………」
「…………」
「…………」
思わず、みんなで顔を見合わせちゃった。
でも院長先生は大人で、彼女が言うなら、きっとそうすることが正しいんだと思えた。
僕らは、
「うん、わかりました」
と頷いた。
院長先生も安心したように笑ってくれる。
そして院長先生は、森の浅い場所にホーンラビットがいたことを、これから村長に報告に行くと言った。
ホーンラビットを追い払ったのは、僕の『白い木の小剣』ではなく、近くに落ちていた『木の枝』で殴ったことにするんだって。
(ふ~ん?)
まぁ、どうでもいいや。
そうして出かけようとする院長先生に、アイネが声をかけた。
「あの、この角、高く売れるかな?」
って。
院長先生はキョトンとして、すぐに笑って「えぇ、きっと」と頷いた。
(わ~い)
みんなで喜んだ。
臨時収入だ。
もしかしたら、これで、いつもよりたくさんのご飯が食べられるかもしれない。
「やったね、ユアン」
「うん」
僕とアイネも笑い合ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
夜が来て、空には3つの白いお月様が浮かんだ。
あのあと、帰ってきた院長先生から、明日から村の男の人たちが森を見回ってくれることになって、しばらく森に入れなくなったと聞かされた。
アイネは、
「まだ木の実、集めたかったのに……」
と残念そうだった。
それから、みんなで夕ご飯を食べて、夜のお祈りも済ませたあと、僕らは自分たちのベッドに戻った。
「おやすみ、ユアン」
「うん。おやすみ、アイネ」
そして、僕は目を閉じる。
すぐに、アイネやみんなの寝息が聞こえてきた。
…………。
…………。
…………。
みんな、眠っちゃった。
けど僕は、何だか眠れなかった。
「…………」
月明かりの中、自分の『白い木の右腕』を見る。
何本もの白い枝が絡まったような腕と5つに分かれた枝の指に、僕は、思いっきり意識を向けた。
ミシ……ミシシッ
軋む音がして、親指と人差し指が曲がり、あと小指がちょっと動いた。
肘も、5セルチぐらい曲がる。
でも、それ以上は動かない。
「ぷはっ」
僕は息を吐いた。
同時に『白い木の右腕』は、ポフッと布団に落ちる。
これが、僕の右腕を動かせる限界だった。
だけど、
(だけど……もしかしたら、もっと動かせるのかな?)
昼間の森を思い出す。
あんなに早く、滑らかに、とっても綺麗に動かせることを、僕は知ってしまった。
経験してしまった。
あの時の感覚。
それが、忘れられない。
僕はベッドに寝たまま、孤児院の天井を見上げた。
「……練習、しようかな」
ポツリと呟く。
もし、昼間と同じことが、自分の意思でできるようになるのなら。
そしたら、もっとたくさんの『ホーンラビットの角』が集められて、それを売って、孤児院にいっぱいお金が入るかもしれない。
もっとご飯が食べられるかもしれない。
アイネやみんなのために……。
新しい家族のために……。
「うん」
僕は、強く頷いた。
そして明日からがんばるために、僕は目を閉じて、ようやく夜の眠りについたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「いいと思うわ」
翌朝、アイネに相談したら、彼女はそう言って賛成してくれた。
よかった。
僕は安心してしまう。
ただアイネは、お金を集めることよりも、僕の右腕が自由に動かせるようになったら素晴らしいって思ってくれてるみたい。
それからアイネは、みんなにもその話をしてくれた。
これまで、みんな、僕の右腕が動かせない分、色々と助けてくれていた。
でも、
「ユアンの練習のために、手伝うのは最低限にしましょ」
ってことになった。
きっと何をするにも時間がかかって、みんなに迷惑かけてしまうかもしれない。
でも、みんな「いいよ」と言ってくれた。
それどころか、
「がんばれよ、ユアン」
「応援するぜ」
なんて励ましてくれた。
……うん、がんばる。
僕は、ちょっと泣きそうになりながら、みんなに頷いたんだ。
…………。
…………。
…………。
それからは、色々と大変だった。
食事の後片付けで、食器を運ぶ途中で落としてしまったり、掃除の時に、棚の荷物を引っ掛けて落としてしまったり……。
畑仕事をする時も、鍬がすっぽ抜けて、
「ひゃっ!?」
アイネのすぐ前に突き刺さったり。
その時は、本当に申し訳なくてアイネにいっぱい謝って、でも、彼女は「大丈夫、大丈夫」って僕の肩をポンポン叩いて、逆に励ましてくれた。
院長先生には、何も言っていない。
だけど、何かを察してくれたのか、そんなドタバタする僕らのことを黙って見守ってくれたんだ。
…………。
そんな感じで、1週間が過ぎた。
ミシシ……ッ
「あ」
その日、僕はこの『白い木の右腕』になってから初めて、5本の指全部を曲げることに成功した。
動いた。
ちゃんと動いた。
僕の思った通りに、指が動いたんだ。
ミシッ ミシシッ
何度も指を開閉する。
動作自体は、まだ遅いけれど、ちゃんと僕の意思に従って動いてくれる。
本当に練習すれば、より動かせるようになるんだ……そうわかっただけでも嬉しくて、希望の光が灯った感じだった。
「やったね、ユアン!」
アイネが笑った。
みんなも「凄いぞ」、「がんばったな」って笑顔で言ってくれた。
(うん!)
僕も笑った。
それからも、僕は『白い木の右腕』の練習を毎日がんばった。
字を書いたり、洗濯物を折り畳んだり、果物ナイフを使ってみたり……繊細な動きにも挑戦していった。
それに合わせて、動きはどんどん良くなった。
そして気がついたら、僕が練習を始めてから、あっという間に3ヶ月もの時間が流れていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
明日も2話更新する予定です。もしよかったら、また読みに来て頂けたら嬉しいです~!