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002・白手の力

「起きて、ユアン。もう朝だよ?」


 ユサユサ


 身体を揺らされ、目が覚めた。


(……んあ?)


 すぐ目の前に、女の子の顔があった。


 柔らかそうな長い赤毛の髪に、そばかすのある可愛らしい顔で、そこにある瑠璃色の瞳が僕のことを覗き込んでいた。


 えっと、


「……アイネ?」


 だっけ。


 寝ぼけた頭で、その名前を必死に思い出す。


 アイネは「そうだよ~」と笑った。


 その顔が離れて、周囲が見えるようになれば、そこは、僕が3ヶ月前からお世話になっている孤児院の部屋だった。


 パタン


 アイネは部屋の窓を開け、涼やかな朝の空気が入ってくる。


(ん……)


 その冷たさで、頭がすっきりするよ。


 そんな僕に、アイネは笑いながら、


「もうすぐ朝ごはんだよ。その前に朝のお祈りもしなきゃいけないし、そのあとは、みんなで森に木の実を集めに行くんだからね」

「うん」


 僕は頷いた。


 ベッドから起き上がる。


(よいしょ)


 その動きは、ちょっとぎこちない。


「大丈夫?」


 見ていたアイネが声をかけてきた。


 僕は笑って、「大丈夫」と答える。


 それから、ぎこちない動きになってしまった原因の自分の右腕を見た。


 …………。


 そこにある僕の右腕は、真っ白な枝が絡まり合ってできた『白い木の右腕』になっていた。


 キシ キシシ


 小さく軋んで、その指がかすかに動く。


 でも、それ以上は動かない。


「…………」


 つい、ため息がこぼれた。


 それからアイネの心配そうな視線に気づいて、慌てて「本当に大丈夫だよ」と、また笑った。


 アイネは「うん」と頷く。


「それじゃあ、私、先に行ってるから。急いでね、ユアン」

「うん」


 僕は頷き、アイネの背中を見送った。


 …………。


 1人になった僕は、左手で『白い木の右腕』に触れてみた。


 ペタッ


 ひんやりして、ちょっと硬い。


 本物の木の感触。


 また、ため息を1つ。


「…………」


 ふと顔をあげれば、窓の外には、とっても綺麗な青空が広がっているのが見えた。


 遠くからは鳥の鳴き声が聞こえてくる。


「……ん」


 ペチッ


 左手で、軽く頬を叩く。


 それから僕は、みんなを待たせてはいけないと、すぐにアイネを追いかけた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕の名前は、ユアン。


 年齢は、ちょうど10歳。


 あの日、お父さん、お母さん、村の人たちみんなが亡くなってしまった『魔物災害』は、もう3ヶ月も前のことになるんだ。


 生き残ったのは、僕1人だけ。


 たまたま村に来た行商人が見つけてくれて、僕は、片田舎の村にある『ルナティア教会』の孤児院に保護してもらったんだ。


 …………。


 僕の右腕は、その時から『白い木の右腕』だった。


 原因はわかんない。


 大人たちは『神様の奇跡』とか『魔竜の呪い』とか言ってたけど、やっぱり本当のところはわかってないみたいだった。


(…………)


 あのキラキラした女の人の話もしてみたけど、子供の話と信じてはもらえなかったっけ。


 まぁ、どうでもいい。


 だって理由がわかっても、僕の『白い木の右腕』が治るわけじゃないんだもん。


 僕にとっては、この腕で生きるこれからの方が大事なんだ。


 …………。


 そう思えたのは、きっとアイネや孤児院のみんなのおかげ。


 孤児院には、僕と同じように色々な理由で親がいなくなってしまった子供たちが、僕とアイネも入れて、7人も暮らしていたんだ。


「私たちが新しい家族だよ、ユアン」


 アイネたちは、そう笑って僕を受け入れてくれた。


 お父さんやお母さん、村のみんながいなくなってしまったことは、とても悲しかった。


 寂しくて泣いたこともある。


 だけど、そんな僕をアイネやみんなが慰めてくれた。元気づけてくれた。


 みんな親がいない。


 僕と同じ。


 だから、みんなの言葉は、心に真っ直ぐに届いた。


 悲しくてたまらなかった心の痛みは、アイネとみんなのおかげで、とても柔らかくしてもらえたと思ってるんだ。


 だから、僕もこれからを考えられるようになった。


 アイネやみんなとの明日を、ね。


 …………。


 …………。


 …………。


 教会の礼拝所にやって来ると、みんな、もう集まっていた。


「遅いぞ、ユアン」

「早く早く~」

「うん、ごめん」

 

 僕は急いで、アイネの隣に並んだ。


 礼拝所の正面には、ルナティア教の神官で院長先生であるエミルダさんが立っていて、


「おはよう、ユアン」


 と笑いかけてくる。


 僕は「おはようございます。遅れてごめんなさい」と謝った。


 院長先生は頷いて、


「大丈夫ですよ、ユアン。――さぁ、それでは、今日という新しい1日を迎えられることを『輝月の女神ルナティア』様に感謝して、みんな、お祈りしましょうね」 

 

 と言った。


 輝月の女神ルナティア様は、世界で一番有名な神様だ。


 大昔、世界を滅ぼそうとした『魔竜』をやっつけて、バラバラにしちゃったっていう、すっごい神様なんだって。


 それで世界は救われた。


 僕たちが今、生きているのもルナティア様のおかげ。


 だから、そのことへの感謝も込めて、朝のお祈りをするんだって、院長先生やアイネには教わったんだ。


(……世界を守ってくれて、ありがとうございます、ルナティア様……)


 そう祈る。


 そうして10分ぐらい祈って、朝のお祈りの時間は終わった。


 …………。


 そのあとは朝ごはん。


 みんなの大好きな時間だ。


 長テーブルに集まって、食前の祈りを捧げてから、


「いただきます!」


 みんなで食事を開始した。


 今日は、黒パンと珍しくお肉も入ったスープだ。


 みんな、美味しそうに食べている。


 凄い勢いだ。


 モグモグ


 僕も食べているけれど『白い木の右腕』はあまり動いてくれないので、食べるのはゆっくりだ。 


 基本は、左手しか使えない。


 だから、パンを千切るのも大変で、右利きだったからスプーンも上手く扱えなかった。 


 キシキシ……ッ


 右手を軋ませ、器を押さえながら、ぎこちなくスープをすする。


(でも、美味しい)


 ふと気づけば、アイネが心配そうにこっちを見ていたので『大丈夫だよ』と笑っておいた。


 食べ終わったのは、一番最後。


「ごちそう様でした」


 それから後片付け。


 そのあとは、いつものように、みんなで教会のお掃除だ。


 僕は、ホウキ担当。


 雑巾がけは、片手じゃ、雑巾の水を絞れないからできないんだ。


 そのことは、みんなも知っている。


 ……そんな感じで、僕には、ちょっと人よりできないこと、遅くなってしまうことが多い。


 例えば、日常生活で、


・服のボタンが、片手では簡単に留められない。


・靴紐が結べない。


・左手なので、字が汚くなっちゃった。


・歩く時、左右の腕のバランスが悪くて、ちょっと歩き辛い。


 とかね。


 他にも色々とあって、結構、大変。


 だけど、みんながそれを知ってくれて、特にアイネはいつも色々と助けてくれるんだ。


 本当に感謝。


 だから僕は、僕にできることでがんばろうって思えるんだ。


 そう思ってたら、


「ちょっとユアン。手が止まってるよ~?」


 アイネに怒られてしまった。


 いけない、いけない。


 僕は「ごめん、ごめん」と謝って、ぎこちないホウキの扱いでがんばった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 午後は、森での『木の実集め』だ。


 村の小さな孤児院だから、少しでも自分たちの食事を集めないといけないからね。


「今日もがんばろうね」

「うん」


 みんなで頷き合う。


 準備を整え、出発しようとすると、院長先生に呼び止められた。


「みんな、いつものように森の浅い所までしか行ってはいけませんよ。森の奥には、魔物もいますからね。それと、日が暮れる前には、ちゃんと帰ってくるのですよ」


 いつもの注意だ。


 僕らは「は~い」と返事をして、孤児院を出発した。


 …………。


 村の人たちに元気に挨拶をしながら、いつものように7人で、村の裏にある森へと入っていく。


 話をしながら森を歩く。


 こうして話していると、野生の熊や狼が近づいてこないんだって。 


 教えてくれたのは、アイネ。


 アイネは、僕より1つ年上だけど、とてもしっかりしてるんだ。


 まるでみんなのお姉さんだ。


「みんな、はぐれないようにね~」


 先頭を歩きながら、時々、後ろを振り返って確認している。


 ちなみに最後尾は、僕。


 ふと目が合って、


「…………」

「…………」


 するとアイネは、赤毛の髪を揺らして「ふふっ」と小さく笑ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「うん、たくさん採れた」


 いつものように、木の実のいっぱいある場所を順番に巡って、僕らの背負い籠はしっかり重くなった。


 みんなで笑い合う。


 ぎこちない右手の動きでも、木の実を集めるのは簡単だから、僕でもたくさん集められた。


「やったね、ユアン」

「うん」


 アイネの笑顔に、僕も笑う。


 思った以上の収穫。


 果実を1つずつ、7人でこっそりと食べながら、みんなで帰り道を歩いていく。


(うん、甘い)


 幸せだ……。


 空を見れば、西の方は少し赤くなっていて、もうすぐ夕方だった。


(ちょっと遅くなったかな?)


 でも、日暮れ前には帰れるよね。


「きっと大丈夫だよ」

「うん」


 アイネと頷き合う。


 そんな風に、みんなで話をしながら歩いていた――その時だった。


 ガサッ


 後ろの方で、大きく草の揺れる音がした。


「ん?」


 みんなで振り返った。


 そこに、包丁みたいな角を生やした体長80セルチぐらいのウサギがいた。


(……え?)


 みんな呆けた。


 そして、青ざめた。


「ホーンラビット!」


 アイネが叫ぶ。


 それは、魔物の名前だった。


 こんな森の浅い場所で魔物に出会うなんて、普通なら考えられないことだった。


 少なくとも、この3ヶ月、見たこともない。


 だからこそ、院長先生も森に入ることを許してくれてるんだ。


 それなのに、どうして?


(……もしかしたら、木の実の匂いにつられてきた……とか?) 


 わかんない。


 でも、わかっているのは、1つ。


『ピギィッ!』


 目の前にいるウサギの魔物の真っ赤な目が、僕ら7人の孤児への強い殺意でギラギラと輝いていることだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「村まで逃げて!」


 アイネの叫びで、みんな我に返った。


 一斉に、村のある方へと走り出す。


 ……昔、父さんに聞いたことがある。


 ホーンラビットは、大きなウサギの魔物だけど、野生の狼もやっつけられるだけの力を持っているんだって。


 出会った旅人や狩人が殺されてしまう事故も、年に何回もあるとか……。


『ピギッ!』


 逃げた僕らを、ホーンラビットは追いかけてきた。


 は、速い。


 命懸けの追いかけっこが始まった。


(は、走り辛いよ)


 動かない『白い木の右腕』のせいで、リズムよく走れない。


「ユアン!」


 ギュッ


 気づいたアイネが僕の左手を掴んで、引っ張ってくれる。


 前には、他の5人の背中が見えていた。


 僕らが最後尾。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 必死に走っていると、すぐ横を何かが通り抜けていった。


 ズガン


 跳ねたホーンラビットが、僕らへの狙いを外して、すぐ近くの木へとぶつかったんだ。


 頭に生えた角が、その木を切断する。


 メキメキ ズズン


 木の葉を散らして、木が倒れた。


(あ、あんな突進を食らったら、身体が真っ二つになっちゃう……っ)


 その想像に真っ青になる。


 気がついたら、前の5人との距離が開いていた。


 …………。


 走るのが遅い僕のせいで、アイネまで危険にしてしまっている。どうしよう……?


 アイネの横顔は、泣きそうだ。


 ギュッ


 でも、繋いだ手は、強く僕の左手を握っていた。


(……アイネ)


 なんだか僕も泣きたいよ。


 その時、


 ズガン


「うわっ!?」


 また近くの木へとホーンラビットが激突した。


 折れた木が走る先へと倒れてきて、僕らは、慌てて足を止めてしまった。


 ……あ。


 気がついたら、ホーンラビットに追いつかれていた。


『キュキュ……ッ』


 低い威嚇音。


 キラキラした包丁みたいな角が、僕とアイネに真っ直ぐ向けられていた。


「ユ、ユアン」


 アイネの震えた声。


 僕の左腕に抱きついてくる。


 怖い。


 怖くて、身体が動かない。


 でも、


(アイネだけでも……アイネだけでも助けなきゃ!)


 そう思った。


 それだけで頭の中がいっぱいになった。


 その時、


 メキッ


 小さな軋む音を立てて、僕の『白い木の右腕』が勝手に動いた。


(え?)


 腕全体が淡く光っている。


 同時に、ホーンラビットがこちらに角を向けて、ズダンッと地面を蹴って飛びかかってきた。


 シュバッ ガギィン


 衝撃音がして、ホーンラビットが跳ね返された。 


(!?)


 僕の『白い木の右腕』がホーンラビットの角を殴って、弾き返したんだ。


「え……」


 アイネの目が丸くなっている。


 僕もポカンだ。


 ――また勝手に動いた。


 ひっくり返ったホーンラビットは、すぐに起きあがった。


『ピギッ!』 


 怒りに燃えた目で、こちらを睨んでくる。


 こ、怖い。


 でも、そんな僕の目の前で、


 メキ……メキメキッ


 光る白い右手のひらから、真っ白な木でできた『白い小剣』が生えてきたんだ。  


 ギュッ


 枝でできた5本の指が、その柄を握る。


 ホーンラビットが襲いかかってきた。


 それに反応して、僕の『白い木の右腕』はまた勝手に動いて、手にした『白い小剣』を振るった。


 ヒュッ バキィン


 白い小剣が当たって、ホーンラビットの角が折れた。


 キラキラした折れた角は、回転しながら地面にドスッと刺さる。


『ピ、ピギ……ッ』


 またひっくり返ったホーンラビットは、今度は、こちらに背中を向けて走り出した。


 ガサガサ


 草木を散らして、姿を消してしまう。


「…………」

「…………」


 僕とアイネは、抱き合ったまま、呆然としてしまっていた。


 ミシッ メキメキ……


 気がついたら、『白い小剣』は、光る手のひらに飲み込まれるように消えてしまった。


 右手の光も消える。


 カラン


 支えを失ったように『白い木の右腕』が垂れ下がった。 


 もう勝手に動かない。


「ユアン……?」


 アイネが物問いたげな視線を向けてくる。


 でも、僕にだってわからない。


 わからないけど、1つだけわかっているのは、とりあえず僕らは、この右腕のおかげで助かったってことだ。


 僕は、自分の『白い木の右腕』を見つめる。


「…………」


 ペタッ


 触ったそれは、ちょっとひんやりして、いつものように硬かった。

ご覧いただき、ありがとうございました。


本日中に、もう1話、投稿予定です。

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書籍1巻
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書籍2巻
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[良い点] ついに始まりましたね! ショタっ子ときれいなお姉さん! まくらさんの黄金律ですか! 楽しみに読みたいと思います!
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